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【読み切り】でもふり!【ファンタジー】

あらすじ
人々が魔法や魔石と呼ばれるアイテムの恩恵を得ながら生活する世界でのこと。
落ちこぼれ魔法学院生である「シャルロット・ザンクリング」は、魔法の予習をしていたら悪魔を呼び出してしまう!
自称「幸運を呼ぶ悪魔:キュービエット」と名乗る悪魔とシャルロットは契約を交わし、数多くの出会いを経て成長をしていく。
今回綴られるのは、その中で巻き起こった事件の一つを追う彼女たちの姿と出会いを描いたものである。

登場人物紹介:https://note.com/witty_lion785/n/n17961122b980



 ケリフォルト大陸。
この広大な大地に住む人々から宗教が失われて久しく、人間と魔界に住む悪魔と呼ばれる存在がそれぞれの領域で暮らす世界。
ケリフォルト大陸の人々は【魔石】という魔力を帯びた鉱石の力によって、大きな発展を遂げた。
そんな中、魔界の悪魔と交わる者たちがいる。

 人はその者たちを【悪魔憑き】と呼ぶ──。

でもふり!(Demonic Freedom)




 ケリフォルト大陸の中心地、第149代目国王である【ジェラルド・エース・スペルハート】が治める、大陸で最も平和なスペルハート王国。
この王国の未来を背負う子どもたちが集い、実力を高める【スペルハート王立魔法学院】のとある一画にて。
二人の人間が収納魔石から取り出した書類を前に話をしていた。
 「王都で連続して魔動車事故、ねぇ」
一人はガンマン風の服を着た、黒い髪とするどく深い青のまなざしを持つ壮年の男。
ざっと目を通した書類を持ちながら、ふむ、とアゴに手を当てている。
「原因は……はいはい、信号機の不具合、と」
「あの、それって師匠への依頼、ですよね?流石は王様にも認められる傭兵ようへいです……!そういった事件の情報は、王立警察が管理しているのに……」
もう1人は大人しそうな、紺色のショートボブが特徴の女学生。
彼女は「師匠」と仰ぐガンマン風の男を、尊敬のまなざしで見ている。
「警察の手伝いなんざ、傭兵のやることじゃないよ。まったく、ジェラルドのヤツは何考えてんのかね」
この国を平和に保つ王の名を雑に呼び捨てにしても、誰も男を咎めるものはいない。
 男の名はレンジロウ・カルマ。
ケリフォルト大陸において【壊し屋】の異名で知られる、凄腕の傭兵である。
 一方、彼を師と仰ぐ少女の名はシャルロット・ザンクリング。通称シャーリー。
彼女は、ここ【スペルハート王立魔法学院】の一生徒であるが、彼女の持つ魔力の量や出力は他者と比べて極めて劣っており、簡単な魔法をろくに扱う事も、小さな子供ですら乗れる箒ですら乗る事が出来ないほどだ。
そんな彼女が何故、レンジロウほど腕の立つ人物に師事する事ができているのかというと……。
 「なーなー、オッサンやる気ないのかよソレ-。偉い人間からの依頼なんじゃねぇの?」
シャーリーの頭の上から降ってくる、小生意気な子供のような高い声。
赤子くらいの大きさで燕尾服を着ており、緑がかった黄色の羽を背中から生やし、同じ色のパヤパヤと毛羽立つ頭をもつそれ。
「ちょっとキュービエット!師匠に失礼でしょ!」
「いーよ、悪魔ってのは小生意気な程度なら可愛いもんだよ」
どう見てもぬいぐるみのようなそれは、この世界で悪魔と呼ばれる”人間ではないもの“だった。
 この悪魔という存在が、レンジロウとシャーリーの共通点。
つまり……二人は【悪魔憑き】だった。
 「とはいえ、そこの小さいのの言うとおり、おじさんやる気湧かなくてね」
「え、えぇっ!?」
ふう、とため息と共に吐き出されたレンジロウの言葉に、シャーリーは思わず驚きの声を上げる。
「で、で、でも、王様が師匠を信頼して……」
「それはありがたい話だけども、おじさんたち付き合い浅いワケじゃないからね。こんな事で俺をこき使うつもりかって、こっちが文句言いたいくらい」
「え、ええぇ……」
「都合の良い男じゃないんだぞ、ってな。こう見えてもおじさんの依頼料、結構高いんだよ?」
戸惑うシャーリーに、レンジロウは茶目っ気たっぷりにウィンクをする。
「暴れたら周りぜーんぶ壊しちまう【壊し屋】なのにか?」
「キュービエット!」
「あっはっは!こりゃ参った。キュービエットに一本取られたね!」
訝しげに発言するキュービエットの言葉に、レンジロウは高らかに笑う。
と、次の瞬間何かを思いついた表情へと彼の顔は変わる。
 「ふーむ、そうだなぁ。おじさんったら【壊し屋】だから、迂闊に依頼を受けちゃって王都のどっかしらを壊してしまうのは困っちゃうな」
「そ、そんな、師匠がそんなこと……」
「だから、修行も兼ねて教え子にこの依頼を代わりに任せちゃおうかな」
「……ふぇ?」
 レンジロウの言葉に、シャーリーは間の抜けた声しか出せなかった。
「おいオッサン!オレ様とシャーリーにめんどくさいもん押しつけるつもりかよ!」
代わりに反論するキュービエットのもちっとした頬をつつきながら、レンジロウはいたずらっぽく笑って返す。
「おじさんが暴れたら周り全部壊しちゃうぞ、って言ったのはキュービエットくん、お前さんだぞ~?」
「つつくな~!」
「あ、あ、あ、あの、そんな、師匠に依頼されるような事件なんて、私そんな!」
「なーに。資料をざっと見た限りでは、強力な魔界生物とかは関わってないと思うし、コレを機にキュービエットとの連携を強めてきなよ」
言いながら、レンジロウは資料をシャーリーの腕にぽす、と乗せる。
「その間オッサンはどうすんだよ~」
「そりゃあ、可愛い娘二人の面倒見るに決まってるじゃない」
「サボりてぇだけかよ!」
「双子の娘たちにかけがえのない時間を与えてる、って言ってほしいかな~」
 にこ、と捉えどころの無い風のような笑みを浮かべてレンジロウは告げる。
「それじゃあ、無茶だけはせずに頑張っておいで。なに、駄目だったら駄目だったで、王様にはおじさんから言っとくよ」

