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雨宿りのクロ 1

「お母ちゃん、ただいまァ!」
高校生にもなるのに、声だけを聞いていると
小学校の高学年か中学生に思えるほど幼い感じがする洋子だが、見た目はそれほどまで
幼くも見えない。

「あぁおかえり!
おや、雅恵ちゃんに晶子ちゃんと一緒なの
かい?いらっしゃい!久しぶりだね」

「おばさん、お邪魔します!」

「それよりさ、何かない?お腹空いてて!」

洋子たちは上がり框になっている座敷席に
カバンを投げ出し座り込んだ。

「親子丼でいいかい?ちょっと待ってな。
マーちゃん、大丈夫?」
洋子の母親、京子が奥に声をかけている。

「洋子、おかえり。おっ二人も来てたのか」
マーちゃんと呼ばれた男が厨房の中から
顔だけを出して答える。

「待ってろ、東京一とは言わねえけど、
XX区一の親子丼作ってやる!」

「お願い!マー兄ちゃんの作る親子丼はマジで美味しいんだよ、ねぇクロ!」

傍らの座布団の上で香箱座りをしていた
黒猫のボクを洋ちゃんは抱きかかえ膝の
上に乗せる。

東京都XX区XX町。
一時期は排気ガスで「日本一空気の悪い
交差点」と呼ばれたXX町交差点近くの商店街の一角に位置していた蕎麦屋。

「こがねや」

そう、この小さな蕎麦屋さんにボクは
飼われているんだ。
ううん、元々ここで生まれたわけじゃなくて、別の所だったんだ。
ボクが生まれた廃アパートが取り壊される事になって母さんと兄弟達と次の住処を探している時にボクだけはぐれちゃって…

みんなを探しにあちこちを回ったんだけど
そのうちにお腹も空いてくるし、おまけに
雨まで降ってきたものだから近くの縁の下に
逃げ込んだんだ。
寂しくて、怖くて、心細くて、
" ミィ〜、ミィ〜 " と鳴いていたら

「おや?この下から仔猫の鳴き声が…」

そういってボクを覗き込んできたのが
京子おばちゃん。

ボクは「人間」っていうのが初めて
だったので、怖さのあまりにボクを
抱っこしようとした京子おばちゃんの
手を引っ掻いてしまったんだ。
それでも京子おばちゃんは顔色を
一つも変えずに

「そうだねぇ、怖かったねぇ。
驚かせてすまないね。ごめんね。
ちょっとだけ待ってな?いい?」

そう言って京子おばちゃんは家の中に
入っていった。

しばらくして、出てきた京子おばちゃんの
手には小さな小皿があったんだ。
その中にはミルクが入っていた。
しかもまだ仔猫のボクの為に少しだけ、
ほんとにホンの少しだけ温めてくれた
ミルクだったよ。

" 優しい人なんだな。でもまだ警戒!" 

「良いんだよ、ゆっくり飲みな。
後でまた、見に来るよ!」

京子おばちゃんがお店に戻っていった。
そこで初めて気が付いたんだ。

ボクが蕎麦屋さんの縁の下にいる事に。

" どうしよう?これを飲んだら
お母さん達を探しに行くか?でもどこへ?
まだ雨は降るのかなぁ?どうしよう?" 

あれこれ考えていたら、お腹が一杯に
なったせいか、あちこち歩いてて疲れが
出たのか、知らない間に寝ちゃってた。
気が付くと少し離れた場所に、
ダンボールで作った寝床が置いてあった。
ちゃんと中には暖かそうな毛布が敷いて
あって……

これが三年前にボクと京子おばちゃんとの
間で起きた出会い。
今にして思えば、ミルクの件や寝床の件。
全てに京子おばちゃんの " 優しさ " が
滲み出ていたんだね。

ボクはラッキーな " 雨宿り " をしたんだ。
                 つづく



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