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ドアを支える

たまに朝から何ともいえない暗い身持ちになる事がある。

明確な出来事があった訳ではないし、あったとて、考えてもさらに暗い気持ちになるだけで解決はしない。
女性特有のバイオリズム。と割り切れもできず予定をこなすしかない日がある。

「お荷物置かれてゆっくりご覧下さいね。」
予定と予定の合間、初めて来たパン屋に入った時だった。
お世辞にも広いとはいえない店内でポイント二倍のドラッグストアの大荷物と、朝からの暗い気持ちを抱えた私に店主が声をかけてくれた。
次々と焼けるパンをオーブンから出す合間にイートインスペースの椅子をレジ近くに置いてくれる。
添えられた値札の一つ一つに書かれた商品紹介や、イートインスペースに並んだ絵本はどれもパン屋にちなんでいて安らげる空間を作り出していた。
お言葉に甘え、自家製杏のコンポートを使用したタルトとクロワッサンを購入した。
丁寧に作られたパンを選ぶ楽しみに心が癒されたはずだった。
けれども丁度降り出した雨にアスファルトが色を替えるのを見ると出る溜息は傘の心配だけのものではなかった。
まだ用事は残っている。荷物を抱え直し店を出る時だった。
店主がドアを支えて
「ありがとうございました。またいらして下さい。」
微笑みとドアを支える手に迷いはなく、店主が出来る限りお客様を送り出して来たのがわかった。
丁寧な対応にぎこちなくお礼を言い、駐車場まで駆け出す。
忘れ物はなく、むしろ量は多少なりとも増えているのに荷物が軽くなった気がした。

店主のやさしさはただの接客と言ってしまえばそれまでだろう。
けれども特別ではない、何でもないやさしさに心が救われる時がある。
心に立ち入ったり、押し付けたりではない、重たいドアをそっと支えるようなやさしさを私も常に持っていたいと思う。


#やさしさに救われて

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