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1996年5月14日(火)《BN》

【北食2階:富田 剛・大塚 仁】
「え?それまじっすか」
 昨日の黒髪てへトリオ部隊の探索の件について何も聞いてなかった大塚 仁は驚きの声を上げた。ここはレストラン『北食2階』。お昼過ぎの時間であり、座席はそこそこ埋まっている状況だ。本日は14期試験合格者に対するオリエンテーションと能力解放の儀式があり、先程まで大塚と富田もそれに参加していた。行事自体はほぼ問題なく取り行われ、長官たちの自己紹介や、罠解除士、僧侶、魔術師の能力解放の儀式はつつがなく終わっている。能力解放について、今回は全員大塚が行う予定だったが、最後の1名になって急に富田が自分にやらせて欲しいと言ったので、最後の1名である吉江 海咲だけは富田が能力解放を行った。この時大塚はいつもの富田の病気で、吉江のルックスが可愛かったので自分でやりたくなったんだろうと思っていたが、実際は違っており、昨日忍者にクラスチェンジした自分が、能力解放が出来るままなのかどうかを確かめたかったのである。それは今、富田が昨日忍者にクラスチェンジをしたことを聞いたから大塚も理解できたことになる。そしてそれよりも大塚を驚かせたのは、忍者にクラスチェンジした影響で富田はもう迷宮を探索できなくなったということだ。
「そうなんだよねー。迷宮の中に入れないこともないんだけど、多分5分ぐらいで限界だし、もちろんその状況だと亜獣探知も罠解除もできないだろうしね。残念だけど引退かな」
 意外にあっけらかんと富田は引退という文字を口にする。大塚は富田がこの先もずっと冒険者を続けると思っていたので、簡単に引退を決断できたことに驚いたのである。
「そうなんですね。仕方ないですかね」
 逆に大塚が何か落ち込んだ様子で返事を返す。それを見て富田は少し笑顔を浮かべて、今日一番伝えたかったことを口にする。
「というわけで、黒髪てへトリオ部隊の罠解除士がいなくなったんだよねー。さすがに俺の代わりができる人は1人しかいないよねー」
「え?俺っすか?」
 はっきりしない富田の言い回しに、大塚は驚いた表情で突っ込みをいれる。自分も半年ほど前に引退した身であり、復帰などは全然考えてなかったからだ。
「だって、大塚しかいないじゃん。てことで来週から俺の代わりに探索よろしくね」
「よろしくねっていっ・・・」
 富田の言葉に即座に突っ込みを入れたが、コーヒーをもらいに席を立っていたので、大塚は突っ込みの言葉を途中で止めたのである。

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