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新説「作者の死」

── ロラン・バルトはどこにいるのか


写真は往年の文芸批評家ロラン・バルト

前回の記事(8月30日投稿)「AI時代に回帰する作家論」で必然的にテクスト論に触れることになりました。生成AIが世の作家を蹴散らして文章を書きまくる時代が来るのか、といった辺りを右往左往していたら、テクスト論に出くわしてしまったのです。前回はさほど掘り下げなかったのですが、これがけっこう難物ということが顕現してきました。難物とは、現在も文学世界にまるで毒が回ったかのように利いていて、アポリアにぶち当たっているようでさえあります。

ロラン・バルトを埋葬する

テクスト論といえばロラン・バルト(仏)ですが、当時の時代思潮の代表といっていいでしょう。特に「物語の構造分析」中の「作者の死」が有名のようです。かんたんに言って、書かれた物語の読解は、作者の意図を切り離してテクストの解釈は読者の側にある、という考え方がテクスト論といえましょう。ここから「作者の死」へと至るわけですから、大胆なことです。

ロラン・バルトを検索してみると、フランスの文学・思想界を席巻したようですが、講演時などの写真を見ると、私には周囲が少々はしゃぎ過ぎのように映ってしまいます。時代の寵児という感じだったのでしょうか。本人だけではなく関連してジャック・デリダ、ミシェル・フーコー等々、テクスト論には名のある面々がすぐ出てきます。構造主義や記号論などとも絡んで、文学理論に哲学がにじんできている感じがします。その影響は、わが国にも及んでいます。

バルトはテクスト論の対象を「物語」としています。この物語の広がりが「物語の構造分析」の冒頭章「物語の構造分析序説」から語られます。「世界中の物語は数かぎりがない」で始まり「物語は、神話、伝説、寓話、おとぎ話、短編小説、叙事詩、歴史、悲劇·····」と羅列していて、私が任意に割愛して続ければ「·····映画、続き漫画、三面記事、会話の中にも存在する。そのうえ、ほとんど無限に近いこれらの形をとりながら、あらゆる時代、あらゆる場所、あらゆる社会に存在する。物語は、まさに人類の歴史とともに始まるのだ。」となっています。

テクスト論を論じるにあたり、その対象範囲をこんなにも広くとり、何せ言語芸術ものかは三面記事、会話ともなれば、いわゆるエクリチュールからパロールまでを含むものとなってしまいます。この調子だと論文やエッセイを入れても何らおかしくなさそうに思えてきます。とはいえ、何となく小説を中心に据えている印象です。上述の「物語の構造分析序説」の冒頭付近の「原注(1)」によればエッセイも物語に含められています。バルト先生本気ですか?と疑問が湧いてしまいます。この意味は、エッセイも物語としてテクスト論の対象になるのだ、ということにつながります。本当か?

「梅の枝に2羽のメジロがいます」
と書く文章の信憑は、私という撮影者=作者が語ることによって支えられる。

ロラン・バルトを世界に知らしめた「作者の死」はエッセイと見て良さそうです。文芸評論家の加藤典洋も大学教授の石原千秋も自著中に、エッセイとする表記が出てきます。そうなら、私の素朴な疑問として解せないものが、どうしても込み上げてきます。作者と物語を絶縁して、読者論としてテクストを玩味するのがテクスト論であるなら、なぜ「作者の死」とまで書き付ける著者が、そのエクリチュールによって喝采されなければならないのか?作者の意図や狙いを、読者は考慮せず読解されるべきがテクストではなかったのでしょうか。「作者の死」を書いたバルトは作者から遠く離れて、読者に読まれたことはあったのでしょうか。

エッセイ「作者の死」を誰かが、ロラン・バルトの意図を切り離して読み込むなんてできたのでしょうか。「作者の死」を語るエクリチュールを、作者を度返ししてテクストとして読み込んでも、どんな意味が伝わってくるというのでしょう。そんな論で一世を風靡したロラン・バルトこそは、論述と作者を関連づけて作家論として読まれたからこそ、後世に名を残したのでしょう。言い方を換えれば、批評家としての自分の存立条件を、テクスト論でどう説明するのでしょうか。バルトが、明確に「物語」からエッセイを除外しているようすはありません。

