小説「八月の赤い月」1

子供のように背中を丸めて小さな吐息をたてながら眠る君

私から背を向けて・・・・・

あなたは、今まで何を見てきたの。

よく冷えた豆乳蒸しをつるんと飲み込み、
赤だしの味噌汁と、炊き立ての白ご飯をパクリと口にほおばった。慌てて、小さな肩には重すぎるバックを右手にぐっと力を入れて持ち上げ、
「行ってきまーす。」
というなり、車に飛び乗った。

まだ柔らかな緑の葉でいっぱいの桜の木の下を潜り抜けて玄関へと向かう。
「おはよう。」
「おはよう。みどりせんせい。」
「きょうね、パパがちなつのおべんとつくったとよ。ととろのおにぎりやん。たべるとたのしみい。」
「よかったねえ。千夏ちゃん。今日のお昼が楽しみね。」
にっこり笑いながら話しかけて、職員室へ入っていく。

私は、今日の日程を確認すると、あわただしく教室へ向かった。
「おはよう。」
「あ、みどりせんせい。せんせいどうしたと?きょうのようふくきれい。」
いつもの明るい子供たちの声だ。

昨日起きたことは、何だったのだろう。
私の頭の中で、昨日のことがよみがえってくる。
ふいに心の中の思いの波がぶわあと広がっていく。

りくとの出会いはひょんなことからだった。
最近年々おいていく母は、何をするにも口を出してくる。やれ野菜が硬いからもう少しゆでろだ、味が薄いから、もっと出汁を足せとか、今日の格好はなんだ派手すぎる。
今日は誰とどこに出かけるのか。何を食べたのか。
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。もう。うるさい。

そんなある日の真夜中。ネットを開くと、最近よく出てくる広告が目に留まった。

40代50代向けのマッチングサイト。素敵な出会いが見つかります。

ふう~ん、マッチングね~。何気にぽちっとみどりは開いた。
無料だし、あ、今月満月だし。してみるか。
満月や新月には、不思議なパワーが宿る。それを信じているみどりは、吸い寄せられるように、入会のボタンを押した。

一か月ほど過ぎただろうか。

みどりは、ふと空を見上げた。いつになく真っ赤で大きな月。

ああ、スーパームーンだったよなあ。

よおし。月光浴しよ。

月の赤い満月の夜、久しぶりにサイトを開いてみるとメッセージが入っていた。
同じ人から三通も。

どうしよう。やっぱり返事出さないと。

みどりは、思い切って返事を書いた。

すぐ次の日返事が返ってきた。

「メールからお話しませんか?」
それがりくだ。

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