 「うあ~、私ひとりでどうしよう……」
シャーリーは一人、とぼとぼと王都の道をキュービエットを連れて歩いていた。
「こんな時に限って、みんな学院から離れられないなんてぇ……」
ぼそりと呟きながら、シャーリーは親友や同じくレンジロウに師事する仲間を思い出す。
破天荒な親友は生徒会に捕まり補習、仲間たちは大陸の王国外エリア……別の地方から来た留学生のため、特別なテストの真っ最中。
とてもじゃないが、自分の手伝いをしてもらえる状況ではなかった。
「請け負っちまったもんはしょーがねーだろ!ぶつくさ言ってんなよ!」
「依頼をする事になったのは、キュービエットのせいでしょ!もう!」
「むぐぐ!それは、わ、悪かったよう……でもやる気の無いオッサンだってどうかと思うぜ!」
「私、師匠の事悪く言いたくないんだけれど……」
「なんだよ日和るなよな!ここでガツーンと、ババーンと解決して、オッサンにぎゃふんと言わせてやろうぜ!」
「そんな話だったかなぁ?」
 やいのやいのと言い合いながら、一人と一匹の悪魔は資料にあった信号機へたどり着いた。
「ええっと、資料によると一番最近不具合が起きたのはこの信号機、だね」
「このシンゴウキってそもそもなんだっけ?」
「魔動車や箒が移動するとき、事故が起こらないように行く道を整理する魔動機械だよ。これも機械だから、魔石で動いてるの。ほら、青になった車線の車や箒が動いているでしょ?」
 そう言ってシャーリーは上空に存在する光る線に沿って飛ぶ箒と、地面を滑る魔動車を指す。
「げぇ~。キカイって事は、このシンゴウキも……なんだっけ?【めいほ】だかの仲間かよお」
「機械は機械でも、メイジフォンとはちょっと違うと思うんだけど……」
メイジフォンとは、王国の近代化に最も寄与した一大企業【スフィロト社】の発明で、魔石を内蔵したタッチパネル式の携帯型魔石電話の事だ。
なんと中に【メイジィ】という、人工知能と呼ばれる装置まである。
王国では持っていない人物はまずいない程に普及したそれを、理由は不明だがキュービエットは苦手としていた。
 そして悪魔にとっては感覚が違うから、信号機も携帯型魔石電話も同じに感じるのかな、と思うシャーリーだったが、こんな事をしている場合ではないと、気を取り直す。
どんな形であれ、せっかく師匠が自分に回してきた依頼だ。出来る限りの事をしなければ。
「さ、調査を始めようキュービエット。自信は無いけど……師匠に報告出来るように頑張らなきゃ」
「そこは解決するためにだろ-!んで、なにすんの?」
 ぽえ、とした顔で首を傾げるキュービエットに、シャーリーは一生懸命考えながら指示を出す。
「ええっと、私の方は杖を使って魔力の流れを調べられないかやってみるから……キュービエットは信号機の上の方、明かりが点く所とか見てみて」
「はいよ~」
気の抜けた返事をしたキュービエットは、ふわふわの羽をぱたぱたと動かして上昇していく。
それを見届けたシャーリーは、ポケットから縮めていた魔石杖を取り出し、カシャ、と音を立てて伸ばす。
「いくら私の魔力が低くても、魔力探知の魔法を集中して使えばおかしな所に反応がでる……はず」
そう呟いて、杖を信号機に近づける。
 「そこのあなた!待ちなさい!」
凜とした声が、信号機に杖が着く直前で響く。
「えっ!?え、えっ!?わた、私、ですか!?」
「あなたに決まっているでしょう!学院生がこの信号機の側で何をしているの!」
シャーリーが驚いて振り向くと、カツカツ、と靴音を響かせながら黒髪ショートでグラマラスな体型の婦警が彼女に近づいて来ていた。
その表情は険しく、何かを疑っているのがあからさまだ。
「あわっ!ご、誤解ですっ!私は師匠に言われて調査を……」
「何が誤解なの!学生が信号機の調査なんて、聞いたことないけれど!」
「まぁまぁヒヨリ~、この子怖がってるよ。頑張るヒヨリもステキだけど、今は落ち着こう?」
ヒヨリ、と呼ばれた黒髪の女性の後ろから同じようにグラマラスな体型をした、金髪をツインテールにした婦警が現れる。
「こんにちは、学生さん!わたしリネット。彼女は私の姉のヒヨリ。それで……」
リネット、と名乗った婦警は後ろを向いて「こっちこっち~」と手招きをする。
マスクをしたどこか気だるげな雰囲気の警官が、こちらに向かってきていた。
「彼はナオトくん!それで、きみは?」
「しゃ、シャルロット・ザンクリング、です……」
「そっかそっか!あだ名とかある?」
「あの、シャーリーって、みんなから……」
「じゃあシャーリーちゃんだ!よろしくね、シャーリーちゃん!」
「は、はあ……」
「リネット、学院生が困ってるだろ。馴れ馴れしくしすぎだ」
 ようやく彼女たちの近くまで来ていた警官、ナオトがリネットに苦言を呈する。
「そうよリネット。あなたは王立警察としてもう少し厳格な態度を……」
「ヒヨリも先走りすぎだ。彼女が逃げてたら追いかけっこする羽目になってたぞ」
「え!?ナオト!?」
 ぶー、と拗ねるリネットと驚きに固まるヒヨリを置いて、ナオトはシャーリーに向き直る。
ナオトがまとう気だるげな雰囲気に対して送られるのは、隙の無い鋭い視線。
その視線は、シャーリーに何故か彼女の師を思い出させた。
 「学生証、出せる?」
「あ、はい……これです」
「……王立学院高等部一年、シャルロット・ザンクリング。偽物の学生証ではなさそうだし、少なくとも身分の詐称はないな。ありがと、返すね」
「は、はい」
とりあえず自分の身分は証明された事に、シャーリーはホッとする。
 「それで、あなたはこの信号機に何をしようとしていたの?」
ナオトの態度で気を改めたのか、今度のヒヨリの口調は幾分か柔らかくなっていた。
「え、ええと、ですね。王都で連続して魔動車事故が起きていて、信号機の不具合が原因で……それで、一番最近不具合が起きたというこの信号機に魔力探知して、異変がないかって……」
「どうしてここが最新の事件現場と知っているのか、話せる?」
「あの、その、この依頼書についてる資料を師匠から渡されて……」
シャーリーがわたわたと持っていた資料を三人に見せる。
師匠?と声を揃えて、三人の警官は資料を目にする。
「わ!これ国王様の認め印入ってる!確かにちゃんとした依頼書だよ!この間応援依頼出したってそういえば聞いたよね、二人とも!」
「ええ、資料も私たち王立警察が持っているものと全く同じね。それで応援に来たのが、彼女?」
ヒヨリは困惑して、リネットはキラキラとした瞳でシャーリーを見る。
しかし、ナオトはさらに視線を鋭くした。
「ああ、依頼は確かにされた。それも国王を通して直々にな」
「わーお!シャーリーちゃんすごいね!」
リネットの笑顔に反して、資料から顔をあげたナオトの目線はおよそただの学生に向けられるものではなかった。
 「自分も依頼については聞いた。だが、それは『壊し屋』レンジロウ宛てだったはずだ」
「え、あ」
冷たいナオトの言葉に、ひゅ、とシャーリーの息が詰まる。
マスク越しから投げかけられる言葉は、まるで毒のようにシャーリーの身体を回り、身体の先端から体温が抜けていくのを彼女は感じた。
「何故ただの学院生であるお前が持っている、シャルロット・ザンクリング」
「あの、レンジロウさん、は、わ、私の、師匠で」
「師匠?あの男は傭兵だ。それが何故魔法学院の生徒を弟子なんかにしているんだ」
「そ、それ、それは」
「ちょっとナオトくん!シャーリーちゃん怖がってるよ!」
ナオトの圧力に言葉を詰まらせるシャーリーの前へ、リネットが立ちはだかる。
「リネット、これは王立警察の情報が漏洩したか盗まれたかのどちらかだ。そこの彼女がそんな大それた事ができるのかは疑問だが、裏があるんだろ」
「裏があるって、シャーリーちゃんが利用されてるってこと!?何のため!?」
「今度はあなたが落ち着きなさいリネット!利用されているなら、彼女を保護するのが自分たち王立警察の役目でしょう!?」
「そうだけど……そうだけど!」
二人の態度にこらえきれないものがあったのか、リネットはシャーリーを抱きしめる。
思い切り抱きしめられ、思わず「苦しい」と場違いなことをシャーリーが考えた時。
 「なー、オマエら何やってんの?下でわーわーうるせぇな!オレ様が一生懸命ちょーさってのをしてるのに、オマエまでサボりかよシャーリー!」
ふよふよ、と騒ぎにうんざりした顔のキュービエットが降りてきた。
「キュ、キュービエット!」
「上のちかちかするヤツのまわり、何もなかったぞー。でも魔界の気配はちょっとするかもだから、オッサンの言うとおり魔界生物がいるかもな!」
ふふん、とドヤ顔でキュービエットは自身の調査の報告をする。
「で、コイツらだれ?」
そして、警官三人組をぽけ、と見回す。
 「悪魔、か」
目を見開いたナオトが、ポツリと呟く。
「ん?そーだぜ!オレ様は契約主に幸運をもたらす悪魔、キュービエット様だ!レアだぞ!嬉しいだろ!喜んで良いぜ!」
さらにふっふーんと胸を反らしてドヤ顔を披露するキュービエットに対して、ナオトも、ヒヨリも、リネットも、呆然としていた。
「んあ?なんだよノリ悪いな-!オマエらの寿命縮めるぞ!」
「もう!ちょっと黙ってキュービエット!あの、この小さいの、見えないけど本当に悪魔みたいで、私が召喚の予習してたら何故か来ちゃって、その」
「小さいの!?シャーリーこのやろう!」
「……シャーリーちゃんは、悪魔憑き、なの?」
困惑した瞳で、リネットは自分の腕の中にいるシャーリーを見つめる。
「は、はい。レンジロウさんは、同じ悪魔憑きの師匠で、それで今回の依頼を修行も兼ねて私に、って……」
「そう、そっか……レンジロウさん、本当に悪魔憑きなんだ」
「リネットさん?」
彼らの動揺に、シャーリーもキュービエットもついて行けなかった。
確かに悪魔憑きとなる人間はほんの一握りだ。
しかし、そういった物珍しさから動揺しているようには感じられない。
 「おーい、なんなんだよ~」
一向に動かない彼らにしびれを切らしたのか、キュービエットがナオトに近寄る。
「……ッ!触るなッ!!」
「うきゃ!?」
驚いたのか、激昂したのか、マスクでその真意は隠されていた。
分かるのは、ナオトは近づいてきたキュービエットへ向けて力任せに腕を振り、驚いたキュービエットが逃げ出したことで彼の腕が思い切り信号機にぶつかったことだ。
「ナオト!」「ナオトくん!」
 ガン、と音を立てると同時にナオトの魔力がぶつかった拍子に強く流れたのだろう。
ばちばち、という音を信号機が立て始めた。
動揺して尻餅をついたナオトに駆け寄ったヒヨリとリネット、そしてシャーリーたちもその反応に動きを止める。
「わわわ!」
「ま、魔石の暴走、かな……?」
「いや、魔界の気配が強くなった……シャーリー構えやがれ!出てくるぞっ!」
 ばちり、ばちり、と信号機の中を異質な魔力が数回走り抜け、遂に。
 「ギュイイーーーーッ!」
緑色の体毛と長い耳、真っ赤な目が特徴的な、小型の四つ足動物……いや、魔界の生物が信号機から飛び出した。
「お出ましだぜ!」
「グ、グレムリン!機械に悪さする魔界生物、だったはず!つまりこの魔物が犯人……!」
ギルル、とうなり声を上げる小型だが厄介な性質の魔物を前に、シャーリーは戦闘態勢を取ろうとするが、その前にヒヨリが立つ。
「学院生は下がりなさい!ここは警察である自分たちに任せて!」
「あ、あの、でもさっきナオトさんが……」
「あれはあの人のドジです!一般人を魔界生物と交戦させられません!」
 そう言いながら、ヒヨリは素早くホルスターから小口径魔銃を取り出す。
「緊急事態により発砲します!」
「あああっ!ヒヨリ、待って!」「待てヒヨリ、お前が撃つと……!」
「ファイア!」
リネットたちの制止を無視して、ダン、ダン、と連続して発砲音が響く。
しかし。
 「キュ?」
グレムリンは無傷であった。
「なあなあ、強気に出たねーちゃん。全部周りに当たってるぜ」
「こ、こら、キュービエット!」
「……っ!」
ヒヨリは顔を真っ赤にして震えていた。
 「オレの事をドジって言える立場か全く……オレが変身で網になるから、リネットはヒヨリと協力してグレムリン捕獲しろ。いいか、学院生に近づけるなよ。学院生、お前はいったんこの資料持って下がっていろ」
「もちろん!小型でも魔物は魔物だもんね!危ないからシャーリーちゃんは離れてね!ここは警察の私たちにまかせて!」
立ち上がったナオトは、資料を収納魔石にしまってシャーリーを下がらせながらリネットに指示を出し、胸に手を当てる。
その間にリネットはシャーリーを安心させようと笑顔を向けた後、ヒヨリに声を掛けて励ます。
改めて体勢を整え、三人はグレムリンと向き合う。
 「ショウライ!」
ナオトが胸に手を当てた状態でシャーリーには聞き慣れない呪文を唱えると、彼の姿が光に包まれ、次の瞬間には人間大の網になってヒヨリとリネットの手の中にあった。
「え、ええ?何今の魔法……!?」
「人間ってこんな魔法も使えんだな~!」
「う、ううん、こんな、物に変身する魔法なんて、聞いたことない!」
戸惑うシャーリーたちを後ろに、二人の婦警はじり、とグレムリンに迫る。
グレムリンも只ならぬ気配を感じたのか、再び威嚇のうなり声をあげる。
「いくよ、リネット」「うん、ヒヨリ」
言葉少なく、目を合わせ。
二人はバッと息を合わせてグレムリンに向かっていき、手に持っていた網を広げた。
はずだった。
 「……なんであのねーちゃんたち、自分が網に捕まってんだ?」
ばち、と網から音がしたと思ったら、投げたはずの網は二人の婦警をぎっちりとつかみ上げていた。
謎の事態に、対峙していたグレムリンもキュウ、と訝しげにしている。
「ちょ、ちょっと!ナオト!制御が出来ていないじゃない!!」
「ふぇえ~ナオトくん、苦しいよ~」
じたばたと二人がもがく度に、ナオトが変身した網は彼女たちの身体に食い込んでいく。
『オレが分かるか!ああクソ、さっき信号機へ変に魔力を流したせいか!?』
「とにかく早く変身を解いて!」
『この状態で解けるか!』
「え~ん、可愛い学院の後輩の前なのに~、カッコつかないよう~」
 やいのやいのと騒ぐ三人組が無力化したと見たのだろう。
グレムリンはふい、と踵を返して走り出してしまった。
「あっ、グレムリンが!」
「追いかけるぞシャーリー!」
「ま、待ってシャーリーちゃん!」
走りだそうとしたシャーリーを、リネットが呼び止める。
「この、ポケットに連絡先入ってるから!すぐに追いつくけど、何かあったらすぐ連絡してね!絶対!」
「は、はい!」
シャーリーから制服の胸ポケットに入っている連絡先を取らせ、リネットは彼女へ暗に無理はするなと念押しする。
「グレムリンの追跡は任せてください!」
「危なくなったら、絶対連絡するか逃げてね-!」
リネットの声を背に、シャーリーは勢いよく走り出した。

 タン、タン、と軽やかに走り回るグレムリンを、シャーリーは必死に追跡し続ける。
とはいえ、なかなか追いつけない状態で打開策は無い状態だった。
「追いかけてはみたけど、どう、しよう!」
「なにが-!」
「こ、このままじゃ、どこかに隠れられて、逃げられちゃう!」
「またキカイに隠れるんだったら、アイツにオレ様たちの必殺!【ラッキーストライク】!思い切りぶつけてやれよ!」
「信号機をっ、素手で殴れって言うのー!?」
「さっきのにーちゃんも殴って追い出してただろ-!」
「あれは、事故、でしょっ!」
 キュービエットが口にした【ラッキーストライク】とは、この一人と一匹にとっての必殺技というべき魔法の一撃だ。
シャーリーの身体にキュービエットの魔力を通し、彼女の拳にどんな物、どんな相手であろうと“一発逆転”の一撃を授ける、まさに必殺の技。
 しかしこの状況では、信号機ごと”一発逆転”で何か起こしてしまうかもしれない、という可能性にシャーリーはゾッとする。
レンジロウの【壊し屋】の異名を、こんな格好悪い形で継ぎたくはない。
第一、信号機の弁償など一学院生であるシャーリーには不可能だ。
 そうこう言い合っているうちに、グレムリンが信号機に近づいてしまった。
「あっ、ダメ!」
シャーリーは焦りの声を上げる、が。
グレムリンはスン、と何か匂いを嗅ぐ動作をしたと思いきや、フイ、と別方向へ向かっていった。
「え、どうして……?」
「いいから追いかけるぞっ!」
「う、うん!」
足をグレムリンが去った方向に向けながら、シャーリーは信号機を振り向く。
その信号機には、いくつかの丸とソレを線で結んだマークが付いているように見えた。
つまり、王国一の大企業【スフィロト社】で製造された事を示すマークが付いているものだった。