このあたりは、作者の評価と作品との関係論に広がりそうですが、それとも一回だけ使える魔法でも使ったのでしょうか。自らに摘要させたら矛盾を含むことを、文学理論一般論として流布させることに成功させた、その手品のようなことを指しているわけです。それとも、私は何かズレた指摘をしているのでしょうか。

作品の評価と作者の評価との関係というイシューに、テクスト論を持ち込んだらどうなるか、という領域の話です。通常、作品の評価はイコールで作家の評価につながります。もちろん、バルトはテクスト論によって、作者からテクストを切り離しても、そのことによって、作家と「作品の評価」が分断されるなどとは語っていないようです。ここは、ひょっとして些末な文脈に入ることかもしれず、あるいは、作者と「作品の評価」関係という広大な論点が控えているのでしょうか。
私が、テクスト論にまともに近づいてみようとして、まず、何か解せないのは、このことです。

しかし、ロラン・バルトは意識的にエッセイや論文は物語から除外しているようでもあります。自説の矛盾に気がついていないはずはなく、だからこそ「物語」にこだわった可能性があるかもしれません。自説を述べる内容対象からエッセイを巧妙に看過させるために、物語を対象としたのでしょうか。それにしても、その対象は広すぎないでしょうか?

ロラン・バルトに代表されるテクスト論が登場しておよそ40年以上。わが国の文学研究はテクストに蝕まれ、いまだに路頭に迷っているようです。私は「作者の死」と述べたロラン・バルトは作者である自らを裁き、結果自分自身を殺めることになったのではないか、とさえ考えています。

私はテクスト論を埋葬し、「作者」を殺めたロラン・バルトに献花し両手を合わせたいのです。このことは文学研究や文学教育にも欠かせない意義を持っているようです。テクスト論の呪縛から脱出することについてです。

山中正樹教授によれば「『ポストモダニズム』が我が国の思想・言論・教育界にもたらした種々の弊害を乗り越えようと、今日さまざまな分野でいろいろな試みが続けられている。」と、論文「『作者の死』から『読者の死』へ」で問題意識を語ります。その問題とは同論文中で須貝千里から引用し「ロラン・バルトのテクスト理論が日本に導入されてから三〇年余り、この間、『言語論的展開』によって読みのアナーキーがもたらされ、文学の記号学の地平がひらかれてきましたが、これは同時に文学の〈いのち〉を抹消することでもありました」と示しています。

その上で、専門家たちはポストモダンの弊害から脱却すべく、手探りを続けていることがわかります。

1960年代バルトは来日した折、芭蕉にも触れたらしい。もし定家の「花も紅葉もなかりけり·····」に
接していたら、どんな感想を残していただろう。

加藤典洋の脱構築


テクストの問題について、およそ20年前に精緻に自説を展開した文芸評論家がいます。「テクストから遠く離れて」の著者加藤典洋です。

読み始めてこの著書はテクスト論の批判を展開するのかと思いましたが、そうではありませんでした。確かにタイトルも「テクストから遠く離れて」などと、もって回っているのを怪訝に感じていたのですが、読後それは腹落ちします。どこかで、フランス文学者蓮見重彦の「小説から遠く離れて」のパロディとの指摘がありましたが、そこは本質ではないでしょう。

「テクストから遠く離れて」は、文芸批評の醍醐味が味わえます。三島由紀夫や大江健三郎などのテクストを使いつつ読み解いていきます。加藤典洋については名前は知っていたのですが、今回初めて著書に触れました。この本が出てもうすぐ20年になろうとしています。江藤淳の一世代下という感じでしょうか。

さて、氏は同著の冒頭付近で「構造主義、ポスト構造主義の思想的影響のもと、形を整え、論としての構えをなすようになった『テクスト論』、ないし『テクスト論批評』というのが、それである。」として「この考え方の功罪についても、それをほぼ一望できるところにわたし達はきている。」と、振り返りるとともに、「主にフランスの思想家、著述家の著作を経由して、1960年代後半あたりからイギリス、アメリカへとともに、日本へともたらされた。」とし、1980年代以降優勢になったと概観しています。

