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映画「PERFECT DAYS」と、満たされる気持ち

 
 映画「PERFECT DAYS」を観た。穏やかな時間だった。とても好きだと感じ、パンフレットを購入。映画のパンフを手に取ったのは久しぶりで、その手触りが心地良い。


1.木漏れ日のような平山さんの日々
 
 平山さんは規則正しいルーティンのなかで生活しているし、彼が行く場所は決まっている。木のように同じ場所から動かない。行きつけの店(銭湯、居酒屋、写真店、古本屋)では、店主や常連客とすっかり馴染んでいる。多くの言葉を交わさずとも、そこに来るのが当たり前の存在となっている。毎週来るゴミ収集車のように。定時に来る電車のように。
 
 淡々とした毎日の中で、平山さんは時々微笑む。
 なにかを見つめて微笑むことができるのは、心にゆとりがあるからだと思う。その根底には整った暮らしがある。
 古びたアパート、竹箒で掃く音、カセットテープで聴く音楽、古本、ガラケー、アナログカメラ、写真店で現像した写真、銭湯、空、木々。トイレを綺麗にする仕事。アートのように美しい公共トイレでの一期一会。
 平山さんが好きなものと大切にしたいものに囲まれた生活。規則正しいルーティン。便利すぎるものや過剰な情報から距離を置き、彼にとって不要なものを取り除いたような毎日。トイレを丁寧に磨く平山さんを見て、「この人は徳を積んでいるなぁ」と思った。
 平山さんは満たされている。だから微笑む。穏やかに暮らしている。
 
 こんな暮らしは難しい。と、思っていた。
 嫌だと思ってもやらなければならないことがある。無駄と思っても手放せないものがある。家族がいるから、仕方ない。そう思い込んでいたけれど、そうじゃないかも。「PERFECT DAYS」を観ていてそう思えた。
 好きなものや大切にしたいものだけを残して、そうじゃないモノからは離れる。ささやかな幸せを感じて満たされている。そういう風に生きたい。平山さんはその気持ちを体現してくれている。
 だからこの映画を好きだと思ったのかもしれない。
 
 平山さんは、タカシやニコが原因で日常が乱れた際、イライラしたり落ち着かない素振りを見せたりしていた。タカシが辞めて遅い時間まで仕事をしたとき、声を荒げて会社に電話していた。
 作中、大きな事件は起こらないけれど、平山さんにとっては、日常を揺らす思いがけない出来事だったりする。平山さんにもPERFECTじゃない日がある。それでいい。
 変化が無いように思える人生でも、よく見てみると全然違う毎日で、大小関わらず変化があったり、一期一会の出会いがあったりする。全く同じ日なんて無い。だからこそ、日々の変化を受け入れたり楽しんだりすることが大切なのかもしれない。
 整った暮らしをしつつ、日々の変化を受け入れ、面白がる。そうありたいなと、映画を観ていて思った。


2.「PERFECT DAYS」と藤井風「満ちてゆく」
 
 藤井風さんの新曲(2024年5月1日現在)「満ちてゆく」の歌詞を引用する。
 
   走り出した午後も
   重ね合う日々も
   避けがたく全て終わりが来る
 
   あの日のきらめきも
   淡いときめきも
   あれもこれもどこか置いてくる
 
   (中略)
 
   明けてゆく空も暮れてゆく空も
   僕らは超えてゆく
   変わりゆくものは仕方がないねと
   手を放す、軽くなる、満ちてゆく
 
 この歌詞と出会ったとき、平山さんの姿が目に浮かんだ。
 
 まずはニコを迎えに来た平山さんの妹・ケイコと話しているシーン。裕福な家で生まれ育った平山さんが、家を出て、トイレ掃除の仕事と現在の生活を選び取ったのだとわかる場面である。恐らく今の生活とは正反対の暮らしをしていて、父親と衝突し、家を出た。妹は兄の仕事や暮らしぶりを良く思っていない。
 平山さんは「実家」「家族」「裕福な暮らし」から手を放し、身軽になり、現在の生活を選び、心が満ちている。仕事へ出掛ける前に見上げる空も、お昼の休憩で見上げる空も、彼は微笑んで見つめる。きっと以前の暮らしでは得られなかったもの。手放すものがあったからこそ、手に入れたもの。
 
 次に、ラストシーン。朝日を浴びながら泣いているようにも、嬉しそうにも見える、何とも言えない表情の平山さん。
居酒屋のママの元夫との出会いは、平山さんの心情に変化をもたらした。死を目前にした元夫と束の間の友情を育んだ平山さん。毎日続ける規則正しい生活も、日々訪れる小さな変化も、いつかは終わりが来る。変わりゆくものは仕方がない。今生きているのは、とてもありがたいこと。

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