【短いお話】Inheritance



『そう言えば、祐司くんってさ、』

「なんでしょうか。」

『どうして、うちの会社に入ったの?』




暗い夜空の中で2人の男が空に向かって話す。



「今それ聞くんですか?」

『いやぁ、だって気になったもん。』

「もうちょっと後にしませんか?」



少しふざけた福原に対し、祐二は空を見続け、少し鬱陶しい態度を見せる。



『"気になったらすぐに聞く"って入社当初教えたじゃん。』

「それでも"時と場合ってものがある"って私が入って5ヶ月目の時に怒ってましたよね?」

『おぉ、そうだそうだ。失敬。』



祐司はため息をつき、福原はニコニコと笑う。



「上司なんだから、ちょっとは上司らしく相応の威厳を見せたら如何ですか?」

『そうだよなぁ。でも君と9年も働いてるからさ、今更だよ。』


「それもそうですね。」



お互いにこやかに笑う。



「明日で3月入りますから、あと1ヶ月くらいで10年ですよ。」

『長いな。いや、あっという間かもしれない。』

「私も、福原さんの下でよく辞めなかったもんだと思ってますよ。」

『おいおい、そんなこと言うもんじゃないよぉ。自分で言うけど、俺、そこそこ仕事するし、管理職連中の中だと優しいほうよ?』

「"そこそこ"だから良かったかもしれませんね。」

『我ながらやかましい部下に育ててしまったもんだ。』



祐司は座席のリクライニングから上体を起こし、姿勢を正す。福原はどっしり構えて空を見上げ続ける。



『10年か。あの時はこんなことになるなんて想定してなかったよ。』

「やることは変わらないですよ。僕らはパイロットなんですから。」

『その一言で片すには無理があるよ?軌道に乗るように旋回して。」

「了解。」



機体は斜めに傾き、大きく環状に動く。
曲がり終わると機体の傾きを直し、直進する。



「この景色も見慣れましたね。」

『うん。人生でこんなにも地球を見る事になるなんて。でもねぇ…』

「何か思う事でも?」

『いや…ところで、なんでうちの会社に入ったの?』

「またその質問ですか?」

『だって気になるじゃん。』



祐司はリクライニングに身体を預ける。




「宇宙に行けば、女にモテると思ったからです。」

『え?くだらな。』

「だから言いたくなかったんです。」



祐司はため息をつく。
苦い顔になった祐司に対し、福原は意外な回答に豆鉄砲を喰らい、操縦室は妙な空気感になる。



『なんかごめん。だけどさ、宇宙に行ったところでモテるなんて事ないよ?』

「まぁモテなくて良かったです。」

『モテてたら俺が怒る。』

「何言ってんですか。でもモテなくて正解です。お義父さん。」

『そうなったら娘とも付き合わんかったろうなぁ。…ん、今なんて?』

「”でもモテなくて正解です。お義父さん。”と言いました。パパ上の方が良かったですか?」

『おいおいマジかよ。それ今言うのかよ。こういう事こそ”時と場合”で報告するもんだろ。』



いきなり聞かされた内容に混乱する福原。



「ええ、だから今じゃないと面倒なんです。地球に戻ったらおじいちゃんになりますから。」

『待って、話に理解が追い付かない。ちょっと黙ってても良い?』

「ええ、どうぞ。パパ上。」



フロントガラスの横目には、青と緑の惑星が映る。



『なあ裕司。地球って、こんなきらきらしてたっけ。」

「ええ、地球は綺麗で輝いてますよ。」

『そうだな。今日はテスト飛行の時より綺麗に見える。」

「本飛行の初回。今日は歴史的な日ですから。」








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