 体力の限界を感じながらも、シャーリーはグレムリンの追跡を諦めない。
信号機や別の機械に入りこもうとした際はとっさにキュービエットを投げつけたり、とにかくしょぼい魔法を乱発して威嚇したりなど、必死に追跡する。
しかし、その間にもグレムリンは取り憑く信号機をえり好みしているような行動をしていた。とはいえその法則性について考える余裕は、シャーリーの中にはない。
「は、はふ、う、く……っ!」
追い打ちをかけるように、まともに息も吸えなくなってくれば走るスピードは落ちてしまう。ただでさえ間があったグレムリンとの差は、どんどん広がっていく。
「しっかりしろシャーリー!見失っちまうぞ!」
「はぁっ、キュー、ビエット、先に、追いかけられ、ないの……!!」
「ばっかやろ-!悪魔が契約主から一定以上離れて行動出来るわけ無いだろ!」
「そんな……あ!」
 ついに、グレムリンが道の先にある曲がり角を曲がってその姿を消す。
「ま、まって……!」
必死に足を動かし、曲がり角を飛び出し、眼前に広がる道路の左右をシャーリーは確認する。そこにグレムリンの姿はない。完全に見失ってしまった。
「……はぁっ、はぁっ……!!ど、どうし、げほっ!」
「まずは落ち着けよ!くっそ~あのチビ魔界生物め!」
 チビはあなたもでしょ、とシャーリーは言いたくなったが、まずはキュービエットの言うとおりに落ち着いて息を整えようと深呼吸をする。
「はー……はー……、すぅ……はぁ……うん、よし……」
「まだ息があがってるぞ?」
「ふう、大丈夫。考え事もしたいし、グレムリンが行った方向のヒントが欲しいし、この辺り調べなきゃ」
 事件の資料も改めて確認しよう、とシャーリーは収納魔石から再び資料を取り出す。
「考え事って、何か気になることあんのか?」
「あのグレムリン、なんだか取り憑く信号機を選んでるみたいなの。だから、資料に書かれてる、不具合のあった信号機についてを見ていけば何か法則があるんじゃないかって」
「ケーサツもその辺気づいてんじゃないのか~?」
「かもしれない。けれど、それでも師匠に依頼してきたってことは、なにか王立警察じゃ触れにくい事があるのかも。そうなると、師匠はそういう王国の事情をこっちに投げるなって意味で、王様に文句を言いたいって言ったのかな……」
「ふ~ん。お、ちょうど不具合が起きた信号機がこの近くにもあるぜ」
「本当だ。いつの間にか来てたみたい……あ、この信号機の事故……」
 その事故は、王国内でも不幸な事故として大きくニュースになっていた。
先ほど調べていた信号機では、あわや、程度で死人は出ていない。
しかし、この事故では箒に乗った人物が一人と、魔動車に乗った夫婦が亡くなっている。
信号の不具合により箒側が夫婦を乗せた魔動車に突っ込み、さらに焦ったのか後続車までそこへ……いわゆる玉突き事故まで起き、大惨事となったのだ。
 なんとか後続車の人々は一命を取り留めたが、最初に激突した箒の乗り手はもちろん、魔動車の夫婦の命は失われてしまった。
本来なら箒と魔動車がぶつかることなど無いが、箒の導線と信号機は魔力で連動している。
グレムリンの操作によって、導線の形状が変化。
一般に販売される箒には必ずと言って良いほど搭載されている、導線を追尾する機能が仇となり今回の事故につながってしまった。
 「……酷い、事故」
「魔界生物ってヤツはシンプルな連中だ。自分の本能か、自分の主の事しか考えねぇからな。人間の命の重さなんて、知ったこっちゃねぇんだ」
「そう……そうなんだね……うん。止めなくちゃ」
「おう!」
事故の内容を確認したシャーリーが改めて覚悟を決めた言葉に、キュービエットは力強く応える。
 「とりあえず、確認したいことがあるの」
そう言って歩き出した彼女に、キュービエットは首をぽて、と傾げる。
「おい、事故があった信号機そっちじゃないぜ~」
「まず、他の信号機も見ておきたいの」
言いながら視界にあった信号機へとシャーリーは向かっていき、たどり着くと何かを探すように周りを歩く。
 「あった……!スフィロト社のマーク……!」
「すふぃろとしゃ?」
シャーリーが探していたのは、最初に違和感を覚えた信号機を振り返った時に見えたもの。
その信号機が「どの会社で製造されたのか」を示すものだった。
「キュービエット、この信号機にグレムリンの……魔界の気配はする?」
「ん?ちょっと待ってな!」
シャーリーに頼まれたキュービエットは、ふよよよ、と羽を動かしながら信号機の周りを飛び、魔界の気配を確かめる。
 確かめ終えて降りてきたキュービエットが、シャーリーに伝えたのは「魔界の気配は感じないぜ」というものだった。
「やっぱり……」
「なーなー【すふぃろとしゃ】って、オマエら人間が持ってる【めいほ】作ったとこだよな?」
「うん。メイホだけじゃなくて、王国の魔動機械はほとんど最初にスフィロト社が作っているの。前々からあった魔石を動力にする道具も、スフィロト社が改善してたりするし」
「ふ~ん、キカイの原因はその【すふぃろとしゃ】なんだな」
「原因、って変な言い方するね、キュービエット」
「キカイを作ったって事だろ!じゃあ、オレ様たちがちょーさしてるこのキカイも全部そいつが作ってんのか?」
 キュービエットの言葉に、シャーリーは首を振る。
「ううん、流石に王都だけに限っても全部の信号機とか、他の家電とかを一つの会社だけで作るのは大変なの。作る為にはたくさんの人が必要だから」
「ほえ?そうなのか。キカイ作るのって、パッと製造して生産する感じじゃないんだな」
 ぱっ、と短い両腕を開きながらキュービエットが出した言葉に、シャーリーは若干戸惑いつつも説明を続ける。
「機械苦手なくせに、そんな言葉は出てくるんだ……そう、製造や生産をするのには人手や時間や場所がたくさん必要になるの。だからスフィロト社は他の企業にどんどん技術提供して、王国の発展に一役買った……って聞いてるよ」
 「他のヤツに製造方法を教えられんのか?」
妙にトンチンカンな質問に、シャーリーは少し面食らう。
違う世界、魔界から来たとはいえ、悪魔とはここまで機械に疎いものなのかと。
「それはそうだよ。設計図とか……作り方を書いたものがあれば、他の企業も作れるようになるんだから」
「ふぅん、キカイってデータ共有すればそれでいいんだな~」
キュービエットの妙なリアクションに調子を狂わされながらも、シャーリーは説明を続ける。自分の考えの根拠にもなるからだ。
「そ、そうなの。ただ、やっぱりそれぞれの企業の技術力とかで差が出てくるんだって。治安の悪い北エリアが関わったものは、盗品を使用したりして違法だったりするし。それで、ほらあれ」
「んきゅ?」
 彼女が指を指した先には、10個の丸とそれを線でつないだマークがある。
先ほどグレムリンが避けた電柱にもあった、スフィロト社製の製品を示すマークだ。
「ああして自社マークを付けて、これはスフィロト社オリジナルだから、違法なことは当然無いし、物の出来上がりもとっても良いですよって、アピールしてるの」
「んげー。人間って面倒くさいなー。んで、これがなんでグレムリンと関係あるんだよ」
「うん、でも、私もまだ自信がないし、この事を王立警察が気づいていないっていうのもちょっと変だし、もしかしたら、ってこともあるし……」
 歯切れの悪いシャーリーの態度に、キュービエットはぶすっとした顔で先を促す。
「なんだよ-!オマエが言い出したんだろ~!」
「わ、わわ、わかったって!まず、グレムリンはこっちに来てないかもしれない」
「ん?なんでだ?」
「たしか、信号機は大きいものだし、交通に関わるから区域を決めて置かれる……って、どこかで見たことあるの。だから、この先の道にある信号機はしばらくスフィロト社製になるから……こっちの道は選んでないはず」
「ん?それってつまりさ」
「あの事故が起こった信号機へ行こう、キュービエット」

「グレムリンは、多分スフィロト社製以外の信号機を狙ってる」

 信号機の根元に供えられた何本もの花束は、まだ枯れず。
魔動車や上を通過する箒が巻き起こす風に揺れている。
宗教というものが失われたこの大陸でも、人の死を悼むという『感情』は習慣として残っていた。
真新しく、可憐なそれらは、逆にここで起きた事の悲惨さを痛いほど見る者に伝えてくる。
 シャーリーは胸元にある制服のリボンをぐ、と掴んで黙祷する。
まるで事の解決を、亡くなった人物へ向けて誓うように。
彼女の頭の上にいるキュービエットも、思うところがあるのだろう。
シャーリーが黙祷する間ただじっと、そこで起きたであろう「死」を見つめ続けていたようだ。
 「さぁ、確かめなきゃ。私はこの信号機がどこで作られたのか資料を見ながら調べるから、キュービエットも魔界の気配を調べてみて。」
「おうよ!任せな!」
黙祷を終え、調査を開始した二人。
シャーリーは何度も資料を見直しながら、信号機に付いているであろう製造した企業のマークを探す。
その間、キュービエットは先ほどから行っているように信号機の周りを飛び回って気配を探り出す。
「おーいシャーリー、最初の電柱ほどじゃないけど魔界の気配があるぞ~。あるっていうか、残ってる感じだな!」
「ありがとキュービエット!うん……やっぱり、この信号機はスフィロト社のものじゃない……」
「ねえ」
「キャアア!?」
 調査を終え、資料に目を落としながら確信を得始めたシャーリーの真横から、突然声が欠けられた。
「え、え、あ、あう!?(い、いくら私が落ちこぼれのへっぽこでも魔力感知くらいは……最低限できるはずなんだけど、いつの間に!)」
飛び上がり動揺したシャーリーは、声の方向へ向きながら後ずさる。
 そこには、ボサボサの長い黒髪をまるで自身を覆うように伸ばし、お供え用の花を持った人物がいた。
よく見れば体格はシャーリーより少し大きいくらいで、彼女と同じ王立魔法学院の男子生徒服を着ている。
羽織っているローブの色が紺色のため、学年はシャーリーと同じ一年生だ。
「ねえ、きみ、なにしてるの。ここで」
囁くような、高めの声がシャーリーに再びかけられる。
「あ、わ、私は、師匠から依頼を引き継いで最近の事故について調べてて……」
「調べものできたの?ここに?ぼくの、お父さんとお母さんが死んだここに?」
「え……」
 相手の言葉に思わず彼女は絶句する。
お父さんとお母さん。
と言うことは、つまり、ここに居る学院生は事故で命を落とした夫妻の……。

「ぼくの、お父さんと、お母さん、まだ、ここにいるかもしれないのに、なにしに?ああ、調べてるんだっけ、なにを?なんで、あの事故のこときみが調べるの?きみも学院の生徒だし、おなじ学年でしょう、なにがきみにできるの、ぼくのお父さんとお母さんを取り戻せるの?でも、きみにはそんなの、できないでしょう?なにができるの、なにをするつもりなの、ここを荒らさないで、ぼくの大事な家族がここでいなくなったの、きみに大事な人がいなくなるきもち、わかる?わからないよね?ね?ねぇ!!!!!」

 長い髪の毛から覗く、絶望に暗く淀んだ瞳。
シャーリーをそれで捉えながら、学院生は矢継ぎ早にどこか支離滅裂な言葉を彼女に浴びせかける。
相手が抱えるあまりに深すぎる悲しみと絶望に、シャーリーは何も言えなくなってしまう。
確かに彼女は、ここで命を落とした人々へ解決への誓いを堅く誓った。
 しかし、そういった第三者の善意や決意が全て遺族を慰めるとは限らない。
真っ暗な闇のような悲しみの中では、生半可な励ましなどなんの明かりにもなりはしない。むしろ時には無理解の毒として、さらなる苦しみを与えかねない。
喪った者のあまりに深く、繊細で今にも壊れそうな心を目の当たりにし、シャーリーはどんな言葉もこの人には無意味かもしれない、という気持ちを抱いてしまいそうになる。
 そのまま相手に掴みかかられそうな彼女の前に飛び出したのは、黄色いパヤパヤな影。
「おいこらー!黙って聞いてりゃ、ウジウジわちゃわちゃ意味不明なこと言いやがって!」
「キュービエット!?」
「荒らすだってェ!?このオレ様が、死者を侮辱すると思ってんのか!いくら悪魔だからって、ナメられたもんだぜっ!コラ黒もじゃ!」
 突然出てきた喋るぬいぐるみに呆然とする相手に、ビシ、とキュービエットは豆粒のような指を向ける。
「今オレ様たちは、この事件の犯人を突き止めているのだー!一回見失っちまったけど、隠れてそうなキカイはなんとなく分かるから、それを【ラッキーストライク】すれば一発逆転!オマエの親の仇討ちも出来るってもんだぜ!わかったか!」
「えっ、まだ私に信号機殴らせる気なの……!?」
ふんすっ、と鼻息荒く決めたつもりのキュービエットだが、その言葉を向けられた相手は呆然とドヤ顔をするパヤパヤ悪魔を見つめていた。
「おーいコラ、黒もじゃ、返事しろー」
『くろもじゃ、じゃないよ!ジュリアンだよ!』
「へぁ?」
 今度はキュービエットがポカンとする番だった。
目の前の人物は全く口を動かしていないのに、確かにこの人物の声がした。
しかも、先ほどとは全く違う、明るい子供のようなトーンで。
『ジュリエンド・ケイオティア。キュービエットなる者。名前くらいは覚えて貰おう』
今度は、冷静で静かな威圧感を放つ男性のトーン。
『つか、このインコみたいなの、あーしらみたいに人形じゃないワケ?とりまジュリアン止まって良かったじゃん?』
次は軽薄な女性、所謂ギャルっぽい女性のトーン。
『ははは、なんでも良いわ!良い啖呵を切ってくれたなキュービエットよ!』
さらには、荒々しく雄々しい男性のトーン。
 そのどれもが、目の前にいる学院生……ジュリエンド・ケイオティアこと、ジュリアンの口から発されたものではなかった。
シャーリーはハッと何かを思い出し、ジュリアンのローブを見やる。
するとそこには、四体の小さな人形が内ポケットから顔を出していた。
「あなたは、もしかして【パペットマスター】!?」
「なんだそりゃ」
「私たちの学年で噂になっている一人!特異体質で、魔力とは少し違う力で人形を動かして喋らせているっていう……」
シャーリーのリアクションに、黄色い真ん中分けの髪をした人形が嬉しそうに動く。
『わあ!ボクたちゆーめーじんだ!うれしいねジュリアン!』
それに対し、蒼い片目を隠した髪型の人形が首を振るような動きをする。
『いや、これは良い意味ではないだろう』
『フハハハハハ!悪目立ちというものだな!ジュリアンは引っ込み思案ゆえ仕方あるまいが!』
さらに、朱い尖った髪型の人形がまさに豪快に笑う人物のように身体を揺らす。
『つーかさ、有名人で言ったらあーしらより向こうのが有名じゃね?さっきあのインコ自分のこと悪魔っつってたし、この子いろんなのに目ぇ付けられてる子っしょ』
「あ……」
 つい、と桜色のツインテールの人形の腕に指されて、シャーリーはたじろぐ。
ジュリアン……たち、にも自分が落ちこぼれであることを知られているのだ、と。
「そう……きみ、魔力がほとんどないのに、悪魔憑きになった、ひとなんだね」
ようやく人形たちではなく、ジュリアン本人が口を開く。
「……うん。私は、学院一の落ちこぼれ、って言われてる」
「おいシャーリー!まだその話でウジウジしてんのかよ!」
「だって、キュービエットと契約できたのも、まだ何でか分かっていないし……」
「ぼくも、魔力なんてもっていないよ」
「え……」
 ぼそ、と零されたジュリアンの言葉に俯きそうだった顔を上げるシャーリー。
「さっき、きみ自身が、ぼくのことを特異体質って、言ってたでしょう。ぼくは、魔力のかわりに呪いの力……呪力をこの髪の毛にもって生まれてきた」
「呪力……」
それでさっき、魔力感知で気づくことができなかったのか、とシャーリーは得心する。
「呪力は、浸食する力。禍々しくて、相手や物に入りこんで、なかみから壊す力。だから、ぼくは杖すら持てやしない。ろくな魔法をつかうこともできやしない」
そう言うとジュリアンは人形たちと、持っていた花束をそっと抱きしめる。
「そのうえ、魔界のものたちもほしがる、めずらしい力だとも言われてる。ぼくの家系は、呪力をもってうまれる子どもがおおくて、そういうひとたちの末路は、たくさん残ってる。だから、ぼくはひとりでは生きていけなかった。みんなと、お父さんとお母さんに守られて、呪力は文字通りの呪いじゃなくて、ぼくの個性なんだって、ぼくの大事なひとたちが言ってくれたから、ぼくは、ぼくは……」
 ぼろぼろ、と大粒の涙を流してジュリアンは泣き始める。
「うああああああああああああああああ!!!!!!おとうさん!!!おかあさん!!!どうして、どうしてえええええええええええ!!!!!!!」
「ケ、ケイオティアさん!?」
「待て、近づくなシャーリー!なんか危ねぇ気がする!」
大声を上げて泣き喚くジュリアンを心配し、近づこうとするシャーリーをキュービエットが急いで止める。
次の瞬間、ぶわ、とジュリアンの長い黒髪が重苦しいオーラを放ちながら広がる。
同時に、ジュリアンが持っている花束は途端に色を失っていき、グズグズと腐り始め、ぼとぼと、と音を立てて地面に落ちてそのまま朽ち果てていく。
「こ、これが、呪力……!?」
「やべえぞ、こんな力が広範囲に広がっちまったら……」
 『させぬよ』
状況に焦る一人と一匹の声を遮り、雄々しい男の声が響く。
途端、呪力のオーラは黒く重苦しいものから、燃えるような朱へと変化していき、広がる髪の毛はジュリアンの腕に巻き付き、短い部分は炎のように逆立つ。
ぐん、とジュリアン……と思われる人物が胸を張ると、そこにはどこか中性的な部分は残るが、キリリと燃えるように精悍な青年がいた。
「少し眠っていろ、ジュリアン。連中とは俺様たちが話を付けておく」
声のトーンは、朱い髪の人形のものだ。
「貴様、なんと言ったか。シャーリーと呼ばれていたな?」
「は、はい……」
先ほどのジュリアンの様子とは、対極の堂々たる威圧感にシャーリーは押されながらうなずく。
 「貴様とキュービエットが、俺様たちの仇討ちを取れるに相応しい実力を持つか試させてもらうぞ。構えろ」
「……え?」
燃えるような青年が、ザ、とファイティングポーズを取りながらそう言った次の瞬間だった。 「バカ、シャーリー!!ボーッとすんなっ!!」
キュービエットにグイ、と首根っこを捕まれて引き倒され、シャーリーが尻餅を着く。
その頭上を、びょう、と音を立てて朱い呪力をまとう青年の拳が通り過ぎていった。
「え、う、そ」
「はははははッ!!!良い反応だ貴様ら!!よく俺様の初撃をかわしたな!!」
「な、なんで」
「何故も何も、先ほど述べた通りだが?キュービエットはジュリアンに『仇討ち』の啖呵を切った。ならば、それを任せるに足る者かこの目で確かめるのは当然!」
「そん、な」
「早く立てよシャーリー!多分コイツ話が微妙に通じねぇ!」
 突然の戦闘に呆然とするシャーリーを、全力で引っ張りながらキュービエットが叱咤する。『そーなんだよねぇ。マジあかがゴメンねぇ?』
 ふと、桜色のツインテール人形がローブから顔を出して小さな両手を合わせて出てきた。
『あーしらも、あーたらに任せっか迷ってるのは同じ気持ちだけどさぁ、ママとパパがいなくなった場所で戦うとかありえないんだけど?』
「何を言うさくら。父さん母さんの前でこそ実力を見極めるべきだろう」
『えー、ボクはおとうさんとおかあさんの場所がめちゃくちゃになるのやだよ!』
ぎょくの言うとおりだ。俺も父と母の居る場所は静かにしておくべきだ。ジュリアンもそう願っているはずだが?』
「むう、あおまで反対ときたか」
青年……朱はバツが悪そうに頭を掻きながら、三つの人形たちとやいのやいのと言い合いしている。
その間に、シャーリーはなんとか立ち上がる事が出来たが、やはり戸惑いは隠せない。
「あ、あの、確かに、信用して貰うのは難しいとは思います、でも、私頑張りますから……!」
「その心根は買っておこう!しかし俺様は、この腕で相対したものと家族しか信用しないのでな」
「そんな……」
「貴様が真剣に俺様と向かい合えば事足りる!さて、他の者たちに反対されてしまった。場所を変えるぞ。近くにちょうど空き地がある。俺様に貴様の力を見せてくれ!」
 頑としてシャーリーとの手合わせを言い張る朱。
「こりゃあきらめるしか無いぜ、シャーリー」と、キュービエットのあきれた声に彼女は泣きたくなった。

