橋井尚

福島県生まれ、みちのく育ち。高校生の頃から短編やエッセイを書いていました。教職を退いて…

橋井尚

福島県生まれ、みちのく育ち。高校生の頃から短編やエッセイを書いていました。教職を退いてから、架空の街峰坂を舞台に、さまざまな人生模様の物語を描き始めました。峰坂は日本海に面して尖塔の多い小都市という設定です。趣味は、パラグライダーなどのアウトドアスポーツです。

最近の記事

「サニー・スポット」第6回

 時を同じくして、各事業体の職場規則にも、セクハラの概念規定および事案発生時の被害者救済と加害者処罰の規定が求められるようになった。役所、会社、教育機関、法人、NPOなど社会的責任を負うあらゆる組織が、セクハラ関連規定を早急に整備する必要に迫られた。  椿銀行や春日銀行もご多分に洩れず、顧問弁護士の力を借りて規定作りに追われた。しかもセクハラ啓蒙の黎明期でもあり、概念規定や社会的認識の変化に呼応して、当時は数年ごとに見直しと改訂を施す必要もあった。  十九年前の事案発生の時

    • 「サニー・スポット」第5回 

       この事案の発生よりさらに十数年前、辺見がまだ三十代前半で、当時勤務していた椿銀行が、春日銀行と合併してこだま銀行となる以前、彼は初めてセクシュアル・ハラスメントなることばに接したと記憶している。セクハラという、やや違和感のある短縮名が耳になじみ始め、官民挙げて研修セミナーが盛んに催されるようになった頃である。  あるセミナーでは導入クイズとして、グラビアアイドルのカレンダーを職場の壁に掲げた場合や、職場の個人用パソコンの背景画面にした場合などを、セクハラかどうか判別して答え

      • 「サニー・スポット」第4回

         植田は当日午後八時に、副支店長山畑秀範、法人営業課長田野畑伸哉、個人営業課長土井上拓之、そして融資課長の辺見を支店長室に急遽内密理に招集した。メールの差出人は、セクハラによって被った精神的苦痛に対する謝罪と相応の処罰を求めていた。植田支店長が席上で配布した部外秘資料には、当初訴え人と訴えられた人間の実名は開示されておらず記号だった。  だが、会議が進展するにつれて、匿名では議論の進捗が妨げられるとの判断から、前者が法人営業課の岸場綾音、後者がローンセンター長の高藤修一である

        • 「サニー・スポット」第3回

           南に面した、幅一間高さ二メートルの引き戸のガラスから差し込む陽光を浴びて、高藤修一はうとうとと、うたた寝をしているようだった。杏子は食卓の椅子に座り、辺見にはベッドの傍らに一脚だけ移した同じ椅子を勧めた。  自分同様すっかり白くなった高藤の頭髪を見て、辺見は今さらながらに時の流れの速さをしみじみと感じつつ、その間に起きたいくつもの出来事を思い起こしていた。梅雨明け間近の少し蒸し暑い日だった。        Ⅱ  十九年前の八月三日、こだま銀行東京本店四階にあるリスク管理室の

        「サニー・スポット」第6回

          「サニー・スポット」第2回

           六十五歳で定年を迎えたのを機に、辺見和也は四半世紀ぶりに高藤家を訪れた。高藤の妻杏子に案内されたLDKは様変わりしていた。前回は妻の容子と中学生の長女真弥、そして小学生の長男浩を伴っていた。食卓で高藤と辺見はビールを、容子は帰りの運転をするので、杏子と紅茶を飲んで談笑していた。子どもたちは高藤の中学生の息子滉平、そして小学生の娘楓と一緒にファミコンに興じていた。  そのファミコンをつないでいたブラウン管テレビは大型の液晶テレビに変わっていたが、最も大きな変化はソファとテーブ

          「サニー・スポット」第2回

          「サニー・スポット」第1回       

                 Ⅰ  高藤の家は、以前と変わらないたたずまいを見せていた。焦げ茶色の柱や梁が薄いクリーム色の外壁に露出して、見た目に心地よいアクセントを醸し出している。ハーフティンバーと呼ばれる北ヨーロッパの建築様式を取り入れた、大手住宅メーカーの半オーダーメイドなので、たまに似たような家を見かけることがある。  玄関を入ると廊下が南北に奥まで延びている。廊下の東側のドアを開けると、縦長のLDK、西側の引き戸を開けると、六畳の和室がある。廊下の突き当たりがトイレとバスで、折り返

          「サニー・スポット」第1回       

          『峰坂物語(二)』「サニー・スポット」あらすじ

           銀行勤めの辺見和也は、思いがけない経緯から行内で訴えのあったセクハラ事案処理の責任者に選任されます。しかも、訴えられたのは同期入社の親友、高藤修一でした。  紆余曲折を経て高藤に停職処分を言い渡したあと、辺見は友人としてことばをかけるべきかどうか逡巡します。しかし、職務を公明正大に遂行するためには、私情を差し挟むべきではないと判断して、親友としての思いを伝えることはあえて避けました。  要らぬ疑いを招かないようにとの配慮からでしたが、その後の高藤の身に起こったことを考えあわ

          『峰坂物語(二)』「サニー・スポット」あらすじ

          自己紹介

           はじめまして。私は福島県で生まれ、学生時代を東北の地で過ごしました。就職してからも、転勤で離れた数年間以外は、みちのくから出ることはありませんでした。学生時代はバスケットボールに汗を流し、社会人になってからはパラグライダーを楽しんでいます。また、高校時代から小説らしきものを書いていました。  退職してから、マンションのベランダから見える九つの尖塔にインスピレーションを得て、短編小説を書き始めました。日本海沿いの架空の街、峰坂を舞台にした物語です。そのうち3編を『峰坂物語ー尖

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