内容的には、本論の冒頭と重複しますが、加藤典洋の論述で、ここに一度キッチリ押さえておきたいと思います。

「『作品』が作者との関係でとらえられた表現物にあたえられた概念であるのに対し、作者との関係を切断した上で、書かれたもの単独ないし相互間の関係性をもつ存在として表現物に与えられた概念が、『テクスト』である。したがって『テクスト理論』は、しばしば『作者の死』という主張を伴い、またそれに支えられる。」

その上で、テクスト論の決定的な弱みとして
「それは、ポストモダン思想とりわけポスト構造主義の思想一般と同様、他の思想、他の批評理論の価値を否定し、これを相対化することは得意だが、自分から新しい普遍的な価値、批評原理を提出することについては不得意なのである。」としています。

引用が長くなってしまいましたが、文学界の幹となる説を確認するにはやむを得ないところです。この辺りがテクスト論理解への私の基点となりましょう。

「テクストから遠く離れて」は、文芸批評の醍醐味を堪能させてくれる一冊です。中村光夫、江藤淳亡きあと、福田和也と続くわけですが、最近では佐々木敦、小川榮太郎といったところでしょうか。加藤典洋を見過ごしてきたのは、悔やまれるところです。

ここで私が拙速な内容紹介を行なう野暮はやめて、この著書の功績について二点だけ指摘するとすれば、一つは著者自ら述べるように、テクスト論を脱構築していることでしょう。「脱構築」の理解に手をこまねいていたところ、プロのスカイダイバーに身体をセットされ一心同体でスカイダイビングを経験するような、そんな体感とともに、納得の境地に帯同されます。

この著者が世界を風靡したテクスト論を相対化し、また、再構築した功績が桑原武夫賞とは解せません。素人考えですが、読売文学賞ぐらい与えられるべきではないでしょうか。

もう一つは、文学の凄さをあらためて思い知らせてくれることです。作中「仮面の告白」の読解は、忘れていた、昨今の作品では、決して体験できない、作家が命がけで表現構築する凄まじさを、その現場に招き入れてくれます。三島の作品を通じて、そこには、時代と人間と文学の決死の戦闘があることを思い知らせてくれるのです。ここに文学があります。

昨今の読者需要に対応することだけで作家業を営む、スキルのあるベストセラー作家は、マーケットに対応する意味ではコピーライターと同じであり、文学とは無縁の著述業者と言うべきでしょう。国家観も歴史観もなく、
ひたすら経済合理性で動くことは生活の熟練者ではあるものの、文学からは遠い。動画で自らのスキルを開陳し、指導し、どんなにエンタメノベルに読者がついても、私は、読む気になれないのが、本音です。

造花の薔薇をテクスト論に例えられるかもしれない。何か感応できないものがあるとすれば、薔薇の衣裳を着た人工物のせいか?この人工物を読者論と言う。花としては死んでいる。

「テクストから遠く離れて」は、加藤典洋の筆からは叙述されませんが、「作者の像」を持ち出す以上、この著述自体は作家論といっていい、と私は考えています。「修正テクスト論」ではないと思います。テクスト論の脱構築を作家論によって行なっている、との見立てについては、専門家の意見を聞きたいところです。というか、テクスト論の脱構築をテクスト論によって行なうことは、おそらくできないことですし、そうあらねばならないわけでもありません。テクスト論が作家論に対する反措定概念である以上当然のことかもしれません。

「読者論」とは何なのさ

わが国でテクスト論を模索していると、石原千秋著「読者はどこにいるのか」が出てきます。一定の評価を獲得している印象を受けますが、著者はテクスト論を駆使して自説を展開しているようです。特に「内面の共同体」の指摘はカルチェラル・スタディーズとして興味深い成果のように思われます。

私は、当然ながらテクスト論の理解へ向けて「読者はどこにいるのか」を繙いているのですが、まず同著第二章から以下引用します。

「一九八〇年代にはテクスト論の時代がやってきた。ただし、テクスト論は『方法』ではない。テクスト論は『立場』なのである。別の言い方をすれば、イデオロギーなのだ。それは、さまざまな方法は使ってもかまわないが、作者に言及することだけはしないという立場だ。」