 空き地へと移動したシャーリーとジュリアン……ではなく、朱は少し距離を取った状態で対峙する。
「改めて名乗ろう!俺様は『呪腕・朱じゅわん・あか』!ジュリエンド・ケイオティアの守護人格が一人だ!貴様も名乗るがいい!」
朱の勢いに押され、シャーリーも名乗りを精一杯上げる。
「わ、私はシャルロット・ザンクリング、です!こっちはキュービエット!」
「幸運の悪魔キュービエットとはオレ様の事だい!」
「うむ!良い名乗りだ!そこは気に入った!では、後は貴様らの実力だな。構えろ」
 ざり、と再びファイティングポーズを取った朱。
それに応じて、シャーリーも杖をポケットから取り出す。
「キュービエット、お願い」
「おう!」
ぱたた、とキュービエットはシャーリーの背中にくっついた。彼の魔力をシャーリーに回す為だ。
 「では……ゆくぞ!!」
朱はそう叫ぶと、勢いよく地面を蹴ってシャーリーへと肉薄していく。
「デ、デモン・カウンタ!」
一方彼女は、キュービエットの魔力を利用してカウンター効果を持つバリアの魔法を展開する。
しかし。
「そうら!!」
「きゃ、あああ!!」
彼女が張ったバリアは小さくか弱いもので、朱が放った燃えるような呪力の拳の前では、一瞬で浸食されてカウンターすら出せずに破壊されてしまった。
その勢いのまま、シャーリーは呪力に晒されながら吹っ飛ばされてしまう。
「しっかりしやがれ-!!」
地面にたたき付けられる寸でのところで、キュービエットの必死の羽ばたきが効を成し、シャーリーは体勢を立て直す事ができた。
「きゅ、キュービエット、今なら『ラッキーストライク』を……」
「ばかやろ!まだピンチでもなんでもないだろ!」
「ええ!?さ、さっきは信号機に使えばいいとか言ってたのに!」
 「何を話している!この程度では俺様は納得させられんぞ!!」
一人と一匹がやいのやいのしている間など、真剣勝負は待ってくれない。
「ぅらぁぁぁあああ!!」
朱が気合いを入れて叫び、連続して拳を宙に繰り出すと、朱く光る呪力がシャーリーめがけてごうごうと飛んでいく。
「あ、わ、デモン・スピード!」
急ぎシャーリーは身体強化魔法を脚にかけ、移動速度を上げてなんとか飛んできた呪力をかわしていく。
「はは!その調子で俺様を楽しませろ!どんどんいくぞォ!!」
 言うが早いか、呪力を飛ばす事を止めた朱は再度シャーリーに向かって跳び、そのまま勢いよく拳を振り下ろす。
「スピード、ランクⅡ!」
対するシャーリーは必死で身体にキュービエットの魔力を回し、瞬間的に移動速度を上げて対応する。
しかし、慣れない移動速度に脚をもつれさせ、盛大に転倒してキュービエットもろとも転げ回ってしまった。
 ドゴン!!
地面に伏せたシャーリーが、すさまじい音と軽い地響きにハッと顔を上げる。
自分が先ほどまで立っていたそこには、朱のすさまじい腕力によって軽いクレーターができていた。
(あんなの、まともに、食らったら……)
「どうした、悪魔と契約した豪胆な女が、この程度で怖じ気づくのか?」
 朱の発言に対して制服から『あーたそれハラスメントだし!』と声が聞こえ、朱がそれに首を傾げて居るが、シャーリーはそれどころでは無かった。
彼は常に本気で攻撃してきており、そしてその威力は先ほどの通り。

 死ぬかもしれない。

その予感に、シャーリーは青ざめていた。

 「死を感じたな、シャーリー」
彼女の背後から、声がする。
「かましてやれ、オマエが感じた死を。そのままそっくり相手にくれてやればいい」
その声に応えるように、シャーリーはゆっくり立ち上がる。
「……相手に」
「オマエについてるのは何だ?オレ様だ。この幸運の悪魔、キュービエット様だ!」
立ち上がったシャーリーは、すっと前を向く。
まだ顔は青く、手は震えているが、決して視線は下がらない。
そんな彼女を見て、朱は嬉しげに、そして不敵に笑う。
「来るか」
「私は、幸運の悪魔の契約者。ラッキーシャルロット!」
「オマエの寿命、縮めてやるぜ!」
「ははははははははは!!さらに良い啖呵だ!!ますます気に入った!!来い!!俺様も全力を尽くす!!!」
 愉快そうに笑った朱は、人形たちの制止の声を無視して朱い呪力を全力で放出し、腕に纏わせていく。
「さァ、ゆくぞォォォオオオオ!!!」
「うあああああ!!!」
朱とシャーリーは同時に駆け出す。
「アイツの拳に合わせろシャーリー!」
「分かってる!!」
駆ける間に、シャーリーは杖を地面に放り、自身の拳にキュービエットの魔力を宿らせていく。
「オオオオオオオオオ!!!!!」
「ラッキー……、ストライク!!!!!」

 どんっ

 二人の拳がぶつかった瞬間。
朱が放っていた呪力も拳の威力も何もかも、消し飛んだ。
後に残ったのは、本来の黒髪に戻って倒れたジュリアンと。
拳を放った姿勢のまましばらく手を震わせていたが、やがてへなへなとへたり込んだシャーリー、そして疲れたと言いたげな顔をしたキュービエットだった。

 「ご、ごご、ごめ、んね、朱がめいわく、かけちゃって……」
『ははは!すまん!だが良い勝負だった!気に入った!』
「反省してよう……」
「あ、あはは……」
 一騎打ちを終え、元に戻ったジュリアンとシャーリーは空き地から近くのコンビニへと移動し、回復ポーション入りジュースと応急回復キットを購入した。
ポーション入りジュースやキットを使って回復しながら、シャーリーたちは再度ジュリアンの両親が被害にあった事故現場へ向かっている。
「まったく、オマエの暴走で散々な目にあったぜ!」
「うう……ごめんなさい……」
「こら!キュービエット!!ケイオティアさんは今大変なんだから!」
小生意気な悪魔は、シャーリーがいくらたしなめてもどこ吹く風だ。
 『でも、朱がめーわくをシャーリーおねえちゃんにかけちゃったのは、ホントだもんね』
『朱!土下座しろし!』
『我らは止めたぞ』
『すまん!!』
「うう~、ぼくも、最初にシャルロットさんにひどいこと言っちゃった……ごめんなさい……」
 なんやかんやあって冷静になったジュリアンは、朱の事もあってかすっかりしょぼくれていた。
「き、気にしないでください!あなたの大事な場所に踏み込んだのは私たちだし、朱さんが出てきたのはケイオティアさんの為だし……」
『流石は俺様の見込んだ女だ!分かっているな!』
『あーたそれセクハラだし!!』
「うわあ!だまってよう……うん、ありがとう……ぼくの家族を分かってくれて」
わたわたとジュリアンを励まそうとするシャーリーの優しさと思いやり、そして自分の守護人格……家族の思いに対する理解に、ジュリアンは微笑む。
シャーリーも、落ち着いた様子のジュリアンに安堵して笑い返す。
 「そ、それで、こんなこと、言うの、ずうずうしいって、じゃまだって、思われるかもだけれど……」
もじもじと人形たちを抱きしめながら、あっちを見やり、こっちを見やりと落ち着かない様子で何か言おうとするジュリアン。
「何だよ~、早く言っちまえよ~」
「キュービエット!めっ!」
「あうう……あの、あの、ぼ、ぼく、ぼくも、その、ね……」
『ジュリアン、いや、我らもシャリとキューの調査に協力させてもらいたい。ジュリアンはそう言いたいようだ』
 自分で何か伝えようとしていた努力虚しく、ジュリアンの思いは蒼が代弁してしまった。
「あ、あああ……蒼……」
『蒼!あーたマジ空気読めし!!』
『空気を読み、代わりに伝えたのだが』
『ぎゃくに読めてないよ~!』
再びしょぼしょぼとしはじめたジュリアン。
その様子に、シャーリーは少しおろおろと、迷ってから。
「心強い、よ!よろしくね!」
手をジュリアンの前に力強く差し出した。
「……!うん、うん!よろしくね……!」
彼女の手は、おずおずと、しかし確かに握り返された。

 事故現場に向かう道すがら、シャーリーは今回の事故を調べる事になった経緯、いざとなった時に連絡を入れられる警察の連絡先、そして彼女自身の推測をジュリアンに伝えた。
「グレムリン……魔物がかかわってたんだね」
「うん。それも、なぜかスフィロト社以外の信号機を狙ってる」
「魔物の生態や行動、まだぜんぜん分かってないもんね……スフィロト社って、たしかに魔石や魔力とか、魔界のものをエネルギーにしたりしてるけれど……」
「他の会社も、別にその限りではないから、魔界と関わっているってだけで避けられるなんてことはないし……」
 二人してうんうんと考えても答えは出ないまま、事故現場に再びたどり着いた。
「見てケイオティアさん、この信号機も……」
「ほんとだ……スフィロト社のものじゃない……」
「それで、キュービエットにさっき調べてもらってたの」
「そこにオマエらが来たってワケな!」
「あ、う、ごめんなさい……」
「キュービエットったら!もう!……それでね、ここにもキュービエットが言うには、魔界の気配が残っていたって」
「それじゃあ、この、信号機にも……グレムリンが」
「うん、そうなると思う」
 シャーリーの推測に、ジュリアンは再び長い髪をざわり、と揺らめかせる。
が、すぐにかぶりを振ってそれを落ち着かせる。
「……もう、事故はおこさせない」
「そうだね、私もそのために全力を尽くしたい」
「グレムリン、さがしにいこ、シャルロットさん」
「うん」
二人は再度信号機の前で祈り、事態の解決へ向かう事を誓ってから歩き出した。

