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1996年5月20日(月)《BN》

【新迷宮:黒髪てへトリオ部隊】
「これが魂の石」
「ようやくだな」
 収納の中に入っていた魂の石を見つけて大塚 仁が言葉を漏らし、その横に立っている原田 公司が声をかけた。ここは新迷宮。本日黒髪テヘトリオ部隊は地下5階の10の部屋の奥にある空間に侵入し、そこに存在していたボスとラスボスらしき存在と遭遇する。ラスボスと思しき男性は以前10の部屋に入る前に出会った男性に非常に似てはいるが別人のようで、何か意味がわからないことをひとしきり話をした後で奥に引っ込んでいった。そこで残ったラスボスとの戦闘になり、黒髪てへトリオ部隊は全力で立ち向かう。かなりの体力、魔力を失い、ダメージも今まで最高レベルで喰らってしまったが、何とか倒すことができ、その奥にある収納を確認したのである。収納の中にはおそらくこの迷宮探索の目的である魂の石と、何か良くわからない書物が入っていた。この2つを大塚が手に入れようと思った瞬間、魂の石は勝手に動き出し、ある方向へ向かって移動を開始する。そしてその先には先程奥へ引っ込んだラスボスが立ちつくしており、魂の石はその手に掴まれてしまった。
「ハハハハハ、ありがとう冒険者の諸君よ。私の願望が叶う時が来た」
 こう言って冒険者達に視線を向ける。
「もう君たちは用済みだから、消えてもらうよ」
「みんな、伏せろ!メテオバースト」
 後方から足立 誠一の声が響き、部隊全員が伏せた後で迷宮内に聞いたこともないような爆裂音が響き、迷宮全体が崩壊を始める。
「みんな無事か」
 まだ状況を把握できてはいないが、前田 法重が全員の無事を確認する。すると各所から無事だという返事が返ってきて、部隊全員の安否が確認できた。しばらくすると迷宮の振動は終わったので、前田は部隊の全員を集め、状況の把握を始める。
「扉がなくなってますね」
 部屋を詳しく探索している大塚が、今の振動で入ってきた扉が完全に塞がっている状況になっていることを報告する。そうなるとこの部屋から脱出する唯一の方法は本田 仁の瞬間移動の魔法ということになる。
「何か変な結界が張ってありますね。魔法は使えますけど、おそらく瞬間移動で外には出れない気配です」
 今自分達がいる場所の外側に何かしらの結界が張ってあるのを感じ、ここから瞬間移動で脱出するのは難しいと本田が判断する。
「大丈夫だ。ことが終わったら私がこの結界を解除する」
 声の方向を向くとそこには満身創痍の足立と何故か一緒に島田 笠音の姿があった。この2人を見て冒険者全員が疑問の表情を浮かべているので、足立が口を開く。
「私が知っているこの迷宮についての全てを話そう」
 こう言って足立は冒険者達に向かって話を始めた。そして足立の話が終わったタイミングで瓦礫の中から光が漏れ、そこから魂の石が浮かんでくる。そしてゆっくりと移動し、島田の手に収まった。
「では、諸君。行っても良いかね」
 この足立の言葉に全員が軽く首を縦に振る。良いか悪いかの判断は今の状況では付けようがないからだ。これをみて島田は意を決した表情を浮かべて、魂の石の力を解放する。すると魂の石から光が溢れ出て、島田の体を包み込んでいく。
「やめろー、そんなことに魂の石を使うんじゃない」
「まだ生きていたのか」
 先程の足立の攻撃でやられていたと思われたラスボスがゆっくりと島田のいる方向へと歩いてくる。だが、全身にダメージを受けており、足元もおぼつかない状況である。部隊のメンバーはラスボスに向かおうとするが、それを足立が引き止める。
「大丈夫だ」
 この言葉を聞いて、部隊のメンバーは成り行きを見届けることにする。目の前には島田を包み込んだ光球があり、その光に向かってラスボスが歩いて向かっている。
「やめろ。その光の中に存在できるのは亜獣要素を持つものだけだ」
 厳しい口調で足立が声をかけたが、ラスボスはにやけた表情を浮かべ、その光球に手を差し入れる。するとラスボスの体は手の先から次第に消滅を開始した。
「なぜだ、なぜ私が消滅を。まさか」
 信じられない表情を浮かべて、ラスボスは次第に消滅する自分の腕を見つめている。その様子を見つめながら足立は冷静に言葉をかける。
「そのまさかだ。お前の亜獣転生は失敗していたのだ。この世に亜重要素を持った人間は2人しかいない。足立 誠ニ。お前は純粋な人間だ」
「そうか、さらばだ」
 この言葉を残してラスボスである足立 誠ニは消滅しこの場からいなくなった。残るは光の中にいる島田である。島田は光の中で祈りを捧げており、その祈りの最後で自分の願いを口にした。
「Please make me a real girl」
 この言葉を発した後で島田の周りを包んでいる光球は一段と強い輝きを発し、それは島田に吸収される形で次第に小さくなり、消滅した。中から出てきた島田は光球に入る前と特段変わりはないようではある。
「では後は帰るだけだな」
 体力的に立っているのも厳しい状況の足立は床に座って全員に対して声をかける。息も絶え絶えであり、かなり苦しい感じを受ける。
「この部屋の周りにある結界はかなり強い思念でできているから、私でも解除をすることはできない。だが、一瞬効果を消すことは出来ると思うので、その瞬間に瞬間移動で脱出して欲しい」
 この言葉を聞いて脱出の準備を始め、本田の瞬間移動の効果範囲に全員が移動を開始する。島田も足立の肩を支えて移動しようとするが、足立に拒否をされる。
「私はここで良い。どうせ長く持たない傷だ」
「いや、一緒に行きましょう」
 すでに覚悟を決めている足立であったが、島田は一緒に戻ることを望んでいる。だが、その望みを足立は頑として受け入れず、立ち上がる素振りがない。島田は足立の右手を両手で握り、その瞳を見つめる。すると足立が優しい笑顔を浮かべた。
「行きなさい」
 この言葉を聞いて島田は本意ではないが、足立を置いて本田の近くへと移動する。すると足立は前田を見つめて、軽く頷く。それに気づいて前田も力強く頷いた。
「本田、頼む」
 こう声をかけられて、本田はそのタイミングに集中する。
「笠音ー、どんなことがあっても生きろー」
 こう足立が叫んだ後で、部屋の周りの結界が消滅するのを感じ、本田は瞬間移動の魔法を発動させる。これによって、黒髪てへトリオ部隊と島田 笠音は迷宮入口まで戻ってきたのである。
「終わったな」
「終わりましたね」
 大きく息を吐いた後、前田が発した言葉に原田が返事を返す。おそらくではあるが、これで新迷宮は完全に制覇されたのである。この後、黒髪てへトリオ部隊の面々は長官室を訪れて、ことの顛末を全て報告する。また、魂の石は消滅しているので、一緒に持って返ってきた謎の本を提出し、これで本日の探索を終えたのである。ちなみに、新迷宮には地下6階が存在しているので、正しい意味で迷宮を制覇したことにはなってない。ただ地下6階は地下5階をクリアしたおまけみたいな階層なので、実質的にはクリアをしたで間違っていない。また、持って返ってきた書物についてであるが、現在の人類の言語学では解明できない言語で記載されており、それが本当に言語なのかどうかも全くわからない状態である。今後もこの文書については、解析が進められるが全くヒントも得られず時が立ち、約30年後に人類が手にする生成AIの誕生までその時を待たないといけないのである。

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