私はテクスト論の理解として、何か評価が定まったような小説を、テクスト論で解釈なり批評なりしたらどうなるだろうと思い立った時がありました。noteの前作「AI時代に回帰する作家論」のなかで「金閣寺」をテクスト論で語る、という挑戦を試みています。そのnoteの文末の「補足」でも述べている通り、論が確定していない、と言わざるを得ないでしょう。この時点で、私は自分がテクスト論を把握しているなら、作家論で評価が定説になっている作品をテクスト論で述べられるのではないか、と着想しているわけです。ところが、これが結構難題で行き詰まっていましたが、そんな時「テクスト論は『方法』ではない。テクスト論は『立場』なのである。別の言い方をすれば、イデオロギーなのだ。」に出合って、あっと思いました。つまり、私はテクスト論を方法と思っていた、ということに気がついたのです。もし、方法なら「金閣寺」をテクスト論で読み込むことも成り立つでしょう。テクスト論がイデオロギーだという理解は正に「目から鱗」です。「金閣寺」をテクスト論で語ってみせたところで、テクスト論を理解したことにはならないでしょう。

しかし、石原千秋教授の「·····イデオロギーなのだ。それは、さまざまな方法は使ってもかまわないが、作者に言及することだけはしな
いという立場だ。」ここは、どうも理解しかねます。·····「作者に言及することだけはしない」???

「作者に言及することだけはしない」というイデオロギーの規定がわからないのです。例えば、石原教授の著書中でテクスト論の実践者として前田愛が語られます。文学を都市論として展開、「都市論は前田愛の独壇場だった。」としています。そういう定説は定説として、前田自身の著作を散見しても作者への言及は出てくるし、石原教授の「読者はどこにいるのか」においても作者に触れていることがあると思うところがあります。これは、少なくともテクスト論で叙述している時に対立概念である作家論を批評する際、「作者に言及する」ことは有り得ることでしょう。それとも、無意識で「作者に言及する」ことが生じたのでしょうか。

ここで私が述べたいのは、「作者に言及することだけはしない」という語り方が、不十分ではないか、あるいは適切ではないのではないか、ということです。文学思想の本質として規定しようとして、テクスト論を方法的に語ることに陥っているのではないか、という気がします。

もし「作者に言及しない」ことでテクスト論を試みようとするなら、「金閣寺」について
作者自身による意向の言論が一切ないと確認した上で、文学界の定説を遠く離れて、私がある解釈や批評をした場合、それはテクスト論になると言えるでしょう。

「作者に言及することだけはしない」という言い方は、思想としてのテクスト論を規定するには、やはり適切ではない、ということなのだろうと考えます。作家論に対するアンチテーゼとして発生した故にこういうことが起きるのかもしれません。恐れ多くも、テクスト論を定義してみようとするのですが、作品ではなく物語の批評(評価)の際、作者の意向や意図・戦略はもちろん、背景としての作者の思想、体験、等と関係づけることなく、そこは作者と切り離して、読者の立場から物語に関与すること。といっても、この「読者」についても、バルトによれば但し書きが必要なのですが…

「実と葉と枝と陽射しで織り成す空気感」
といっても、それ以前の文脈を踏まえずして
インターテクスチュアリティは語れない。

物語の解釈や批評を、作者に結びつけないで哲学的思考や論理的展開をしようとすることを、私は否定はしません。それを読者論として、新しい社会的見地を見出だしたり、前田愛のように、都市論という知の山脈を踏破しようとすることは、あっていいことで何ら問題はないことでしょう。それが、イデオロギーならイデオロギーで、ご勝手にどうぞ、としかいいようがない、そのように思います。
ただ、それを「作者の死」とまで語るのは、
少し違うかも、という気がします。

しかし、このことによってロラン・バルトは手品を使ったのかもしれません。文学評論としての新説を、実存主義の哲学を構造主義で打ち破るがごとき、アンチテーゼを措定したかのように、振る舞ったのでしょうか。本人の思惑から遠く離れて周囲が盛り立て(評価)したということでしょうか。もしそうなら、この時代に、バルトマジックは成立したことになるでしょう。期せずして、作者とエクリチュールを切り離すという新説によって、実はバルトはそれによって自身に結びつけられることによって評価を獲得、文学批評史上に名を遺してしまった、ということなのでしょうか。