 シャーリー一行はグレムリンを見失った地点まで戻り、ジュリアンの両親の事故があった現場を元に、スフィロト社の信号機が使われていないと思われる区画を歩く。
キュービエットが調べ、魔界の気配の有無を判断した後は念のためにジュリアンの呪力をほんの少しだけ活性化させる。
魔界でも珍しがられるジュリアンの力でおびき出せないか、というものだ。
 スフィロト社が使われていない信号機は少ない方とはいえ、広い王都の一区画は大人しい学生二人には広い。
道すがらにあるコンビニで時折休憩を挟みながら、一行は懸命にグレムリンが潜んでいそうな信号機を探した。
 「次は……ここの事件現場からこの道の先には事件が起きてないから……」
「えと、この北の道をすすめば、いいのかな……」
メイジフォンのマップアプリと事件資料を照らし合わせ、頭を付き合わせながら二人は進む。
『がんばれっ、ジュリアン!がんばれっ、シャーリーおねえちゃん!』
「オマエら人形だからいーよなー」
「キュービエットだって飛んでるでしょ?」
「自分で飛んでるじゃんかオレ様はっ!ただ浮いてるワケじゃないんだぞ-!」
(あんな、ほわほわのちいさい羽根で、飛べるんだなぁ)
 そうしてやっとこさ一行は、次の信号機にたどり着く。
「ん?おいおい!ここに居るかもだぞ!」
着くなり、キュービエットは周りをパタパタと飛び回りながら叫ぶ。
「え!?まだ調べてないのに?」
「探らなくても、こんだけ気配が濃ければわかるってもんだぜ!黒もじゃ、呪力ってやつをかましてやれ!」
「う、うん!」
もきゅもきゅと騒ぐキュービエットに促されるまま、ジュリアンは髪に巡る呪力をほんの少しだけ活性化させる。
「でてこい……」
ぼそ……とジュリアンが呟いた時。
「ギシャァァァアアアッ」
ばちん!と音を立てて信号機から狙いどおりにグレムリンが飛び出し、一直線にジュリアンへと向かっていく。
「ケイオティアさん!」
『あーしに任せろし!』
 桜の声が響いた瞬間、ジュリアンを桜色の呪力が包み、黒い髪は桜色のツインテールへとまとまっていった。
人格交代の際に発された呪力により、グレムリンの突進は弾かれ、そのまま地面へと着地して体勢を整えた。
呪爪・桜じゅそう・さくら!やってやろーじゃん!」
ビシ、と桜色に染まる長い爪を仇であるグレムリンに向け、彼女は宣戦布告する。
「そんじゃいくよシャーリーちゃん!あーしらに合わせてサポってくれれば、おけまるだから!」
「は、はい!」
 桜はシャーリーに声を掛けると、素早く駆けながらグレムリンに肉薄する。
「うりゃ!食らえし!」
ざっ、と腕を振り抜き、爪から呪力を飛ばす。
しかし、すばやいグレムリンはたやすくそれをかわし、再びシャーリーたちの前から逃げようと駆け出した。
 「さ、させない!」
すかさずシャーリーは様々な属性のしょぼい魔法をなんども出してグレムリンを威嚇。
うっとうしそうにしたグレムリンが、シャーリーを攻撃しようとした時、魔物の背後から桜がかち上げるように長い爪を相手にお見舞いする。
呪爪じゅそう・あげぽよ!」
「ギャッ!」
グレムリンは、なんとか回避できたようだが悲鳴を上げたのを見るに、桜の攻撃はかすったのが分かった。
「あーしの爪、食らったみたいだね」
桜が不敵に、ニッと笑みを浮かべる。
「かすっただけでも、あーしらの呪力からは逃げられねーし。あーたはもうおしまい」
「す、すごいですね……かすっただけでも致命傷なんて……」
「ふっふーん、そうっしょ~?あーしらマジすごいっしょ?」
シャーリーにほめられた桜は、得意げにVサインを披露して笑顔を彼女にむける。
 『油断するな、桜』
と、内ポケットから蒼の人形が出てきて桜に釘をさす。
「油断してねーし!実際あーしらの呪力食らったら終わりじゃん!?」
『では、あれは何だ』
「あれ?」
と、シャーリーと桜が蒼にうながされた方向を見ると、グレムリンが少しふらつきながらも逃げ出している姿があった。
「……あーっ!!」
「ピンク!お前何やってんだよ-!」
「キューちゃんだって気づいて無かったじゃん!」
「い、言い合いしてる場合じゃないよ!早く追いかけないとまた見失っちゃう!」
『俺に任せろ』
 蒼の声がそう響くと、桜が「ちょ、あーしまだちょっとしか……」と文句を言う中で蒼い呪力が彼女を包む。
ツインテールにまとまった髪はほどけ、するすると素早く脚に巻き付いていく。
それが終わった時にたたずんで居たのは、呪力で軽く地面から浮いている、蒼い髪で右目を隠したクールな青年のような姿だった。
「シャリ、近くにグレムリンを追い込めそうな場所はあるか?」
「あ、この近くの地理には詳しくないけれど……マップアプリを使えば!」
「それでいこう」
「えっと?」
「オマエ言葉少なすぎんだろ!オレ様たちとオマエではさみ撃ちして魔界生物を追い込むんだろ!」
「ああ」
「なるほど!はい!わかりました!すぐに調べてメッセージを送るので、蒼さんは追ってください!」
「承知」
 軽い打ち合わせを済ませると、2人はすばやくメッセージアプリで連絡先を交換。
蒼は軽く息を吐き、瞬く間に飛び上がったかと思うとグレムリンが向かった方向へと、空中を駆けていった。
「す、すごすぎる……」
「おい!ボサボサしてる暇ないぜ!はやく、まっぷ?みないとだろ!」
「そ、そうだった!」
わたわたとシャーリーはマップアプリを開き、魔物を追い込むにはちょうど良さそうな場所――王都のはずれに近い、開けていて人通りが少なそうな場所を見繕う。
そこを蒼に知らせてから、彼女もまた駆けだした。

 「見えてきた!」
蒼からたまに送られてくる連絡に合わせ、シャーリーはなんとか打ち合わせた場所へとたどり着いた。
そこは、一騎打ちを行った空き地に似ているが、周辺にいくつか障害物となるであろうものが転々と置かれた場所。
つまり、建築材などを置いている場所だった。
このような場所に勝手に入る事はためらわれたが、とっさに思いつける最適な場所がここしかなかった。
 「キュービエット、もう少し頑張って」
「しゃーねーな!」
朱との一騎打ちの時のように、キュービエットがシャーリーの背中に移動する。
準備を整えた彼女は少し深呼吸をした後、蒼が追い込むグレムリンを待つ為に建築材の影に隠れる。
「準備できました、お願いします……と」
彼に連絡を送り、シャーリーは息を潜める。
と、彼女のメイホに返事が届いた。
『承知。向かう。』
「相変わらず言葉少ねーなコイツ……」
「静かに。あのスピードだともうきっと……来た!」
 シャーリーが言うが早いか、蒼に追いかけられて呪力のダメージが加速したのだろう、苦しげな表情をして逃げるグレムリンと、追い込む蒼が見えた。
「いくよ!」
「おうよー!」
シャーリーは近づいてきた彼らにタイミングを合わせ、建築材の影から飛び出す。
「デモン・ウインド!」
「ギゥッ!!」
建築材にある程度は影響を与えないだろう風の魔法を、なんとかシャーリーは当てる事ができた。
 「蒼さん!とどめを!」
「任せろ。……!?」
蒼はとどめを刺そうとグレムリンに蹴りを繰り出そうとする、が。
突如何かに感づいたように素早くシャーリーの元へ移動し、彼女を抱えてグレムリンから離れる。
「きゃあ!?」
シャーリーが悲鳴を上げ、グレムリンが建築材のどこかへと走り去っていった瞬間。

ドガンッッ!!!!!!

 「……は、え?」
「間に合ったか……」
先ほどまでシャーリーたちが居た場所は盛大な爆音を立て、地面に焦げ後が残っていた。

 「あーあ。どうしてよけちゃうのかしら」

とこ、とこ、と軽い足音がグレムリンの逃げた建築材の辺りから響き、小さな人影が現れる。
 「かわいそうなグリンちゃん!こんなになるまでいじめられるなんて、おねえ様たちひどい人なのね!」
その人影は、金髪にくりくりとした愛らしいサファイアの瞳、両親から愛されている事がよく分かる丸みを帯びた頬、所々に高級なレースをあしらった服をまとう、幼い少女だった。
大きなピンクのリボンで一つにまとめた金髪をゆらし、少女はグレムリンを抱いて2人から少し距離を置いた場所で止まる。
 「はじめまして!リリィの名前は、リリスフェーン・アミラオルよ♪したしみをこめて、リリィってよんでくださいな♪」
そう言うと、リリスフェーンと名乗った少女はグレムリンを抱いたまま軽く膝を折って礼をする。
危険な魔物を腕に抱え、あまつさえのんきに自己紹介をする彼女に、シャーリーも蒼も行動出来ずにいた。
シャーリーは事態を飲み込めずあっけに取られて。
蒼は苦々しげな顔をして。
 そんな事態を動かすのは、やはりこの悪魔だった。
「おいそこのオマエ!」
「おまえって、リリィのこと?なんて乱暴なぬいぐるみなの!」
「誰がぬいぐるみだい!オレ様は幸運を呼ぶ悪魔、キュービエット様だぞ!!喜べ!」
「あくま?ふーん……おねえ様、あくまつき、なのね?」
「えっ……」
 キュービエットの発言でシャーリーが悪魔憑きと知ると、彼女はくすくすと笑いだした。
「うふふ、あくまつきでもリリィの方が上みたいね?リリィのお友達のあくまは、そんなぬいぐるみみたいじゃないもの♪」
「あ、あなたも悪魔憑きなの……!?」
「悪魔憑きはこんな子どももなるのか、シャリ」
「えっと、私の師匠の娘さんたち……双子ちゃんもそうだけれど、他にもいるなんて……」
 リリィの発言に驚きを隠せないシャーリーたちだが、蒼の発言にリリィは丸い頬をむすっとふくらませる。
「ちょっとそこのおにい様!リリィはりっぱなレディです!子どもあつかいなんてしつれいよ!!」
「子どもは子どもだ」
「ひどい!レディのあつかいがわかってないのね!リリィがおしたいする、すてきなおじ様とは、おおちがいだわ!あなたたち、グリンちゃんをいじめてリリィやおじ様のおじゃままでするし……ほんとうにひどいんだから!」
「おじ様……?」
 シャーリーはリリィの発言に引っかかったが、状況は考える暇を待ってはくれない。
「リリィおこっちゃった!あくまつきのおねえ様は、お友達にしてあげてもよかったけど……ひどいおにい様とお友達だし、グリンちゃんをいじめてたものね!ふたりともおしおきよ!」
「……!!シャリ!つかまれ!!」
「ひゃわわ!!?」
「ばーん」

ドォオン!!!!!!!

