【短編】今年1番の桜【微ホラー?】
桜のつぼみがほつほつ、と木の枝につき始めたころ。
平凡な男が、夜中に町で一番の桜並木がある公園を訪れていた。
男がただ夜の散歩に出かけたのではないことは、彼が持っていたシャベルと一斗缶が物語っている。
「懐かしいね。毎年デートにはここを選んだよね。」
男は抱えている一斗缶に向かって話しかける。
「毎年起きたこと、全て覚えてるよ。なんたってここはぼくたちに大事な場所。」
ぐ、と一斗缶を愛おしげに抱きしめ、男は道に目を落とす。
「ああ、満開になるときが待ち遠しいなあ。」
ふふ、と男はおかしげに笑う。
「ここの道が全部、ぜぇんぶ桜の花びらで埋まったら、まるで怪物の食道のようになるんだ。」
不気味な事をさもおかしな冗談のように男は宣い、はははと無邪気な顔で笑う。
「きみと歩いて居たときもこんな事を考えていたのかって?いいや、きみの話に耳を傾けるのにいっぱいいっぱいで、そんな事考える余裕無かったよ。」
そう言った直後、男の顔から表情が消える。
「きみがぼくと別れると言ったあの日、ぼくはここに来たんだ。その時にそう感じたのさ。」
でも、と男は晴れやかに顔を上げる。
「それも今日で終わりだ!」
男はそのまま並木を抜け、一際大きな桜が植えられた広場にたどり着く。
そのまま迷うことなく、男は大きな桜の根元へと歩みを進める。
「桜のつぼみがもうこんなに出始めてる。もうすぐ咲く時期だ。」
桜を見上げた男は、目を細めて枝を眺めた。
「ああ、本当に懐かしい。この桜が満開だった時、ぼくはきみに告白したんだ。」
あの時は嬉しかったなあ、と少しはにかんだ男は一斗缶へ顔を向ける。
「さあ、夜が明ける前に終わらせないと。早く取りかかろう。」
言うやいなや、男は桜の根元にしゃがみ込み、一斗缶を脇に置くとシャベルで桜の根元を掘り返し始めた。
「ねぇ、知っているかい?」
土を掘り返しながら、男は呟く。
「桜の木の下には、死体が埋まっているそうだよ。」
桜の木の下には死体が埋まっていて、その体液で桜の花はきれいなあの色に染まっているんだ。
このきれいな桜たちの正体は、肉を食らい、血を啜る恐ろしい怪物なんだ。
「だから、あの並木道はこの一番大きな怪物の食道みたいなものなんだよ」
ははは、ははは、と笑いながら男は語る。
語りながらも、手は休むことなくざくざくと土を掘り返していく。
その取り憑かれたような手の動きの末に、桜の根元には何かを埋めるには十分な大きさの穴が出来上がった。
「お別れだ。」
男はさみしげに脇に置いていた一斗缶を持ち上げる。
「本当に大好きだった。いや、今でも大好きだ、愛してる。だからきみと最期まで逝けるとぼくは思っていたよ。」
さよなら、と呟いて男は一斗缶の中身をざら、と穴の中へとそそぐ。
「きみのおかげで、きっと今年は一番きれいに咲くよ。ぼくらの思い出の桜は。」
こうして男は、愛した女の思い出を全て桜の木の下に埋めた。
時が過ぎて、桜が満開になる時期。
広場の大きな桜は例年よりも美しく咲いたという。
男はただ、その桜の根元に横たわって花びらの中で眠っていた。
あとがき
こちらは友人が参加する展示「オンナとおとこ、について展」に出典する友人の絵の原案候補の短編小説になります。
THE YELLOW MONKEYの「花吹雪」を聞いて思いついた光景を元に一気に書き上げたものになります。
1時間強程度かかった1200字ちょいのみじかーいものなので展開が足りなく感じるかもしれませんが、ある程度読み手に委ねたい部分があるのでこれでいいかなと思いました。
桜の下に男が何を埋めたのかは、皆さんの想像にお任せします。
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