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才能はダンスに表われる

〈SungerBook-男とスコーン2〉


「コラム星人」シリーズコラムのスピンオフ(番外編)No.2として、女性歌手四人について触れてみたいと思います。

私はユーミンの人気が全く理解できませんでした。

大昔、テレビで特集的に放送するコンサートのようすを見かけた記憶がありますが、何にも感じなかったことを覚えています。1970年代だったと思います。それは、都会的な感性のない、私が田舎者の証拠だったと言えましょう。

ユーミン マイブーム

2010年頃だったと思いますが、これもたまたまテレビで見かけたのですが「ひとつの恋が終わるとき」を聞いて、トリコになりました。歳を重ねてこれだけ魅力的になる女性も知りません。自分の心理的背景もあるものの、クリエイターとしての松任谷由実を理解した瞬間だったのかもしれません。

ユーミンが現代の主に女性の生き方をめぐっては、ほとんど作家的な感性を表白していることが、酒井順子氏の「ユーミンの罪」で明らかにされています。この本についてだけでも十分に論ずる対象として魅惑の素材に満ちているのですが、ここは禁欲しておきましょう。

「まちぶせ」などを聞いてもわかるように、自分自身の心情を吐露するだけなら、さまざまな恋愛シーンを描き出し、女性の心をつかむ、いわば時代のキャッチャー、オピニオンリーダーとして多くのファンを捉えることはできなかったでしょう。多様に女性の心に入っていけるからこそ、ユーミンは、女性たちの恋愛の師匠となっているようなものといえましょう。

動画でライブを見ていて、彼女自身が歌う「まちぶせ」に接する時がありました。髪はロング、ミニスカにブーツ、ユーミン40代ぐらいでしょうか。間奏の時は、髪を振り、巧みに踊ってくれるのです。この曲の制作者自身ならではの把握感、消化感を感じさせ、よくこなれたアクションと感じられます。特にその踊りっぷりが、実に楽しんでいて、表現者としてあふれる才能が伝わってきます。…と感じるのは、私に限ったことなのでしょうか。

松任谷由実は、特に女性の消費生活を切り取ったコピーライターであり、時代を見抜いている作家、表現者として、私には感じられます。

宇多田が光る

ヒッキーこと宇多田ヒカルもシンガーソングライターの点では、ユーミンと共通しています。

私が宇多田ヒカルの世界を理解することは、自分ではあり得ないと思っていました。ところが、何がきっかけだったか思い出せませんが「Goodby Happiness」を一体何回見たことでしょう。自分の部屋というシチュエーション設定で歌いだし、ブカブカのジーンズ、アドリブのような振り付けで踊り出します。

おそらく小学生にしろ中学生にしろ、女のコ逹はこれを見て、みんな真似しているんだろうな、などと想像させます。

「Goodby Happiness」は、宇多田ヒカル自身がディレクションしているとの構成で制作演出していて、それもおもしろいのですが、この曲での魅力的なコーラス歌手の選定を彼女自身が決めた、といったことも流石と思わせます。自分の部屋で歌って、踊り出すその自然な動きや、全体の表現演出に、才能を感じてしまいます。監督でありつつアクター、その上で、こんなふうに歌って踊れたら、さぞ楽しいことでしょうと思わずにはいられません。

この曲に関してちょっとマニアックな指摘があります。批判ではありません。もちろん、気がついている方はいることでしょう。

歌詞の「もう一人の私が邪魔をするの」のところで、意図的かどうかはわかりませんが、彼女は「…がじゃまをするの」と、切って歌うのです。「私が 、じゃまをするの」ではなく「私、がじゃまをするの」です。「がじゃまをする」って一体何でしょう?メロディ優先でそうなったと思うのが自然でしょうが、こういう場合は日本語の意味に合わせて、歌詞を変えるべきでしょう、と思う、そういう箇所のことです。しかし、この歌いかたもカッコよく思えてしまうのですが、一般的には日本語を無視している、とも受け取られるでしょう。

また「浮き世なんざ~」という歌詞が出てきます。こんなところでヤサグレ感を出す意味がわかりませんが、米国生活の長い方故の日本語を感覚なのか、などと考えさせられます。

とはいえ、「Goodby Happiness」は、宇多田ヒカルの魅力と才能を十分に表現した曲であり、動画であることは、間違いないでしょう。

よろこんで迷宮入り

2017年のことだったと思いますが、ユーチューブに「ラビリンス」がアップされてきて、一発で魅了されました。確か、1週間で再生回数が100万回だったか、数の正確さはともかく、大幅に伸びたことも話題になりました。

満島ひかりは、女優であり、歌手であり、踊れる方だったのですね。

いかにも香港らしい夜の、しかも汚ならしい街の、中華店内や、市場らしきところを、巧みに踊り抜けるのです。ボーカルも彼女自身です。極めてユニークな企画と言えましょう。

「LA LA LAND」にも関わった方が、振り付けを監修したとのことです。のちにメイキング版も出ましたが、そこにその方も登場します。私は、メイキングは白けてしまい見たくない派なのですが、これは一見の価値ありです。極端に言って自分もこの動画の制作に関わった感覚になることができます。

ただ、満島ひかりのコスチューム、どうなんでしょう。どういったらいいのかわかりませんが、映像ではダンスの練習生が着ている服、という感じでしょうか。私は、もうちょっと何かないものか、と違和感まではいかないのですが、素人目には?が付いてしまいます。設定構成上、意味的には合っているのでしょうが、一般的な、街を歩く普通の格好の女性が踊り出すなどは、どうでしょう?この提案は、全く自信がありませんが。