作者と書かれた物語を切り離すことを主張するテクスト論を語る作者が、テクスト論によって評価されることは、そのイデオロギーと作者の関連によって、その作家が評価されることに他なりません。美しい恋を歌う歌手が必ずしも美しい恋をしている必要はありませんが、テクスト論が思想だというなら、共産主義思想を標榜する者が民主主義思想を信奉したり、語ったりすることがないように、ロラン・バルトがテクスト論によって評価される構図は破綻しています。バルトへの評価があったとすれば、テクスト論思想とその作者としてのバルトへの結びつけによる作家論に負うものといえます。バルトを埋葬すべきとはこのことです。

これが方法ならこの限りではないでしょう。テクスト論という一つの方法論を打ち出したというなら、バルトが作家論を使ってもいいわけですから、矛盾はないでしょう。彼は、世界中の誰にも気づかれることなく、テクスト論という主張にひそむ矛盾を隠し得たのかもしれません。ロラン・バルトは今後、マジシャンとして記念されるべきになったのかもしれません。

バルトの「作者の死」とは、実はその言説の中に、作者と作品という構造関係においてみる時、「作者の死」が再帰的に潜んでいるということなのかもしれません。この意味では「作者の死」を表した作者は、自らの「死」を招いていたということになるでしょう。

山中正樹教授の論理を超えて


加藤典洋著「テクストから遠く離れて」は2004年、石原千秋著「読者はどこにいるのか」は2009年、山中正樹著「『作者の死』から『読者の死』へ」は2013年に、それぞれ世に出ています。

私は、主にこれら三つの論述に接して、テクスト論の現在地を探ったわけでした。今のところ、こうした専門家の論述により得た知見で、大きな流れを俯瞰したと思っています。しかし、私が気づき得ないテクスト論についての新たな照射があるのかもしれませんが、それを追いかけることが絶対なのではなく、それがすべてであるとも思えません。

石原著作も加藤著作も本という発行形態であることに対して、山中著作は「日本文学」という文学教育界での掲載誌論文ということなので、前二作とはやや趣が違っています。いかにも論文なのです。何しろ15頁中、ロラン・バルトはじめ、外国及び、日本の研究者含め21人の言説を踏まえて論理構築為されています。研究者ですから、当然のことに違いありません。

石原教授も前田愛もテクスト論を受容して自説を展開していることに対して、加藤典洋は文芸批評家としてテクスト論を批評した上で、脱構築するという、いわば離れ業を見せてくれます。これらに対して、山中教授はテクスト論の隘路の中でのたうちまわって、論をこじあけるように闘っているように感じられます。

私は、こんないわば泥沼のようなテクストの迷宮で、己れの論を組み立てようとしているわけではありません。素人が専門家の領域に割って入ったところで一笑に付されるだけという以上に、この先に行こうとすると、結局、自らの価値観や思想や哲学の話になってくると考えています。

「雪漫々にあらざれば尽界に大地あらざるなり」
道元はテクスト論では語れないというのが
私の作家論です。

山中教授のエクリチュールについては、本文中の小見出しで「ポスト・モダンと文学教育の課題」とあるように、文学界における教育上の観点が入ってきています。教育者自らが白黒定まらない状態では、学生に教えるにも難儀するであろうと思うとき、ロラン・バルトのテクスト理論は、さぞ厄介なことかもしれないと思います。ロラン・バルト一人を標的にすることは違うかもしれませんが、いわゆる文学界のトリックスターということになるのでしょうか。

山中論文の、内外二十人以上もの研究者を精査して自らの展開するその論述は、鍵穴を抉じ開けるかのような闇の迷宮を突き進むがごとき、論理のスリリング感にさらされます。しかし、日本の文学研究がこんなことになっているとは、知りませんでした。冒頭で触れたように隘路に直面しているという感じなのです。山中論文の掲載誌は「日本文学」ですが、その号の特集タイトルは「特集〈第三項と〉〈語り〉: ポスト・ポストモダンと文学教育の課題」です。「ポスト・ポストモダン」······とは!!まして加藤典洋の「作者の像」から派生したかのような「第三項」論については、文学教育業界でやっていただけばいいことです。