 リリィがきらきらとした花のように彩られた杖を取り出し、軽く振った瞬間。
2人がリリィと話していた場所で、人間2人分が木っ端みじんになるには十分な爆発が起きた。
「またよけちゃった。おしおきをすなおにうけないなんて、わるい子!よーしゃはしちゃだめね!」
リリィはそっとグレムリンを建築材の影に隠し、シャーリーを抱えて構えている蒼へ向け、続けて杖を振る。
「ばーん、ばーん、ばーん!」
「……!!!」
蒼は得意の機動力を活かし、シャーリーを守りながら爆風と巻き込まれた建築材の破片をよけていく。
「仕置きが必要なのは、そちらだッ!」
連続する爆破の隙間をぬって、蒼が宙に蹴りをくり出して呪力をリリィへと飛ばす。
「ばーん!」
「チッ……」
「そんな……蒼さんの、ケイオティアさんの呪力がかき消されるなんて……」
「あの爆弾ちびっ子、どうなってんだよ!」
蒼が放った呪力は、リリィが放った一発の爆破で跡形もなくかき消されてしまった。
 「シャリ、キュー、少し曲芸をする。離れるな」
「へ?きゃああああ!!!」
「ふぎゃ!?」
警告した次の瞬間には、蒼は空中へと飛び上がる。
呪脚・五月雨じゅきゃく・さみだれ……!!」
そのまま呪力を使って空中歩行を行いながら、連続蹴りを行って雨のように青く光る呪力を飛ばしまくった。
 しかし。
「ふふ。どっかーん!」
降り注ぐ呪力を前にしても、リリィは余裕の笑みを見せ……空中に向けて杖を向けて盛大な爆発を起こした。
「が、あっ…!!」
「うああああ!!」
「うにゃああああ!?」
滞空していた蒼とシャーリー、そしてキュービエットはモロに爆風の影響を食らい、地面へと叩き付けられる。
蒼はとっさにシャーリーたちをかばい、衝撃で人格がジュリアンへと戻ってしまった。
「ああっ!!ごめんなさ……蒼さん!ケイオティアさん!!」
「げほっ、えほっ……しゃるろ、と、さん……けが、は」
「ありがとう、私、大丈夫だから……!すぐ回復しないと……」
「ふにゃにゃ~、めがまわる……」
「しっかりして!!ポーション飲料だけじゃなくて回復魔法も使わないと……!」
 シャーリーは目を回したキュービエットを起こしながら、調査の際に残っていた回復ポーション飲料を少しずつジュリアンに飲ませる。
その間、シャーリーは自分のふがいなさに泣きそうになっていた。
『すま、ない、シャリ……ジュリアン……俺の、攻撃では、軽いよう、だ……』
苦しげな蒼の声が、ジュリアンの内ポケットから響いた。
「そんな、蒼さんはずっと私を守って……私、お荷物になって……」
「なか、ないで……蒼、も、ぼくも、シャルロットさん、まもれて、うれしいんだ……」
「ケイオティアさん……」
「ぼくの、呪力は……ほんとうは、周りをきずつけるものだから……まもれるのが、とても、うれしいんだ……」
「うん、うん……」
力なく、それでも心から嬉しそうに微笑むジュリアンに、シャーリーは泣きながら笑い返す。
 「ふにゃにゃ……んにゃ!黒もじゃ!しっかりしろよな!オレ様復活!」
「早くキュービエット!デモン・ヒーリング!」
急ぎキュービエットからの魔力を回復魔法に注ぐシャーリー。
懸命な応急手当のおかげで、ジュリアンはなんとか動けるまでに回復した。
「ありがと……」
「うん、ケイオティアさん、これから……」
「ねー、かいふくはおわったのかしら?」
 鈴を転がすような、可愛らしくも今最も聞きたくない声が響く。
盛大な爆破によってもうもうとたちこめる爆煙の中から、リリィがゆっくりあらわれる。
「はーあ!おっきくばくはつさせるから、ちょっとお洋服がよごれちゃったわ!おとう様に買っていただいたのに」
つん、と唇を尖らせてすねる姿は年相応のおしゃまな少女だが。
先ほどから見せている圧倒的な力は、シャーリーたちを絶望させるには十分だった。
 『つぎはボクが行く!』
息を呑む2人とは違う、子どものような声が響く。
そして、またたく間に黄色に光る呪力がジュリアンを包み……黄色の髪を真ん中に分け、後ろでゆるりとまとめている、輝くような金の光彩と十字の形をした瞳を持つ姿になっていた。
「キャ!あなただれ?さっきのおにい様みたいだけど、なんだかちがう……」
「さっきのは呪脚・蒼じゅきゃく・あお!ボクは呪眼・玉じゅがん・ぎょくだよ!」
「じゅ……?わかりにくいお名前!」
「わかんなくていいよーだ!シャーリーおねえちゃん、えんごはボクの後ろからしてね!ぜったい視界にはいっちゃだめだよ!」
「……はい!」
「うじうじは終わりだ!気合い入れるぜぇ!」
「ふーんだ。リリィの方が強いもん。ばーん!」
「呪眼!!」
 リリィと玉が同時に叫ぶと、2人の間で爆発が起こり、その威力が相殺される。
「爆発は、キミだけのとっけん、じゃないんだからね!」
「なにそれ~!リリィの方がもっとすごいもん!!」
「ホントかなあ!呪眼!」
「ばーん!」
 こうして2人の間で激しい爆破合戦が始まった。
意地になった子どもたちは手加減を知らないため、置いてあった建築資材たちは次々とまきこまれていく。
シャーリーは必死で「デモン・シールド!」と何度も叫び、飛んできた資材から自分たちを守り続けるしかない。
 「むちゃくちゃ過ぎるだろコイツら~!!」
たび重なる爆音にまいった様子のキュービエットは、たまらず叫び出す。
「でも、向こうがとんでもない攻撃なんだから、こっちも玉さんの爆破に頼らないと……!」
「まかせて-!呪眼!」
「まけないもーん!ばーん!」
 しかし、火力が拮抗するばかりで状況は動きそうにない。
「シャーリーおねえちゃん!どうにか、あの子のすきを作れないかな?」
「わ、私が……!?」
「ボクたちのまもりは、気にしないでいいから!あの子に不意打ちして、ボクの呪眼をとどかせて!て、手加減はするから!」
「でも……」
 シャーリーはためらう。
なぜなら、玉……もといジュリアンの身体は回復を行ったもののダメージを受けたばかりなのだ。
次に何かしらのケガをしてしまったら……考えている間に、代わりに返事をする者がいた。
「おう!まかせとけ黄色!」
「玉だよ~!」
「キュービエット!ケイオティアさんは、さっき私たちをかばって……!」
「だからだろ!今ここで、コイツらを信じて返してやれよ!」
 キュービエットの言葉に、彼女はハッとした。
信じる。
ジュリアンたちを信じて、任せる。
それが自分を守りながら戦っているジュリアンたちに応える、最善の行動。
 「……ごめんね、玉さん、ケイオティアさん。私、またあなた達の足を引っ張るんじゃないかって、怖がってた」
「うん。ボクもジュリアンも、おねえちゃんがボクたちを気遣ってくれて、とってもうれしい!」
『恐れる事は無いぞ!シャーリー!何せ貴様は俺様が見込んだ強い女だからな!』
『あーたまたセクハラしてるし!シャーリーちゃん!あーしらがすごいのは、知ってるっしょ?安心して任せろし!終わったら打ち上げでスイーツ食べよ!』
『俺の事は気にするな。御前が無事なら、それでいい。御前なら行ける』
 各々の人格から励まされ、シャーリーは強くうなづいて立ち上がった。
「玉さん、あなたの視界に少しの間、入るね」
「ええっ!?それは……ううん!ボクも、ボクたちも、おねえちゃん信じてる!」
「ありがとう!」
 礼を言ったシャーリーは、キュービエットを背負って駆けだした。
「えっ、えっ!?おねえ様なにをかんがえているの!?で、でもそんなことしちゃうなんて、かっこーのまとなんだから!」
当然、リリィは困惑しながらも即座に「ばーん!」と、シャーリーを狙って爆破魔法をくり出す。
「させない!」
それを相殺するために、玉も呪眼を発動させて爆発を起こす。
 とはいえ、多少は緩和されただけで爆心地の近くにいるシャーリーには身体を吹っ飛ばされるほどの爆風が襲う。
しかし、シャーリーは何度たおれても立ち上がり、駆けていく。

「死ぬかもしれない」

そんな状況だと、彼女は感じた。
「いいぞシャーリー、あの爆弾ちびっ子の寿命、縮めてやろうぜ!」
爆風が、また襲いかかる。
「ラッキィィイイイイ!!ストラアアアアイク!!!」
爆風に向かって、シャーリーは拳を突き出して進む。
びょう、と音を立てて爆風はかき消える。
「あれは……おねえ様のあくまのちから!?いいわ、どんなものか、リリィがまずためしてあげる!」
「おねえちゃん!!いっけぇえええ!!!」
 リリィが連続して爆破魔法を発動させ、シャーリーは何度も【ラッキーストライク】を爆風へと叩きつける。
「うあああああああああああああ!!!!!!!」
なんどもなんども腕を振り回すなか、彼女は朱と行った先ほどの一騎打ちを思い出す。
彼の、宙に連続して拳をくり出す姿。
シャーリーは自然とその姿を、追うように模倣していく。
『ふ、やはり俺様の目に狂いは無かったか』

 「「ラッキーストライク……ジャックポット!!!!!!」」

気づけば、1人と一匹は同時に叫んでいた。
シュシュ、とシャーリーが何度も拳をくり出す。
すると、連続して発生していた爆破魔法は全て消え去り……。
「ばーんばーん!……え?」
ついに、リリィの魔力も限界に達し何も起きなくなった。
 「玉さん!」
「呪眼!!!」
「きゃああん!!」
あらわれた隙を逃さず、玉が呪眼を発動し、リリィの手前の地面を爆破させる。
盛大にあがる土煙の中には、ここまで追い込まれて戦意を喪失したリリィがいるだろう。
 「シャーリーおねえちゃん!すごいすごい!」
玉がはしゃいだ様子でシャーリーに駆け寄る。
彼女はへにゃりとした、疲れ切った笑みでそれに応えた。
キュービエットも疲れ果てたように、シャーリーの背中でぺしょりとしている。
「玉さんも、すごかったよ……さあ、グレムリンを探さなきゃ……」
「もう玉でいいよっ♪そうだそうだ、早くかたきうち、しなくっちゃ……!」
そう穏やかに話しながら2人が歩き出した時。

 「まだまけてないもんっ!」

ぐずった少女の声が響く。
勢いよくバッと振り返った先には。
禍々しい黒い影に守られるように包まれ、その中で半べそになってむっつりとしているリリィがいた。
見たところ傷一つ無く、先ほどの爆破による土煙による汚れもない。
つまり、この影に守られてリリィはまったくの無傷で、戦意も喪失していない。
「さっきは、ぐすっ、ちょっとびっくりしただけだもん!リリィはレディだから、とりみだしてなんか、ないもん!ひぎゅ……」
『ああ、可愛いリリィ、こんなに悪意に晒されて、なんて可哀想……なんて恐ろしい者達……わたくしたちの、新たな楽園の邪魔だけでなく、リリィをこんなにも怖がらせるなんて……』
黒い影は、慈しむように慰めるように、リリィの頭をそっと撫でる。
この影は正体を明確に顕した状態ではない。
それなのに、その場にいた誰もが“この悪魔は、恐ろしい類のものである”と確信した。
この一匹以外は。
「なーんだよ、まーた黒いのが出てきてんな」
「キュービエット!」
面倒くさそうなキュービエットの言葉に、影はゆらりと意識を向ける。
『わたくしの見知らぬ、恐ろしき力持つ者……リリィを怖がらせるのは止めて、立ち去るのです』
「ケンカ売ってきたのはそっちのちびっ子だろー!邪魔してんのはオマエらじゃねーか!」
『ああ、なんと乱暴な言葉……やはり、わたくしたちの【楽園】は必要ね、リリィ』
「そうね!リリィたちはえらばれたんだもの!」
「選ばれたって、どういう事?」
 影に慰められて多少落ち着いたのか、リリィは得意げに話し出す。
「いま、リリィたちはおっきなながれの中にいる、っておじ様がいっていたわ!おねえ様もそうよ?だって、おねえ様も【あくまつき】だもの!」
「私たち悪魔憑きが、何に選ばれて……」
「うーん、リリィもくわしいお話はまだ聞かせてもらってないのよ?でも、おねえ様がごめんなさいしたら、リリィもゆるしてあげるわ!もちろん、そうしたら【らくえん】にだっていけるかもしれないわよ?」
「ら、くえん……?」
「何、その、楽園って……」
 リリィが話した内容に、2人とも固まってしまう。
キュービエットは意味が分からない、と言いたげに口をあけっぱにしている。
「まあ、まだけーかくの-、しょきだんかい!ってことらしいわ!そのためにもグリンちゃんにおてつだいしてもらっていたのに、いじめるなんてよくないことよ!」
このリリィの発言が出てきた瞬間、シャーリーの横からひゅ、と息を呑む音がした。
「じゃあ、おとうさんと、おかあさんは」
ぼろ、玉の瞳から涙がこぼれ落ちる。そのまま瞳が涙で溶けてしまうように、玉の人格がジュリアンへと戻った。
「玉さん!ケイオティアさん!」
そのまま膝から崩れ落ちるジュリアンを、シャーリーは急いで支える。
「あら?すがたがかわったわ?」
『可愛いリリィ、あの恐ろしき呪いの者は、複数の人格を持つのかも……世界には、そのような人間がいるのですよ……』
「そうなのね!べんきょうになったわ!でもあくまつきじゃないのよね?」
『そうですね……悪魔の気配は感じません……珍しい力を持ちますが、只の人間です』
「あらそう!それなら、えらばれたひとじゃないわね。ごめんなさいしても、ゆるしてあーげない!」
ぷい、と顔をそっぽに向けるリリィを、影は愛おしそうに再び撫でる。
 一方ジュリアンは、シャーリーと出会った時よりも暗く、暗く、深く淀んだ目でリリィを見つめる。
「それ、それじゃあ、ぼくの……ぼくのお父さんとお母さんは、そんな、そんな訳の分からないもののために、死んだの……?」
震えながら絞り出すようにして出された声に、リリィは同情的な表情を見せる。
「まあ、あのおっきなじこ、あなたのおとう様とおかあ様だったのね。ごめんなさい……でもでも、おっきなけーかくには、ぎせいがともなうもの、っていうのでしょ?」
ぺこり、と可愛らしく礼をするリリィ。
しかし、その次に放った一言が、ジュリアンを絶句させる。

「それに、あなたのごりょーしんは、あくまつきかしら?」

 「……は?」
「だって、あくまつきだったら、たいへんよ!今回のけーかくであくまつきがじこでしんじゃうなんて、えっと、おじ様てきにいえば、だいそんがいだわ!そうでしょう?」
『そうね可愛いリリィ……可愛い貴方の活躍が減っては、いけません……』
「うふふ!それで、どうなのかしら?」
 リリィと影のやりとりを見ながら、ジュリアンは震える拳から血をにじませ、目に涙をいっぱいにため続けている。
シャーリーは、そんなジュリアンを支えるように抱きしめながら、答えさせるのを止めようとする。
「ケ、ケイオティアさん……!こんなの、答えなくていいです!!」
「……悪魔憑き、じゃない」
 それでも、ジュリアンは答えた。
思った通りの反応が返ってくると、分かっていても。
「っはあ、よかったぁ!さいしょうげんのぎせーで、すんだみたい!おじ様もあんしんするわ!」
『よかったわね、可愛いリリィ』

