熱血作文教室、出版しました
実はこの手の本を書くことを、正直、ためらっていた。斎藤美奈子の「文章読本さん江」(ちくま文庫)を、読んでしまったからだ。「教えたがりのおじさんたち」が、上から目線で訓を垂れる文章指南書の数々を、斎藤は分析し、批評した。谷崎潤一郎であれ、丸谷才一であれ、本多勝一であれ、大御所たちの「痛いところ」を小気味よく俎上に乗せて、実におもしろい。
斎藤によれば、こうした文章読本は4桁の大台に乗るほど出版されているという。「ワシの説」の開示に熱中するさまは、美声を聞かせようとカラオケのマイクを握って離さない姿に似ていると、本の冒頭で攻めて来る。確かに、関西学院大学の図書館にも文章術コーナーが設けられ、約140種類のノウハウ本が並んでいた。
しかし、私もカラオケのマイクを握ってしまった。
大学で「文章表現」などの授業を受けた学生たちの好意的感想が、背中を押したのだ。受講学生には、最後の授業で「講義を振り返って」という感想を書いてもらっていた。「作文を手書きで添削してくれるのが、まるで『青ペン先生』のようで嬉しかった」(神学部3年)「難しい言葉を使った方が賢く見える。そんなイメージの呪いをこの講義は解いてくれた」(文学部3年)「硬かった頭を、毎週の授業でマッサージのようにほぐされた」(人間福祉学部3年)などと。
単位という「人質」をとられた学生のリップサービスとは思いつつ、「好評ならば書籍化しよう」と図に乗った。
とりわけ、商学部2年の学生が書いた言葉が胸に残った。「SNSが世界中に広がり、今までのように記者や作家といった特定の人たちによる『言論』に、一般人も加われるようになった。しかし、伝え方を知らないため、事実に基づかない暴言を発信し、名誉棄損で訴えられる人も出ている。この講義を受け、伝え方を十分身に付けることができた」。
昭和時代、「マスコミ」と言えば、新聞とテレビを指した。SNSの隆盛とともに、いつのまにかこの言葉は廃れ、誰もが「マス」になれる時代になった。タレントの有吉弘行さんのX(旧ツイッター)のフォロワーは700万人を超え、河野太郎・デジタル大臣は263万人の読者を抱える。大手全国紙の発行部数にも匹敵する数だ。
「誰でもメディア」になれるSNS時代は、新聞やテレビに頼らなくても、自分の意見を広く世界へ発信できる。共感を得られれば、多くの読者がフォローし、双方向で互いの意見を交わすことも可能だ。その影響力は計り知れない。
ただし、気をつけなければいけないのは、ネット上には「フェイク(虚偽)の森」が広がっていることだ。発信側も受け取る側も、注意深くあらねばならない。ネット界で地歩を築くには、プロの記者並みの取材力と倫理、リテラシーを備えなければならない。
3章では、授業をベースに論理的文章の書き方を説明した。2020年秋、当時の菅首相が、日本学術会議の会員6人の任命を拒否した。この問題を小論文のテーマに選び、学生たちに1週間の猶予を与え、新聞などを読んで調べるように指示した。その中で、気になる小論文に出合った。2人の学生が「学術会議は反日組織」「学術会議は極端な思想の団体」という言葉遣いで、団体を非難していた。どうやらSNS上に広がる根拠の乏しい言説を参考にしたようだ。
SNS界には、フェイクとともに過激な言葉たちが、たくさん踊っている。「反日」という言葉はその代表格だ。荒っぽい言葉を使う人には、清水幾太郎が「論文の書き方」(岩波新書)で説いた言葉を贈った。
「無闇に烈しい言葉を用いると、言葉が相手の心の内部へ入り込む前に爆発してしまう」
相手に言葉を伝えたいのなら、心の内部へ届く前に爆発させてはいけない。1959年に著した清水の文章作法が、今のSNS時代に全く色あせないのは驚きである。かの斎藤美奈子も、清水に対しては「文章読本界の階級闘争に勝利し」と珍しく好意的な評価を与えていた。
#作文教室 #関西学院大学 #出版
http://www.kgup.jp/book/b635113.html
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