【短いお話】Sky
「くじら雲って見たことある?」
わからないよ。
「あのね、すごく大きくてゆったり動くんだ!」
くじらは空を飛べるの?
「本当のくじらじゃないよ!大きくてくじらみたいに見える雲がね、青い空にぷかぷかしているから、くじら雲なんだって。」
見たことあるの?
「まだ見てないよ。本で読んだんだよ。」
そうなんだ。どういう本なの?
「運動場で体操していたらね、くじら雲が出てきてね、みんなで雲に飛び乗るんだ。」
すごいね。雲に乗れるんだ。
「そうなの!だからあたしも雲に乗ってお空を飛んでみたいんだ。」
僕も見てみたいな。
「君もいっしょに雲に乗れるといいね!」
うん。楽しみにしているよ。
「いっしょに雲に乗って、お空でピクニックがしたいな。」
壮大な夢だね。
「夢じゃないよ。ぜったいに行くんだ。」
・・・・。
「約束だよ?あたしが君を連れてくじら雲に乗せてあげる。」
ありがとう。約束だね。わかったよ。
「えへへ。」
扉が開く。
「297番、こっちに来い。」
彼女は今日も大人たちに連れてかれた。
身体のあちこちをコードに繋がれて寝たきりの僕と念話ができるのは彼女くらいに能力がないと難しい。
また彼女が来るのを待とう。
・・・・。
「やぁ。」
ずいぶん久しぶりだね。
「ずいぶんね。ほんと。」
そうだね。
「元気にしてた?」
変わらないよ。見ての通りさ。
「そうだね。あなた、は子供のまま。」
子供のままって・・・。なんで泣いているの?悲しいの?
「悲しいじゃなくて、嬉しいのよ。またあなたに会えた。」
不思議だね。僕にあえて嬉しいというのは君だけだ。
「あなたと話せるのは私しかいない。20年たっても。」
20年?そんな月日が経っていたのか。
「ええ。あの日から、こんなにも。」
そっか・・・。今日は何しに来たの?
「約束よ。」
約束ってなんだっけ?
「雲に乗ること。」
ああ、そういえばそんな約束をしていたね。雲に乗れやしないのに。
「そうね。でも雲と同じように飛ぶことが出来る。」
すごいね。僕にはできないよ。
「私と一緒ならできるよ。ほら、一緒に行くって約束。」
いっしょか。君とふたりなら何でもできるような気がしてきたよ。
「お姉さんだからね。なんでも頼って。」
コードが外れ、視界が蘇る。
まぶしすぎる外の世界に、僕は意識を失いそうになった。
「ゆっくりでいいのよ。まだ子供なんだから。」
僕より大きな両手に抱えられ、部屋に出る。
彼女は僕を抱えて走る。
遠くからぼやけて雑音が聞こえる。
これが生きているってことなのだろうか。
初めて外に出れる。
空は何色なんだろうか。
終
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