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謎のサンドイッチの話

 私が高校生の頃、両親は共働きだったため、家族で一緒にご飯を食べる頻度は低かった。ただ、隙間時間に総菜を作り置きしてくれていたため、外食や冷食を食べることはほとんどなかった。ありがたい限りである。

 姉なんかは自分でオシャレな料理を作ったりもしていたが、ものぐさな私は、晩御飯は作り置きの総菜を温めて食べ、お昼は残りものを詰めてお弁当にするか、もしくは学校の食堂で済ませることが多かった。

 さて、当時の私は吹奏楽部だった。多分に漏れず文化系の部活としては練習日が多く、放課後はもちろん、土日も基本的には一日中練習していた。
 休日は食堂は開いていないため、必然、弁当を作っていく日が多かった。そんなある休日の話だ。


 その日の朝、いつも通り弁当の準備のために冷蔵庫を覗いたところ、白い器に盛られた何かが目についた。

 名刺ぐらいの大きさの何かが何枚も盛られている。見た目としては、薄くて不格好なオムレツ、と言えばよいのだろうか。崩れた楕円の形をしていて、端の方はまさに卵焼きのような焼き色をしている。ただ、卵だけでできているわけではなさそうで、何かに卵をつけて焼いたように見える。

こんな感じ。


 付け合わせ等もなく無臭だったため、ぱっと見では何の料理か分らなかったが、少し考えてピンときた。これはきっとピカタだ。

ピカタ(イタリア語: piccata ピッカータ)は、イタリア料理に由来する西洋料理のひとつ。
(中略)
日本では、豚肉に食塩、コショウなどで下味をつけてから小麦粉をつけ、粉チーズを混ぜた溶き卵を絡ませてソテーしたものが「ポークピカタ」として知られている。このほか、ハムや鶏肉などでも造られる。

ピカタ - Wikipedia

 マイナー寄りの料理だとは思うが、調理が比較的簡単だからだろうか。我が家の晩御飯にはしばしばピカタが登場した。粉チーズやパセリを混ぜない、具材に卵を付けて焼いただけのシンプルなものである。

 見た感じ、具材は豚肉か白身魚だろうか。昨日の晩には無かったはずなので、おそらく親か姉の朝ごはんの残りだろう。朝からピカタ?とも思ったが、材料を考えればハムエッグみたいなものだからおかしい話でもないか、と思い直した。

 冷蔵庫の食材は自由にしてよいルールなので、弁当にはこれを使おうと決めた。ちょうど封の開いた食パンもあったので、マヨネーズを塗ったトーストで挟んでサンドイッチにした。後は野菜ジュースでも買えば十分だろうと思い、他には何も作らず部活へと向かった。


 (吹奏楽部の活動については本筋ではないので割愛。)
 さて、午前中の活動を終え昼休憩に入った私は、いつも通りトロンボーンのメンバーで集まって昼食を食べた。我が部では楽器ごとに集まって食べるのが通例だった。

 談笑しながらだったため、サンドイッチの味はそんなに気にならなかったが、思い返すと確かに違和感はあった。

 まず、肉や魚の食感がないのだ。相当柔らかくて薄い具材で作ったのか、食パン以外の歯ざわりを感じなかった。それに、ほんのり甘い気もした。普段のピカタはしょっぱい味付けのため、これも不思議に思った。

 ただ、決して不味いわけでもなかったので、問題なく完食した。お腹が空いていたというのもある。完食しても正体は不明だったが、帰ってから聞けばよいと思い、あまり気にせずに午後の活動へと向かった。


 さて、部活を終えて帰宅後、家にはまだ誰も帰っていなかった。

 文化部とはいえ食べ盛りの高校生である。小腹がすいていた私が冷蔵庫を開けると、件のピカタと目が合った。

 お昼に誰かが食べたのだろう。朝見た時より減っており、1切れ2切れ程度しか残っていなかった。晩御飯前に食べるにはちょうど良いと思った私は、その謎のピカタを電子レンジで温め、食べた。


 お昼と違いパンで挟んでいない上、温めたのもよかったのだろう。ピカタ自体の味がよく分かった。やはり甘い。そして柔らかい。
 これはピカタではないかもな、と思いながら2口ほど食べたところで、気づいた。気づいてしまった。

 これはピカタではない。

 これは、


 フレンチトーストだ。

フレンチトースト(英語: French toast、仏: pain perdu)は、アメリカ州、ヨーロッパの一部、アジアの一部の国・地域などで朝食や軽食、デザートとしてよく食べられているパン料理の1種である。

フレンチトースト - Wikipedia


パン料理…………


 私は、パンにパンを挟んで………………


 …………………………

 …………

 ……


 それ以降のことはあまり覚えていない。
 ただあの日から、フレンチトーストは一度も食べていない。

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