k = -1 の理由

最近、私は数学Ⅱの図形と方程式について勉強している。
そこで、

2つの円が交わるときの交点を通る直線の方程式を求めよ

という問題があり、解き方は片方の方程式に実数kをかけて連立させて、k=-1を代入することで求めることができる。

例えば
x^2 + y ^2 = 1 と x^2 + y^2 + 2x +2y = 2 ならば、
実数kを用いて
x^2 + y ^2  - 1  + k ( x^2 + y^2 + 2x +2y - 4 ) = 0 として
上記の式にk= -1 を代入してあげて、まとめると
2x + 2y -3 = 0
が2つの円の交点を通る通る直線の方程式になる。

教科書でも kを用いて k=-1 をいれてそのまま求めており、これは王道なやり方なのである。

しかし、私はこれが納得できず丸2日も考えてしまった。
なぜ k=-1 なのか である。
直感的にはわかりやすい。というのも、k = -1 をいれると x^2とy^2の2つの変数を消せるからである。

ただ、それでもなぜ k= -1 なのか。それ以外ではいけないのかが理解できなかった。

そこで問題を進めていく内に、ある問題と出会いその問題を解くことで間接的に k = -1 はこの方程式には必要不可欠なものであると理解できた。
というのも、これは 分岐点であったから。

上記の式を再度載せる。

x^2 + y ^2  - 1  + k ( x^2 + y^2 + 2x +2y - 4 ) = 0

これをx,yについてまとめると

(1+k)x^2 + (1+k)y^2 +2kx  + 2ky -(1+4k) = 0 

になる。この方程式から円の方程式を導くには 両辺を1+kで割らなくてはいけない。しかし、数学は0で割ってはいけないというルールが存在する。
ここで私はこのk= -1 の存在に気付いた。

改めて k= -1 を考えると、
1+ k = 1+ (-1) = 0
より、両辺を1+kで割ることは、0で割ることに等しい。しかし、それはルールに反する。
したがって、k = -1 はこの方程式の在り方を唯一変えられる特異点であったのだと、そこで私はようやく腑に落ちた。

終わりに
数学はとても楽しいものです。ガリレオという小説でも書いてありましたが、山登りと同じものなのです。頂点という解は一つしかないが、登山ルートという解法は多種多様に存在するものなのです。一つの問題に対して悩み続けるのは時間が惜しいかもしれませんが、ある種それが勉強の醍醐味かもしれませんね
私にとっての勉強は、海に沈む感覚なので少し異なりますが、やっていることは同じなので、書きました。


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