 「っっっああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

慟哭が、真っ黒な呪力と共に走る。

「ケイオティアさん!……ぅぐ、ううっ!!」
「シャーリー!!ばかやろ!!離れろ!!」
「ダメ!!ケイオティアさんを守るみんなが出てこない!きっとみんな、一斉にショックを受けてる!このままだと、ケイオティアさんが、こわれ……ぐうぅ……!!」
「その前にソイツ捕まえてるオマエが死んじまうだろ!!」
キュービエットがいくら説得しても、服のすそが朽ち始め、身体は悲鳴を上げていても彼女はジュリアンを離そうとしない。
 (このまま、呪力が暴走し続けたら、ケイオティアさんは本当に独りになっちゃう……!)
ショックを受けた影響で人格達が消え、危険な存在として王国で管理されてしまうジュリアン。
そんな未来になりかねない状況が、シャーリーの腕を恐怖から押しとどめていた。
 「ゆ、る、さない……ゆるさない……ぼくの、おとうさん、おかあさん、をおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
ずり、ずり、と押さえるシャーリーをひきずりながら、髪の毛を揺らめかせてジュリアンは呪詛を吐く。
 その迫力に押されるように、リリィは怯えて影にすり寄る。
「なあに、あれ……こわい……」
『いけない、可愛いリリィ……あれは、浸食する力である【呪力】……いにしえより、悪魔ですら持つことができぬほどの、希少で危険な力……大量に浴びれば、わたくしでも無事では……』
「そんな!」
『けれど、大丈夫です……わたくしとリリィの愛の前には、制御の効かない呪力など、たやすく対処出来るでしょう……』
 そう言って、影が力を高めてリリィの守りを強めていく。
同時にジュリアンへの攻撃もするつもりなのだろう。
間違いなく、悪魔の力と呪力がぶつかれば大惨事になる。
それを阻止するためにも、シャーリーはジュリアンに【ラッキーストライク】を放つことも考えた。
だが、それで一度ジュリアンが気絶した状態でどうすればいいのか?
自分はジュリアンを守りながら戦えるのか?
一時撤退したとして……いや、リリィとあの強力な悪魔を前にそれすら出来るのか?
 シャーリーの頭の中でぐるぐると考えが巡るが、どれも最悪を回避することができない。
「シャーリー!!はなれろー!わにゃにゃ!死んじまうよー!!」
キュービエットがジュリアンを押さえようとする彼女を、必死で引き剥がそうとするも強力に発される呪力で近づく事もままならない。
「だめ……けいお、てぃあ、さ……がふっ!」
「シャーリー!!」
 ついに、シャーリーは限界を迎え、血を吐きながら倒れ込んでしまう。
そこへキュービエットが急いで飛びついて「まだ死ぬな-!」と叫んでいる。
彼女が倒れ込む音に気づいたのか、ジュリアンも足を止める。
そして、ゆっくりと音の方向へ振り返り……。
 「……っ!!あ、あ、ああ、しゃ、しゃる、しゃるろっとさ、ぼ、ぼ、ぼく……!!」
シャーリーの惨事を目の当たりにし、再び自分の前から命が消えゆくかもしれない状況に、なんとか理性を取り戻したようだ。
「あああああ!!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!!!」
「ぐ、がほっ、げほっ、よ、かった、とまって、くれた……」
慌てて駆け寄り、シャーリーの手を取って泣きながら謝るジュリアンに、彼女は安心して微笑む。
「い、い、いそいで、回復ポーション、ああでも呪力のダメージは回復おそい、ああうう、ぼくが、回復魔法つかえたら……!!」
「パニクってんじゃねーぞ、黒もじゃ!ここはオレ様に任せて、オマエはシャーリーと逃げな!シュッシュッ!」
「きききききみがどうやってたたかうのお!?」
 おろおろする一人と一匹の様子を見て、リリィ達は余裕を見せ始める。
「あらあら?リリィたち、だいじょうぶだったみたい!ラッキーね♪」
『ええ、そうね可愛いリリィ……わたくしも、貴方の護りと魔力の回復に、専念できます……』
「ありがとう!だいすきよ!リリィのすてきなお友達!」
 楽しげに会話する声に、ジュリアンは絶望する。
今、強力な魔法を扱うリリィの魔力が、悪魔の力で回復しているのだ。
自分の精神はショックな出来事の連続で安定せず、家族――守護人格とまともに交代できる状態ではない。
その上、ジュリアン自身は彼らよりも呪力を扱う事が上手くない。
さらに言うなら、自分自身のせいでシャーリーは甚大なダメージを受けてしまった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
ジュリアンはただ、シャーリーの手を握って謝るしか出来なくなってしまう。
そんなジュリアンにキュービエットが発破をかけようと、食ってかかろうとした時だ。

 「わたし、たち……ぜったい、ぜつめい……だいぴんち、だね」

「シャルロットさん!」
シャーリーが小さくぼそりと呟いた。
「ごめんなさい、全部、ぼくの……」
「だい、じょうぶ……だって、ぴんちを……いっぱつぎゃくてん、できるよね?キュービエット……?」
彼女の言葉に、キュービエットはハッとさせられたようにした後。
「おうよ!!なんてったって、オマエについてるのは、このラッキーキュービエット様だからな!オマエの寿命はここじゃねーぜ!」
ニパッ、といつもの小生意気な笑顔を見せた。
 「やるよ、キュービエット……!」
「よっしゃ!」
ボロボロの身体を必死に起こそうとするシャーリーの背に、キュービエットはそっとくっつく。
「な、なにするの、だめだよ、動いちゃ……!」
「しん、じて。わたし、たちの……いっぱつ、ぎゃくてん……!!」
ボロボロな中でも、輝きを失わない彼女の瞳を見て、ジュリアンはただうなづいた。
 すう、はあ。
呼吸すら痛みをともなう中、シャーリーは自分に迫る死を感じた。
呪力のダメージ、シャーリーが動いても悠々とした態度のリリィ、今の状態ではジュリアン共々逃げることすらできず死んでしまうだろう。
(死にたく、ない……!!!)

「ラッキ-、ストライク!!」

 一発逆転の合い言葉を叫び、シャーリーは拳を自分の腹に打ち込む。
この行動に、彼女の相棒以外は全員面食らってしまう。
「おねえ様、じぶんをなぐるなんて、どうかしてしまったの!?」
『……いえ……可愛いリリィ、どうやらあの少女……賭けに勝ったようです……』
影が分析した通り、シャーリーには大きな変化が起きている。
 「……う、えっ、げほっ!!!お、え……っ!!!」
身体を震わせ、咳き込み始めるシャーリー。
ジュリアンはただ彼女の無事を信じ、その背をキュービエットごともちゃもちゃ撫でる。
そして手を払われた。
「いやなんでだよ!焦りすぎだろ黒もじゃ!」
「ごごごごごめんなさい!」
「も、う……二人ともなにし……ごほごほっ、うえぇっ!!」
 一際大きくシャーリーが咳き込むと、彼女の口から真っ黒な大きい塊がずるり、と吐き出された。
塊が地面に落ちると、呪力を浴びたようにぶすぶすと煙を立て始める。
「こ、これって、呪力の、かたまり?」
「気持ちわり!」
「けほけほ……なんとか、成功したみたい……」
「シャルロットさん!大丈夫なんだよね!?」
「うん、なんとか。上手く【ラッキーストライク】で、私に浸食する呪力を出すことができたみたい……こんな形とは思わなかったけど……」
「ほほほほんとにごめんなさい……」
「いいの、今回の事は全部……」
 シャーリーはジュリアンを安心させるように微笑んだ後、キュービエットを背負ったまま立ち上がり、未だ影に守られて回復しているリリィを見据える。
「変な楽園なんかのために悪さをするあの子と、あの子を利用している誰かのせい!」
「……!そう、だね……うん!ありがとう……シャルロットさん!ぼく、仇討ちするよ!ぜったいに!」
ジュリアンもまた、立ち上がってリリィと影をキッと見据える。

『よく言った!ジュリアンも成長したな!!ははは!!俺様は貴様に惚れたぞシャーリー!』
『あーた今とんでもないこと言わなかった!?後で絶対誤解招くから謝れし!んじゃ、仇討ち再開じゃん?』
『先ほどは失態を見せた。二度は無い』
『ボクも、もう弱気にならない!ジュリアンやおねえちゃんとたたかう!』

 ジュリアンの精神が前を向き始めたからだろう。
守護人格たちが再び内ポケットから人形として現れ、意気込みを語る。
「みんな……!!……ん?あれ?いま、朱へんなこと言わなかったあ!?やめてよお!!」
「あ、あはは……」
「しまらねーな!しっかし、こんな大騒ぎしてケーサツのにーちゃん達なにやってんだ?」
「警察の人たちと会った場所からかなり離れてるから……すぐにあの人達は来れないのかも……?」
「それでも、あのこや玉がこんなに爆破してるのに、だれも来ないなんて……」
 不思議に思いながらも、二人と一匹の考えはなんとなく一つの方向に向かう。
「ふふ?なあに?」
不敵に愛らしく笑うリリィだ。
「リリィちゃん……あなた、何か知っているの?」
「さあ?リリィたちの【らくえん】やおじ様をわるく言う、いじわるなおねえ様たちには、おしえてあげない♪」
「確実にコイツらがなんかしてんじゃねーか!」
くるくると影の中で回りながら、からかうように笑うリリィの態度に、一同は彼女達が原因だと確信する。
 「くっそー!ケーサツのにーちゃん達には頼れねーのかー!?」
頭を抱えるキュービエットをよそに、今の会話の流れでジュリアンは思い当たる。

 (あのこが自分で、警察からここをごまかしているなら……あのこも、あのこを利用しているひとも、このことがばれるとよくないって、思ってるってこと!グレムリンをつかっていたのも、その証拠……!)

至極当然の話だが、リリィが幼い事と彼女の堂々とした態度から逆に思い至る事が出来なかったのだ。
そう、今回シャーリーたちが調べていた一連の事件。
これらはリリィとその背後にいる【おじ様】なる人物が『グレムリンを使って秘密裏に』起こしたもの。
 つまり、リリィはさも崇高で正しい行いをしていると言わんばかりの話を【おじ様】の受け売りでしていたが、犯罪であることは彼女たちも理解しているのだ。
(それなら、まだ、なにかできる……かも……!)
シャーリーは自分の身体を張って大きな賭けに出て勝った。
ならば自分も、とジュリアンは覚悟を決める。
 「シャルロットさん、耳をかして……うまくいくか、分からないけれど……」
「何か、考えがあるんだよね?うん、上手くいくよ。私たちで一発逆転、しよう」
「うん!」
「なんだよオレ様も聞かせろ~!」
 そうして、一行はジュリアンが考案した作戦をすばやく共有し、打ち合わせる。
「それでいこう!大丈夫!」
「ありがとう……!やろう……!」
「しゃあ!覚悟しろよ爆弾ちびっ子!オマエの寿命、縮めてやるぜ!」
 改めて気合いを入れ直したシャーリー一行に対し、リリィは背伸びした仕草でふう、とため息をつく。
「もう、あんなにボロボロなのに、まだリリィとたたかうつもりなの?リリィはお友達のおかげで、もう元気いっぱいよ!」
そう言うと、リリィはぴょん、と影から飛び出して杖を構える。
『気をつけて……可愛いわたくしのリリィ……』
「だいじょーぶよ!こんどこそ、よーしゃなくおしおきよ!」
「ケイオティアさん、援護は任せて」
「うん、シャルロットさんは、無理、しないでね……ぼくたち家族を信じて!」
 たん、とジュリアンが駆け出すと、人格は即座に朱へと入れ替わる。
「はははは!!!俺様たちの両親を手に掛けたこと、後悔させてやろう!!どおおおおおりゃああああああ!!!!!」
駆けながら朱は大きく腕を振りかぶり、リリィに向けて呪力で強化された拳を叩きつけに向かう。
「こんどは、らんぼうなおにい様!そんなのあたらないもんっ!ばーん!」
即座に対応したリリィが爆破を仕掛ける。
が、その爆煙から蒼が飛び出す。爆破した瞬間に交代して回避したのだ。
「二度はない。呪脚・航跡雲こうせきうん!!」
青の軌跡を描きながら、彼はすさまじい早さで突進し、リリィへ回転蹴りをお見舞いする。
「きゃん!」
しかし、リリィが怖がり、ガラスが割れるような音が響くだけで彼女にダメージは無い。
「チッ、あの悪魔の護りか」
 ほんの少し、リリィの悪魔が張った護りが壊れただけで少しも呪力が届いていないことがわかると、青は即座に離脱する。
「もう!あのおにい様きらいよ!ばーんばーん!!」
リリィの爆破を高速移動でよけ、着地した先ですばやく桜に入れ替わる。
「次はおねーさまが遊んでやろーじゃん!呪爪・いいね爆弾!」
桜は両手をクロスした後、その爪に宿らせた呪力を振り抜いて放つ。
「そんな小さいの、リリィにはとどかないわ!どっ……」
「デモン・スピード!ラッキー……」
「あっ!またけすの、いや!」
「そう、それじゃあね!」
「ふえ?」
 桜の攻撃に合わせて駆けだしていたシャーリーは、ラッキーストライクを出すふりをし、リリィの気を引いた後そのまま彼女を通り過ぎて駆け抜ける。
判断を遅らせたリリィは護りがあるとはいえ、もろに桜の攻撃を食らう。
「いやーーーー!」
「ふっふー、あーしのいいね爆弾は当たったら拡散してまた当たる呪力ってワケ。バリアしてても流石にやばげっしょ?玉!やっちゃえ!」
 桜の声に合わせて、彼女から玉へ変わる。
実際、リリィに掛けられた何重もの護りは何度も当たる呪力によって浸食が始まっていた。
「最初はてかげん、してあげるって思ってた。でも、もうできないかも!呪眼!!」
「……!!」
浸食していく呪力に怯えていたリリィは、玉が放った呪眼に対応できない。
そのまま彼女は爆破される……と思われたが。

 『……恐ろしき者たちめ……わたくしと可愛いリリィを、引き離そうというの……』
「ぐすっ、ぐすっ……」

怒りと嘆きを含んだ地の底から響く影、いや悪魔の声。
恐怖で泣き出してしまったリリィを、再び守るように包み込んで守っている。
「また出てきた……!」
『心せよ、玉』
『俺様はいつでも出れる!』
 警戒をさらに強める玉たちをよそに、影とリリィは再び二人の世界に入る。
『よしよし……可愛いリリィ、貴方は強い子……わたくしが出る幕ではない……そう思っていたけれど、こんなにも、恐ろしく悪意のある者が、貴方を襲うなんて……もはや黙ってはいられません……』
「こわかったよう……」
『ええ、ええ、恐ろしかったでしょう……よく頑張りました……ここからは、わたくしが……』
 どろどろ、と影が濃くなっていき、形をハッキリとさせ始めた時だ。
「そうはいかないと思うけれど!」
メイジフォンを掲げたシャーリーの声が、場に響く。
「シャーリーおねえちゃん!」
「警察に通報してここの情報を伝えてる!今の現状も!応援や悪魔憑きに対処できる人も来てくれるって!」
『それに一体何の意味が……』
悪魔は乱入してきたシャーリーに不快そうな声色で返す。しかし。
 「けいさつ?けいさつ、って、おまわりさん?」
リリィの顔には明らかに今までに無い焦りと、怯えが浮かんでいた。
『リリィ……?』
「そう!おまわりさん!あなたとグレムリンがしてきた、今までの事故!それが全部、おまわりさんに伝わるの!!おまわりさんに捕まってお仕置きを受けるのは、あなたよリリィちゃん!」
『いけない……!!リリィ、あの少女の言葉を聞いてはダメ!』
 「リリィ、つかまっちゃうの……?!だめ!いや!そんなのいや!つかまっちゃったら、おとう様やおじ様にたくさん、ごめいわくをかけてしまうわ!それにそれに……」
警察に怯え、顔を青ざめるリリィは叫ぶ。
「それに!まだぜんぜん、あそべてない!どっかーんをいっぱいしてない!いや!あそべなくなるなんて、いやあ!」
『ああ!ああ!リリィ!落ち着いてリリィ!大丈夫、大丈夫ですよ、わたくしがそうさせません、そうさせませんから……』
 パニックに陥ったリリィを落ち着けるため、影は即座にその色を大人しい者へと変え、必死に彼女を撫でているようだった。
その間にシャーリーは彼女たちから距離をとりつつ、走って玉から交代したジュリアンのもとへたどり着く。
 ジュリアンが考案した作戦は上手くいっているようで、シャーリーとジュリアンは確信を持って目配せをする。
先ほど打ち合わせた作戦はこうだ。

