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1996年9月16日(月)《BN》

【熊本競輪:富田 剛・松浦 さやか】
「競輪場も久しぶりに来たな」
「そうなんだ、結構来てる気でいた」
 場内を歩きながら富田 剛が発した言葉を聞いて松浦 さやかが返事を返した。ここは15時を過ぎた熊本競輪場。いかにもな服装をきたおじさまたちや、ガラの悪いお兄さんたちが場内を我が物顔で闊歩している。富田もギャンブラーであり、昔から熊本競輪には良く訪れているのでこのような雰囲気は嫌いではないが、初めてきた松浦は異様な雰囲気に少し驚いているようである。本日は敬老の日の振替休日なので、結婚式関連の準備で午前中は手続き等を行っていた。そして昼ごはんはファミレスで済ませて、黒髪に帰る途中に少しだけ熊本競輪に寄りたくなったのである。そのことを松浦に告げると、快く承諾してくれたので現在熊本競輪にいるのである。本日は番組としてはS級シリーズの2日目であり、先程10R S級準決勝戦が行われたところだ。残りはS級準決勝戦の11Rと12Rになるが、11Rだけ勝負して帰る予定である。
「さてさて、メンバーっと」
 メンバー表を見ながら富田は購入する車券を検討する。ラインは3分戦で南関、中部、九州ラインである。点数的には中部ラインの実力上位であるが、熊本の特長である長い直線での地元九州勢の追い込みも魅力である。結果車券としては中部勢の逃げ差しと九州ラインの差し追い込みで購入することにする。車券を購入した後はレースまで少し時間があったので、食堂に入って大好きな天ぷらを食すことにする。そのまま食べても美味しいのであるが、備え付けのソースをかけるとまた格段に美味しくなる。松浦も初めて食べる熊本競輪場の天ぷらとソースの組み合わせに思わず笑みがこぼれていた。そして食べた後はちょうど良いぐらいの時間になったので、ホーム側の金網の前に移動する。ここには好き勝手にレース展開を述べながらスタートを待っている客がたくさんいる。おそらくレース中は大声でヤジを飛ばすタイプの人たちなのだろう。すると程なく発走の時間となり、レースがスタートする。道中は九州が前受けし、九州、南関東、東北の並びで進んでいく。そして赤盤を過ぎても展開が動かず、そのままゴール前を通過し、九州ラインが踏み始めた。
「コラー、何しよっとやー、踏めー」
「田中ー、ボケー、今踏まんでいつ踏むとやー」
 興奮した客たちが大声でヤジを飛ばす。それが功を奏したのか東北ラインが猛然と追い上げてきて、それに合わせて南関も上がってくる。九州ラインは厳しくなり、そのまま沈んでいった。
「九州はダメだな。何とか中部で」
 冷静に言葉を漏らした富田であったが、中部ラインと東北ラインが競りながら直線に帰ってくる。
「コラー、逃げろー、まだ踏めるー、死ぬ気で踏めー、ボケー」
 魂で叫んだ富田であったが、結果は東北ラインのワンツーであり、購入した車検は紙屑となってしまった。
「じゃあ帰ろうか」
 こう言って松浦の手を取り帰る富田であったが、まったく同じような状況が以前あったことを思い出し、少し考えた挙句に再度記憶から抹消することにした。

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