ともあれ、一回見たら、10回は見ることになるでしょう。シチュエーション、歌にのせて、リズムに合わせて、身体をくゆらす満島ひかりは、必見といえましょう。こんなダンスのセンス、まったく知りませんでした。「カッコいい、才能あるぅ!」。

「娘と私」と言わせて

四人目は、李知恩です、と言ってわかる方は、熱烈なファンだけでしょう。何を隠そうIU(アイユー)のことです。今や韓国の国民的スターとなって、ますます手の届かない ─ もともと届くわけもないのですが ─ 存在の歌手であり、女優です。

彼女の音楽とMVは数多くアップされていて、韓国のエンターテイメント技術を論評するには、格好の題材と言うべきなのですが、ここではかなりこらえて「Beautiful Dancer」だけにしておきましょう。

IUのロンデ・ジャンブ・アテールには、参りました。降参します。やられました。手垢のついた表現を臆面もなく使いますが、すてき過ぎるのです。

この「Beautiful Dancer」のストーリーは、韓流ドラマにありがちな、運命的な設定、時間の転換、展開構成等あらゆるテクニックが貪欲に駆使され「韓国魂」全開なのですが、ついにバレエが使われます。

バレエでは、昔サントリーのCMでブリゼが使われ話題になったと記憶します。飛び上がった空中で足を合わせるあのアクションです。

どんな曲でもそうだと思うのですが、最初何気なく聞いていて、ある時期、ある瞬間から、その魅力に取りつかれるということがあると思います。私にとっての「Beautiful Dancer」もそうでした。

終盤に向かって曲が盛り上がりIUが男性パートナーとパ・ド・ドゥに入ります。その最初の動き、ロンデ・ジャンブ・アテールの美しさは、すばらしい。

何度も見てもその瞬間はしびれます。

私は、バレエに関心などもったことなどありません。振り付けの用語など知る由もないことです。しびれまくった私は、そのアクションを知るためにバレエ教室の先生に尋ねて知ったのです。

ロンデ・ジャンブ・アテール!

特にこの動画での描写のように、後ろ側からが、この振り付けの良さがわかります。つい最近気がついたのは、IUの「YOU&I」─ この曲だけでもMVが何種類かありますが ─ の日本語バージョンの冒頭で、なんとロンデ・ジャンブ・アテールが使われているのです。前側から見ているので気がつきにくいのかもしれませんが、これには驚きました。自分が今まで気がついていなかったことに、です。

自分の驚きはさておき、KPOPにバレエの振り付けを取り込んでしまうセンスに韓国らしさを感じます。もちろん「Beautiful Dancer」にIUがクラシカルなチュチュの格好で登場するわけではありません。

ロンデ・ジャンブ・アテールの魅力に気がついている振付け師が、IUにこれを踊らせたわけでしょう。

美酒に酔いしれる日

バレエのバの字にも興味のなかった私は、IUの魅力に牽引されてロンデのすばらしさに目覚めたということになるでしょう。

飽きることを恐れて毎日見ることは押さえていますが、週一回は、このロンデの美酒を味わい愉しんでいます。

用語を知った勢いで、ロンデの単品を動画検索するとすぐ出てきます。全面鏡貼りの前で立ち、両腕を左右に水平に広げ、手は自然に垂らします。一方の足は、けっして曲げず伸ばしたまま、その足をコンパスの軸にして、もう一方の足で12時のあたりから、床に半円を描くように回します。

これが、ロンデ・ジャンブ・アテールです。

宇多田の「Goodby Happiness」と、満島の「ラビリンス」ふたつは、ワンカット、つまりカット割なしにこだわって制作されています。今年のアカデミー賞候補作の映画「1917命をかけた伝令」も全編ワンカットで話題になりました。

こういう制作者サイドのこだわりは、玄人受けするかもしれません。基本的には、リアリズムの追求に端を発するものと思われますが、音楽動画についてはリアリズムというより、純粋にマニアックな技術的ポリシーの類いと言えるかもしれません。

それに比べ「Beautiful Dancer」は、カット割を多用します。それは、動画としての効果を優先するからであり、ありとあらゆるテクニックを使い回す韓国のエンターテイメント界らしい演出といえましょう。もっと言えば効果の為には何でもするような節があります。

メイクアップ、ヘアスタイル、コスチューム、振り付け、音楽等に、ありったけのバリエーションを惜しみなく使い回します。IUという格好の題材を得て裏方の制作関係者は、彼女をお人形さんのようにメイクを替え、洋服を替え、振り付けを替え、するのです。

IUファンに目くじらを立てられることを承知で書きますが、彼女を自分の娘と決めているおやじの立場としては痛々しい思いがして、やるせないのです。

しかし、一方で確かにスターに成長した彼女です。

ギター1本で歌う動画から始まり「最高です!スンシンちゃん」では女優として演技し、「Beautiful Dancer」では、ロンデも見せてくれるまでになりました。李知恩の才能は、確かに開花しています。

さて、これら、四人の女性たちの共通点はなんでしょうか。それは、四人とも、取り上げた楽曲について、自身が歌って踊っているのです。

ダンス持ち

最後に、五人目は男子です。ダンスといったらこの方を忘れるわけにはいきません。これも、けっこう昔のものになるでしょうが、山下達郎の「ラブランド アイランド」で踊る東山紀之です。ヨボヨボのスティッキを突いたおじさまと思いきや、ステッキを放り投げるとともに、圧倒的なキレで踊りまくる東山。これ、かなり有名でしょう。習練だけでは身につかないだろう、才能の賜物ではないかと思っています。

今度生まれる時はお金持ち、もいいのですが、ダンスの踊れる男というのも、魅力的な選択肢ではないでしょうか。

その上で、IUとパ・ド・ドゥでロンデを踊る…そろそろ止めないとIUファンに殴られそう…★

(初出2020.4.15)

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