「真夏のシンデレラ」10話までの感想 アンドロイド成長物語
突っ込みどころ満載の月9ドラマ「真夏のシンデレラ」だけど、いまだに視聴を継続している。リアルタイムだったりTVerの見逃し配信だったりであるが継続している。結局、10話までついていっている。我ながら不思議である。
このドラマに魅力があるかと言えば、ない。ハラハラドキドキ感もないし。
まずタイトルにある「真夏」感がない。
登場人物たちの服装が時には長袖だったりして熱中症を心配してしまう。日焼けもしてない。当世の若者たちの美肌意識なのかもしれないが皆白い。医師でライフセーバーという謎設定の登場人物でさえ白い。ライフセーバーなんだからせめて君だけでも日焼けしろと思ってしまう。
時に挿入される海岸の景色も綺麗なだけで人影が無いので真夏という感じがしない。
舞台が真夏の湘南なのに全然活かされていない。最初の1話2話あたりまでで後は大抵お店や誰かの部屋や東京である。
そういう意味で真夏のギラギラ感が全くない。登場人物たち全員が淡々としてる。例外は医師でライフセーバーの変態先生くらいか。君の行為は医療行為を超えてると思うが演出もどうなんだろう。よくオッケーしたなと思う。
登場人物たちのキャラクター設定も疑問だし、棒立ち棒読みの会話で、ドラマというより舞台っぽい演出の雰囲気を感じる。立ち位置とか座り位置とかカメラを意識したような感じがして自然じゃない。
うーん、なんか新たに生産されたアンドロイドたちを人間社会に慣れさせるために街に配置した感じと言えば良いのだろうか。そう考えると、どことなく感じるぎこちなさも納得できる。優秀なAIが組み込まれているだろうから成長速度も早いはずだが、まだ学習中といったところかな。
たまにぶち込んでくるエピソード(ヒロインの夏海の弟と父と母)もトンデモナイ系であり、かと言って、ストーリーにほぼ影響しないというところに呆然としてしまう。そこまでいくと逆に面白い。夏海の健気さが際立つが、そこまで耐える夏海も変かもと思ってしまう。
さて、10話の最後で夏海が事故に遭いそうになり幼なじみの匠が助けるのだが、この場面を見た私は韓ドラの元祖「冬のソナタ」を思い出してしまった。
この交通事故エピソードは夏海と健人と匠の三角関係にどう影響するのか?健人の両親との関係もあるし、ちゃんと最終回で回収出来るのか?
スーパーエリート研修医の修と愛梨と司法浪人の守の三角関係も気になる。この修君こそが私のアンドロイド説の象徴とも言うべき存在で、10話では失恋で涙を流す技能を習得したのであった。修のAIも頑張ってる。成長速度は遅いけど。
シングルマザーと変態ライフセーバー医師も気になるところ。
こうしてみると、私はこのドラマにハマっているかもしれない。制作陣の術中にとらわれてしまっているかも。
次の月曜、最終回が待ち遠しい。