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もしもパスポを失くしたら(完結編)

   7月10日、首都ウランバートルでは、夏の祭典ナーダムが始まった。京都の祇園祭さながらに、目抜き通りを様々な民族衣装の人たちが行進していた。この日は前夜祭の宵山みたいなもの。町は浮かれているが、私の心は沈んだままだ。

 パスポートを手に入れなければ、日本に帰れない。 

 警察署から戻ったホテルで、ポーズ(包子)を食べながら、旅アプリ「スカイスキャナー」と格闘した。日付と行きたい場所を入力すれば、格安航空券が安い順番に並ぶ。明日には帰れるだろうと踏んで、11日の帰国便を探した。

 4万円台のインチョン経由関空行きの便をいくつか予約しようとした。満席、満席、満席と続く。成田直行便があったが、こちらはビジネスクラスしか空いていない。高すぎる。

 クリックを重ねていると、インチョン経由が1件ヒットした。チェコが本社のkiwi.comという旅行会社だった。クレジットカード番号まで入力した後、「まだ予約は完了していません」という表示のまま画面が止まってしまった。

 刻々と時間が過ぎる。

 諦めた。画面を切り替えてエクスペディアのサイトに入った。インチョン経由の別の便がヒット。予約するとすぐにメールでeチケットが送られてきた。やった、と思った瞬間、kiwicomからもeチケットが届いた。

 やばい。

 ダブルブッキングしてしまった。agodaでも痛い目に遭ったが、kiwiも似たようなものだ。画面がフリーズしたと思って電源を切っても、数十分後に「予約成立」とくる。非常に危険なサイトだ。

 そして、そんな会社は往々にしてキャンセル画面がわかりにくい。簡単にお金を払わせるくせに、キャンセルや退会の仕方は知恵の輪を解くように難しくしている。

 日本の問い合わせ電話番号が記載してあったエクスペディアに国際電話し、なんとか無料でキャンセルでき、kiwiの予約を生かすことになった。

 ナーダムになれば、すべてが休みに入ると聞いていた。行列を横目に、僕は曇った気分で、日本大使館への道を急いだ。ポケットWi-Fiの充電量が気になるが、グーグルマップのナビを頼りに歩いた。日本大使館はウランバートルホテルから歩いて15分ほどのところにあった。



 日本では参院選が公示されたばかりだった。大使館の 二等書記官は「参院選の在外投票所を設けていまして、狭いですがどうぞ」と部屋に通してくれた。若く、丁寧な人だった。
日本に帰るには二つの方法があると、説明を受けた。

 それは次の方法だ。
1. 普通のパスポートの再発行(5年有効か10年有効)を受ける。
2. 「帰国のための渡航書」を申請する。(帰国時の一回しか使用できない)

 1は、発行まで数日はかかる。2なら、最短翌日には帰ることができる。2を選んだ。

 手続きが始まった。書記官に指示され、スフバートル警察署で手に入れた「紛失届」を見せると「これでOKです」と言われた。そして
「渡航書発給申請書」を渡され、記入した。スマホをかざして帰りの航空チケットの画面を見せると、これもOKだった。顔写真2枚と免許証コピーを2枚渡した。最後に「戸籍謄本はありますか」と問われた。持ってきていないというと、困った顔をした。

 待てよ。スマホのアルバムに古い謄本があったことを思い出した。その画面を探し出し、書記官に見せた。期限が過ぎてますね、と言ったあと、彼は「わかりました。帰国後に戸籍謄本をこちらへ郵送してください。今日のところはこれで、書類は整ったことにします」と言われた。

 時刻は午後5時に迫っていた。手数料5万6千トゥグルク、日本円で2500円ぐらいを払うとまもなく、帰国のための渡航書を渡された。感涙とはこういうときのことを言う。

 最後に書記官に注意された。「警察署の紛失届は携帯して、失くさないように」。出国審査の時、変なパスポートだと疑う役人が少なからずいる。その時、この紙を渡すといいという。

 その夜は、スフバートル広場を散策した。ナーダムの熱気に満ちていた。ホテルのバーでウオッカを3杯飲み、早めに寝た。

 翌朝、ウランバートル空港のモンゴル航空窓口でインチョン行きのチェックインをして、問題に気づいた。インチョンからの飛行機はイースター航空という別会社だった。預けた荷物を受け取ったあと、インチョンで再度チェックインしなければならない。ということは、韓国にいったん入国して再度出国しなければならない。この頼りない渡航書で、韓国の役人を納得させることはできるだろうか?

 不安は募った。案の定、韓国の出国イミグレーションの役人は「トランジットならここを通る必要はない」と言った。いや、「預けた荷物を受け取らなければ乗り換え便に乗れない」というと、通してくれた。

 思えば初めての韓国である。外に出て深呼吸して、イースター航空で再びチェックインした。出国審査はスムーズにいった。こういう場合は、同一航空会社で行くのが無難だと知る。ソウルから関空まで、1時間40分の短い旅は終わった。

  ♢ ♢ ♢

 3回にわたって「パスポート紛失すったもんだ話」をお送りしました。最後に告白すると、パスポート紛失は2回目でした。2007年に、ベルリンでもやらかしました。皆さん、海外旅行には戸籍謄本と顔写真2枚、そしてポケットWi-Fiをお忘れなく。それでは良い旅を!(完)

パスポ紛失のおかげでナーダムを拝めた


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