 まず、ジュリアンが何度も人格を交代させてリリィを引きつける。
リリィはジュリアンが飛ばす呪力を嫌がり、それをすべてかき消す大きな爆破魔法を使おうと考えるに違いない。
そこで、攻撃と共にシャーリーが前に出て爆破魔法を無効にしてしまう【ラッキーストライク】を放つそぶりを見せる。
ジュリアンの予想通り、リリィはラッキーストライクを警戒して爆破のタイミングをずらすために一旦取り下げた。
 その隙を狙ってシャーリーとキュービエットは、一度戦線から離脱。
リリィたちがどのような工作で警察の目をかいくぐっているのか、急いで魔界の気配を探ることで調べたのだ。
その結果、どうやらバリアのようなものでこの場を遮断している訳ではなく、お香と思わしき道具を使って近づく者の認識をまどわせているのが分かった。
 遮断されていないなら、メイジフォンで通報が可能だとシャーリーは判断。
連絡先をもらったリネットへと電話をつなぎ、認識をまどわす悪魔の道具についても含めて簡潔に状況を伝え、戦場に戻ったのだ。
 上手くいったとはいえ、どれもこれも一つ噛み合わなければ二人の命は危なかっただろう。
綱渡りの連続でしかない作戦だったが、彼女たちは見事やりきったのだ。

 「あのこ、はんせいしないんだね」
いやいや、と叫ぶリリィを前にジュリアンが呟いた。
「きっとあの悪魔や誰かが甘やかしているから、だね。誰かがちゃんと叱ってあげないといけないのに……」
「お父さんと、お母さんがちゃんと叱ってくれてないの、かな」
「……そうかもしれない」
歪んだ少女を前に、二人は苦々しい心地になる。
 その時だった。
「ギャアッ!」
「つっかまえたあ!」
グレムリンとキュービエットの声が、少し離れた所からした。
そのすぐ後に弱く抵抗するグレムリンを、短い腕で必死に掴むキュービエットがぱたたたと急いで飛んできた。
シャーリーが戦場へ戻る際に、グレムリンを探すために彼女と別れて行動していたのだ。
 契約ゆえに遠く離れて行動できないとはいえ、資材置き場程度の広さならばなんとか単独での行動が可能だと打ち合わせの際に確認。
そして魔界の気配を探れるキュービエットならば、隠れているグレムリンをたやすく発見できる。
ゆえに、その捜索をリリィの気を引いているうちに行おうという作戦だったのだが、最上級の結果を出すことができた。
「キュービエット!やった!」
「おーい!!チビ魔界生物いたぞ!!ジュリアン!きっちりトドメ刺してやれ!!」
 ジュリアンに声をかけたキュービエットが、グレムリンを放り投げる。
「ふえ……っ!?あ!!だめーーーーーーーーーー!!!」
影に慰められてしゃがみ込んでいたリリィが気づくも、遅い。

 「……仇、とるよ……呪髪・村正じゅはつ・むらまさ!!」

ジュリアンの意思で一斉に長い髪が浮き上がり、刀剣の形になった次の瞬間。
「ギャ、グギッ」
一閃。
グレムリンの身体は真っ二つに斬られ、もやとなって消えていく。
後に残ったのは、地面におちた魔物のコアだけ。
 「あ……」
グレムリンが倒され、リリィは呆然とし。
「……うわあああああああああああああああああああああああああん!!!!!!」
盛大に大泣きし始めた。
「うわああああああん!!うわあああああああああん!!!!せっかくおじ様が、リリィにきたいしてる、っていってくれたのにいいいいいいいいい!!!!!ばかあああああああああああああ!!!!あなたたちなんて、だいっきらいいいいいいいいい!!!!!」
ぎゃんぎゃんと見た目相応に泣き叫び、地団駄を踏む彼女に一同はつい気が抜けてしまった。
 『ああ、ああ、可愛いリリィ、なんて悲劇、なんて可哀想……ここは一度引いて、あのお方に、今回のお話をしましょうね……』
「ぐすっ、えぐぅっ、ふんだ!おねえ様なんてしらない!よくわからないおにい様のおばか!けーかくがみのったとき、ごめんなさいしておけばよかったっておもうわ!!ぜったいに!べーーーーだっ!!ばーーーーーん!!」
「ああっ!」
泣きながら捨て台詞を叫んだリリィは、軽い爆発を起こすと爆煙の中に消えてしまった。
 「おおい、逃げられちまったぞ~」
「でも、今はそれで良かったかも……だって……」
「うん……」
 シャーリーとジュリアンは、互いに顔を見合わせ。
「「はあああ……」」
大きなため息をついて、へなへなと座り込んだ。
もう二人とも、限界をこえてギリギリどころではなかったのだ。

 その後、シャーリーの通報を聞いたナオトたちがすぐにやってきた。
リネットは二人を抱きしめて、泣きながら頑張りを誉めてくれた……が、ヒヨリやナオトをはじめとした警察の人々からはこんこんと「どれだけ危険な行為をしていたのか」をお説教されてしまう。
そして、お説教の最中に疲労困憊ひろうこんぱい、大ダメージの中どうにか踏ん張っていた二人は気絶してしまったので、救急搬送されてしまった。

 シャーリーが大仕事を成した夜、搬送された彼女が寝かされている個室にて。
夜風に紛れて、一人の青年が彼女のベッドの側に立つ。
キュービエットはシャーリーの影の中で眠っているのか、青年以外に彼女の周りに居る者はいない。
青年の年齢は彼女より少し上で、穏やかな中に強い意志を感じる精悍な面差しをもっており、茶髪の少し長い部分小さく後ろでまとめている。
そして、シャーリーが通う魔法学院の制服を着ている、彼のエメラルドカラーの瞳は真っ直ぐ彼女に向けられていた。
青年の赤い二年生の制服は一般生徒のものより仕様が少し異なっており、学院における選び抜かれた優秀な生徒の集まり……【生徒会】の一員をあらわす鎖がローブの胸元につけられていた。
 青年の名は、レオルド・フォン・サクラザキ。
【生徒会】をまとめ上げ、学院トップの成績と希代の天才と周囲に言わしめる強大な力と才能を持つ、まさに理想の【生徒会長】が彼だ。
 そのレオルドは何故か学院のおちこぼれと周りから揶揄やゆされるシャーリーのもとにいる。
「……シャル、君の危機に駆けつけられなくて、すまない」
何度も危機をくぐり抜けた為に、いくつものダメージでボロボロになってしまったシャーリーの頭をレオルドは労わるようになでた。
「君にとって、頼れるお兄ちゃんでいたいのにな。難しいものだ」
 そして、彼女の額にレオルドは手を当てる。
「ホーリー・ヒール」
詠唱えいしょうされた光属性による高位の回復魔法はたちまちシャーリーを包み込み、治療に長くかかるはずだった呪力のダメージすらたやすく癒やしていく。
 回復が早まった事で、ほんの少しだけシャーリーの意識が浮上した。
「お、にい……ちゃん……?」
レオルドを見た彼女は、ぼんやりと彼を呼ぶ。
その姿を見て、学院では決して見せない穏やかな微笑みをレオルドは向ける。
「頑張ったな、シャル。ゆっくりお休み」
「うん……うん……」
穏やかなレオルドの微笑みと、優しい手の感触に安心したのか、シャーリーは再び目を閉じて眠りに落ちる。
 彼女が落ち着いた寝息を立てたことで、回復魔法が十分に効いたと判断したレオルドは、夜風が吹くのに合わせて消えた。

 「聞いたよ、警察にまたこってりお説教されたってね」
「はい……」
「まったく、オッサンのせいで散々だぜ!」
次の日、突然驚くべき回復を見せたシャーリーとジュリアン。
昨夜シャーリーの元を訪れていたレオルドは、どうやらジュリアンの回復も行っていたようだ。
医者達にひっくり返るほど驚かれながらも、彼女たちは念のためもう一泊休んでから退院という運びとなった。
 彼女らが回復したという知らせは、今回関わりがあったナオトたちにも入ったようで。
改めて「どれだけ危険な事をしたのか」「危険だとわかったらすぐに逃げること」「二度と無茶な事をしないように」などなど……。
すっかりシャーリーとジュリアンがしょぼしょぼになってしまうほど、こっぴどくお説教を食らってしまったのだった。
 「もー、無茶しちゃって。ダメでもおじさんが王様に言っておくって、言ったでしょ」
ぺち、と警察と入れ替わりで見舞いと報告を受けに来たレンジロウは、シャーリーをデコピンでたしなめる。
「あいた!す、すみません……で、でも!キュービエットとの新しい技、できました!」
「ジャックポット-!!シュシュシュ!!」
新技に浮かれて話す一人と一匹に、レンジロウは笑顔で返す。
 「なるほどねぇ。で、その新技はキュービエットを見るに、例のごとく殴ってなんとかするのかな?」
「あ、はい……」
「なんだよ-!いいだろー!」
「うーん、相変わらず捨て身だねぇ。キュービエットの性質の問題とはいえ、毎度毎度死にかけるケガしてたら身がもたないでしょ?ホントはピンチにならずに勝ちたいとこだけど……流石にこれは贅沢かな?」
 戦いに関する事でもしっかりダメ出しを食らい、シャーリーの浮かれ気分はへなへなとしぼむ。
これはレンジロウが傭兵であるため、致し方ない部分もあるが。
「あうう……」
「おい!ピンチをひっくり返すのかっこいいだろー!オッサンわかってねーな!」
「戦いはかっこよさ重視じゃなーいの」
「つつくな~!!!」
 それで、とレンジロウは話を切り替える。
「今回の事件、どうだった?」
「あ、はい!ええと、私の推測も入ってくるんですけれど……」
シャーリーは今回の顛末を、スフィロト社の信号機についての推測も含めて語る。
そして、リリィが【楽園】や【計画】があると語ったことも。
 「なるほどねぇ……スフィロト社……それに【楽園】ね」
「リリィちゃんは多分、スフィロト社と関わりがあって……そのスフィロト社が、謎の【楽園】とかに関わってる、と思うんですけれど……」
「途方もなくて、推測や陰謀論いんぼうろんみたいな話にしかならない、かな」
「ですよね……」
 点と点はハッキリと存在しているのに、微妙にそれがつながらないのを彼らは感じていた。
王国一大企業である【スフィロト社】が他社を妨害する必要性も、それが何故【楽園】や【悪魔憑き】に関わるのかも。
 「……北エリアでも、たまに聞いたな。その【楽園】って単語は」
「え?」
レンジロウが呟いた言葉に、シャーリーは驚きを隠せない。
貧富の差が激しく、王国よりはるかに治安の悪い北エリアで、いかにも恵まれて育ったリリィが口にするような単語が流行るとは思えなかったからだ。
 「おじさんは興味が無かったから、詳細は聞かなかったけどね。たまに「選ばれれば」だの「楽園にさえ行ければ」だの言ってる連中がいたのさ。現実逃避の妄言だと思ってたけれど……」
「その人たちの言葉が、本当だったら……」
しん、と静まりかえる病室。
深刻な顔で黙り込む二人が理解できないのか、キュービエットはキョロキョロと二人の顔を交互に見ていた。
 「ま!今の状態じゃスフィロト社の信号機は『たまたま狙われなかった』だけになるだろうし、楽園だのなんだのも分かんないまんまだからね!シャーリーは学園生活と修行に専念、だ」
「あ、はい!!」
ぱ、とお手上げと言いたげに笑って手を軽く上げるレンジロウ。
「おいなんだよう、結局「何にも分かりません」かよう!」
そんなレンジロウの態度に、キュービエットは不満そうにする。
「仕方ないよ。分かるための情報が何も無いからね」
「なんだか骨折り損って気分だぜ!」
「キュービエット!」
「いーや、そんな事はないさ」
 ぶすくれるキュービエットとそれをたしなめるシャーリーに、レンジロウはウィンクする。
「よく頑張ったね、シャーリー。キュービエット。ここからは、俺たち大人の頑張りどころだ。信じてくれるね?」
「……はい!!」
「しゃーねーな!」

 退院し、学院に登校したシャーリーは親友と仲間達からの質問攻めをかいくぐり、休み時間にとある人物を探していた。
「あ……いた!」
魔法学院高等部の隅っこにある空き教室、その窓際一番後ろにちょこんと座る黒い人影。
「ケイオティアさん!」
「ようジュリアン!」
「あ……シャルロットさん……!キュービエット……!」
シャーリー達に声を掛けられ、人影……ジュリアンは笑顔を見せて立ち上がる。
 「よかった見つかって!休み時間はいつもここなの?」
「あ、あの、えと、ここ、あんまりひとが来ないし、ぼくたちがお話しても、へいきだし……」
そういった次の瞬間には、ジュリアンの内ポケットから一斉に人形達が顔を出して同時に挨拶をしてきた。
「オマエら相変わらずうるせーな!」
やいのやいの、きゃいきゃいと人形たちとキュービエットが話出すのをよそに、シャーリーは本題を切り出す。
「あの、ケイオティアさん」
「ジュリアン……」
「え?」
「えと……ジュリアン、でいいよ。あの……ぼくね……」
 ジュリアンの言いたいことは、シャーリーと一緒だったようだ。
「じゃあジュリアン、私のことはシャーリーって呼んでね。みんなからそう呼ばれてるの」

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