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パトリシア・A・マキリップ『茨文字の魔法』

私は非常に不勉強な人間なので、残念ながら今までパトリシア・A・マキリップという作家も、『茨文字の魔法』という作品も知らなかった。

本書との出会いは完全なる偶然。いつものように何の目的もなくジュンク堂池袋店をぶらぶらしていたところ、面出しされた本書が目に入り、何となく「良さそう」な雰囲気を感知したので手に取ってみた。

本書のストーリーは、大まかに言うと以下の3つのパートから成っている。
⑴ 幼い頃に親に捨てられ、王立図書館で翻訳者として育てられたネペンテスが、ある日”茨文字で書かれた本”を手に入れ、その翻訳にのめりこんでいくパート
⑵ 前国王の死後、後継者として女王に即位したテッサラと、その助言役である魔術師ヴィヴェイが、連邦内の政治的・軍事的混乱に直面するパート
⑶ ”茨文字の本”が伝える、はるか昔、全世界を征服せんと試みた王アクシスと側近の魔術師ケインのパート
読み進めると、⑴~⑶の各パートが、順々に、タペストリーのように編み上げられていく。3つのパートがみごとに交錯する本書のクライマックスは、マキリップの繊細な描写と原島文世氏の丁寧な翻訳によって、途方もなく美しいファンタジー世界を演出している。この種(ジャンル)の小説でなければ味わえない感覚というものが確かにあった。

ただし難点がないではない。これまでマキリップ作品に触れてこなかった私としては、序盤、設定をのみこむのに苦労した(おそらくマキリップを何作か読んでいれば、この世界設定をちまちま出してくるスタイルにも慣れるのだろう)。また、3つのパートの繋がりが見え始めるのが遅いため、話の展開は重く、前半を乗り越えるのに少し労力が必要だった。しかし、これは、濃密なファンタジー世界にどっぷり漬かりたいというたぐいの読書欲をお持ちの方々には、むしろご褒美なのかもしれない。

ところで、訳者あとがきで原島氏が指摘しているように、本書では女性の登場人物が主要なポジションを占めている。一方で男性陣の人物造形について、原島氏は魅力的であるとは認めつつ、「渋い」「通好み」と判定している。この意見に異を唱えるつもりはないが、決して男性の登場人物が物語の背景に埋没しているわけではないということは声を大にして言いたい。どの人物を軸に読んだとしても、きちんとした「物語」として読めるだろう。こういった強度こそが、本書の最大の美点だと感じた。再読すると、また違った発見のある作品であろう。

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