「ポスト・ポストモダン」とは、理論的立場を表明しているけれども、実は内容を語っていないように思われます。日本の文学教育界の行き詰まり感が感じられます。山中教授の論文タイトルの「『作者の死』から『読者の死』へ」のサブタイトルは、「─〈読むことの倫理を忘れた〈読み〉に向けて〉」となっていて、やや後ろ向きに感じられます。「〇〇に向けて」のレトリックなら肯定的目標対象が語られて然るべきですが、問題点を明確化しようとして、否定的対象に迫っているように、私には受け取れます。

引用される論点は、ロラン・バルトや加藤典洋は別としても、私などは初めて知る研究者ばかりですが、かなり突っ込んだ掘削点が語られていて興味深いものがあります。しかし、隘路に立ち入ってしまっているようでもあります。とはいえ、末尾に至り赤祖武哲二教授の叙述を、いわば一条の光としての期待を登場させます。

「キャッツ・アイ」ふたたび

キャッツ・アイについては、前作「AI時代に回帰する作家論」で一度触れました。前作の時点で、文芸評論家加藤典洋や大学教授山中正樹に出会っていませんが、その時、キャッツ・アイは、すでに私の中で光彩を放っています。テクスト論という嵐に遭って、私は作者の創造動機点火や、読者の感動降臨引火の価値を、むしろ引き寄せることになりました。テクスト論をすべからく否定するものではなく、また、作家論がすべてではないにしても、この文学的価値を理論的に封殺する愚を看過するわけにはいかないと考えています。むしろ、私は「作者の死」を葬ります。

「作家論」としてのキャッツ・アイには前作noteで結論づけていますので、ここでは繰り返しません。詳細はともかく、私にとっての
読み・書きにおける文学的価値を、クリソベリル・キャッツアイの価値で換喩し、その発光、輝きに投企するものです。

理論的問題意識から「テクストを遠く離れて」や、「『作者の死』から『読者の死』へ」に接してみても、前回から「作家論に回帰する」と結論づけた方向に、結果変わらず帰着できたことは、手応えのある成果として感じられます。加藤典洋は作家論に収斂していると理解しますし、山中教授も批評家赤祖父哲二のおそらく読者論に期待を託しているように見えます。

私は、理論的構築に、専門家としての積み上げを追究する仕事を営んではおりません。ポスト・ポストモダンや、第三項などという屋上屋を架すような隘路から遠くれて、己という実存にすべてを架ける素人という立場に立つべきと思います。その上で、作家論を受容し、文学の豊饒をあまねく享受したいと考えるところです。その延長上に「キャッツ・アイ論」があります。

ブックレビューの類いを閲覧していて「テクスト論は終わっている」という書き込みを見た気がしています。加藤典洋はバルトに限らず「作者の死」を語る専門家たちを十分に否定くれました。私があらためて「作者の死」としてバルトを葬ろうと語るのは、十分に時代遅れではあるものの、書き込み主張についての、私なりの検証作業を行なっていたに過ぎないのかもしれません。

後代になってそれ以前の哲学や思想が次々に書き替えられていって、何となく人間は進歩しているかごときになっていますが、私たちはアリストテレスやプラトンをいまだに参照することがあるわけだし、進歩というよりただただ視点を変えて循環しているのかもしれないという風に思えば、春夏秋冬のおおきな大自然のサイクルの、揺りかごの中で右往左往しているだけなのかもしれません。

専門家・研究者は自らの仕事として「論理的追究」から逃げられないわけですが、素人の好事家としては、業界での評価などは無縁の場所で、ひたすらおのれという実存の納得、到達のために叙述を重ねることに、某かの価値を見出だそうとしています。★

参考文献
*「物語の構造分析」
ロラン・バルト  花輪光訳 みすず書房 1979
*「テクストから遠く離れて」
加藤典洋 講談社 2004
*「読者はどこにいるのか」
石原千秋 河出書房新社 2009
*「文学テクスト入門」
前田愛 筑摩書房 1988
*「『作者の死』から『読者の死』へ」
山中正樹 「日本文学」62巻 8号 P84-97
日本文学協会 2013
*「ロラン・バルト」
石川美子 中公新書 2015


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