見出し画像

【短編】美しさは愛で羽化する【恋愛】

 ぱたぱた、と粉を顔に付ける。
さらさら、と柳眉を形作る。
すう、と輝く粉をまぶたにまぶしていく。
 男は恋人の女が出かける準備の為に行っている化粧を、ぼんやりと眺めている。
ちなみに、男の方はとっくに準備が終わっている。
「ちょっと待っててね、今涙袋盛ってるから」
「その涙袋ってなんだよ・・・・・・」
「ここの目のしたのとこ!ぷっくりきらきらにすると可愛いんだから」
そう言うと、女は真剣なまなざしで様々な道具を使って下まぶたを弄り始める。
男には恋人が言っていることの一割も理解出来なかった。
だからそもそも涙袋とはどんな器官なんだよ、とか。
 それでも、これからデートに出かけるというのに彼女の機嫌を損ねる訳にもいかず・・・・・・
ただ男は、恋人の横顔をぼんやり眺めるしかないのであった。
 そもそも男には、彼女がそこまで気合いを入れて化粧をする理由が分からなかった。
恋人のひいき目が有るだろうが、彼女は素の顔も可愛らしいと男は思っている。
確かに付き合う前、初めて出会った時の彼女は化粧をきれいにしていた。
 しかし、男は彼女のそこに惹かれた訳ではない。
たしかに見た目は男の好みに沿っている。
けれども何度かの逢瀬や、その時に彼女が見せてきた数々の表情や性格・・・・・・もっとそういった細やかな部分で彼女を好きになっていったのだ。
見た目というのはあくまでちょっとしたきっかけに過ぎない。
だからこそ、同棲を初めて将来を考える仲になった今。
恋人の女のさらに深い面や、素の顔をたくさん見てきた男としては「自分たちの仲なのだから、もう気負わなくていい」という感情が強い。
さらに言うなら、早く出かけて一時でも早く彼女と過ごす楽しい時間を満喫したい。
 そんな思いがある為、男は女性が化粧をするのに多くの時間を割く事を疑問に感じてしまう。
「そんな涙袋とか言うのがなくても、君は可愛いのに」
ため息混じりに思ったことが口に出てしまった。
まずい!と思い、彼女を見ればきょとんとした顔で男を見ている。
「あー、いや、その・・・・・・」
必死に言い訳を考える男を見て、女はくすりと笑う。
 「じゃあ、あればもーっと可愛いでしょ?」
「え、そ、それはもう」
「世界で一番自慢できる可愛い彼女、でしょ?」
「も、もちろん!俺の彼女は世界一だよ!」
男に向かってにっこり笑って、女は満足げに言葉を紡いだ。
「ふふん、世界で一番の彼女が横に並んで歩くんだから、あなたは幸せ者だねっ!」
 この一見幼なげにも聞こえる言葉に、男はああ、参ったと思わざるを得なかった。
惚れた弱みとはこのことだ。
こんな事を言われては、彼女に勝てっこない。
自分の恋人は、自分との時間を120%楽しむ為に化粧をしていると解ってしまったのだ。
「・・・・・・うん、世界一の幸せ者だ」


後書き

このど惚気カップルが!!!!!!
お久しぶりです、ようやっとの更新です。
今回の小説も友人が出展予定の展示「オンナとおとこ、について展」原案候補のものとなります。
これは家族で出かけるぞーとなった時、ワタワタと化粧しながらバッ浮かんできてとりあえずワーッと3行でプロットまとめたものです。
だからこんな短いんですね。日常のワンシーンだから膨らみようがないんだなこれが。
書きたかった部分としては「ポジティブな女性」になります。
彼氏くんは彼女のそういうとこ好きなんじゃないですかね、知りませんけど(?)

話は変わりますが、皆さんはどんな時に化粧しますか?
どんな時に楽しく化粧しますか?
私はアラサー、しかも本当に最近になってから化粧が楽しくなりました。
とはいえ、単純に義務的な用事の時は「ダルい、化粧せんとこ」になります。
やっぱり楽しく化粧できるのは大事な友人と会う時、楽しい時間を過ごしたい時ですよね。
綺麗で楽しいコスメをウキウキで使うのも、もう出かける時の楽しい一時になるのかもしれません。
この話の中の彼女もそういう事です。
とはいえ、出かける相手を待たせすぎるのも程々に……(自戒)

それではまた次の記事でお会いしましょう。
俄雨(にわかあめ)でした。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?