見出し画像

1996年5月23日(木)《BN》

【事務室:桜井 鼓美・富田 剛】
「あれ、珍しいですね。どうしたんですか?」
 いきなり訪れた来訪者に対して桜井 鼓美は驚いたような表情を浮かべて声をかけた。ここは午後の冒険者組織事務室。本日もいつものように事務室の自分のデスクでいろいろな業務を行っていた桜井であるが、事務室に来室してきた人物を見て少し驚いたのである。
「いや、ちょっと桜井さんにお話が」
 こう言いながら富田 剛は桜井のデスクに近づいてくる。そしてその辺にある他の職員の椅子を借りて、近くに座った。
「ちょっと最近考えていることがあって、誰に相談したらいいかわかんなかったから、とりあえず桜井さんに」
 こう言いながら富田はその最近考えていることと言うのを桜井に説明する。それは簡単にいえば、冒険者を引退した富田が今後の人生をどのように過ごしていくかという話であり、もちろん冒険者組織との関わりは続けていきたいということから考えた、ある提案なのである。そのことを聞いて桜井は少し考えた後で返事を返す。
「話はわかりました。黒髪から熊大が移設して、今は完全に冒険者地区になっています。今後は都市開発とか、既存土地の有効活用とかの話にもなってくると思うので、その辺りに紛れ込ませれば案外富田さんの要望が叶うかもです」
 自分の考えが可能なのかどうか全くわからない状況で相談に来たが、桜井の回答は思っている以上に手応えがあるものだった。これを聞いて富田は大きく頷くとともに、気づかれないように右手でガッツポーズを取る。
「ただ、費用については組織から捻出はしないので、富田さんが何とかしてくださいね」
 こう言った後、桜井は概算でかかる金額を電卓に入力して富田に向ける。それをみた富田は愕然とした表情を浮かべ、今現在の自分の貯金や、退職金、慰労金など全て合計しても足りないことに大きくため息をつくのであった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?