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淵一助っ人クラブ(仮)第三話

翌日の月曜日。
五十嵐は登校すると彼の顔を教室に探した。
案の定、教室の片隅でイヤホンをつけ、
左右に目線を切りながら、しかし周囲には
聞こえない音量でブツブツ言ってる男がいた。

「おはよう、立川!」
五十嵐はこれが恐らく初めての会話だろうと
思いながら、立川巳ノ輔の肩を叩いた。

「うぉっと、いきなり何でぇ?
びっくりするじゃねぇか!」
間違いない!コイツは絶対に落語好きだ!
というより落語家なんじゃね?
こんな横浜の外れでまさかの江戸っ子弁を
話すヤツなんて世界中探してもここだけだ!

何て事は一切おくびにも出さず
五十嵐は立川に聞いてみた。
「立川にそんな趣味があるなんてちっとも
思わなかった。好きなのか?落語……」
「おいおい、藪から棒に何でぇ!
いや、そんな事よりあんまりでけェ声で
" 落語 " と呼ばねェでくれ!皆に聞こえる!」
「あぁ、ゴメンゴメン。ちょっと立川に相談を
したい事があって…って立川!お前。
下の名前 " 巳ノ輔 " っていうのか?」
「五十嵐の言いてぇ事は分かるよ」
「う、うむ」
ここにも " 名前フレーミング " の犠牲者(?)が…。
公共放送で人気のあった立川志の輔師匠の
名前にかすったようだ。
「そんなファールチップの立川に聞きたい事が
ある。………落語は出来るのか?」
五十嵐は静かに尋ねた。
「何でぇ、そのファールってのは?
………なるほど!そういう事かい!確かに。
で、お尋ねの件ですがね、出来るのかと
聞かれれば、出来る。
但し二つのハンデがある」
そう言って立川は指を二本立てた。
「一つは生憎と人前では演った事はねぇ。
もう一つは " 芝浜 " しか出来ない」
「えっ、何だって?」
立川が何を言っているのか一瞬、理解出来ずに
いた五十嵐だった。

「 " 芝浜 " だよ!知ってるかい?
俺の尊敬する談志師匠の十八番なんだ!」
「立川談志の名前は聞いた事があるけど、
演目までは…ちょっと……」
「呼び捨てにするやつがあるかい!
心を込めて " 師匠 " とお呼びなさいよ。
やはり、知らないみたいだな。
人情噺の代表作と言っていいかもしれない」

" 芝浜 " 
天秤棒一本で行商をしている魚屋の勝は
腕は良いのだが、酒が好きで、その為仕事でも
失敗が続きます。そんな中…………。
以下略。だって長いから…。

「とにかくキチンとやると一時間かかるぞ」
「えっ、落語ってそんなに長いの?
一つの話が?一時間だと飽きてこない?」
すると立川は腕捲くりをしながら
「てやんでぃ!そこを飽きさせないようにする
のが噺家の腕だし、自然に短くするのも噺家の
こ、こ!」
立川は捲くった腕をピタピタと叩きながら
ドヤ顔を見せた。
「で、で、出来るのか、立川?」
立川の迫力に圧されながら聞いた。
相変わらずドヤ顔の立川………。
立川は不敵な笑みを浮かべながら
「無理っ!んなもん素人のオイラに出来る訳
ないでしょうよ。出来る位なら今頃
" 天才高校生現る! " って大騒ぎさね」
「いや、お前さっきのドヤ顔は〜〜?」

同じクラスでありながら初めて話す立川に
" 案外コイツ面白いヤツかもな… " 
そう五十嵐は思い始めていた。
" 何かこの先一緒に楽しい事が出来そうな気が
してきたな。もしかしたらウチの学校、こんな
ポテンシャルを持ったヤツがまだ潜んでいるん
じゃないのか?立川の様に一芸に秀でたヤツ。
それだけしか出来ないヤツ。
例えば!例えば……例えば……例えば?
まだ何かモヤッとしてるけど、形になるような
気がしてきたゾ " 
「立川、とにかく今日学校が終わったら
俺と一緒に駅近くの " フルタ " という喫茶店に
来てくれないか?詳しい話はそこでするから」
「おう、分かったよ」
「そこは " ガッテン! " だろ(笑)」

 この出来事が元になり作られたのがお助け集団
" 淵一助っ人クラブ(仮) " である。
この先、どんな依頼が来て
この先、どんな団員が入部するのか。
「何々、草野球で " 狙い撃ち " の応援歌依頼?
………適任者が一人いたゾ!絶対音感じゃなく、
絶対 " 指感 " を持つアイツが……」

                                 淵一助っ人クラブ(仮) 完








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