「HAZIN」第2話

葬儀は気づくと終わっていた。
灯李ともりは葬儀場の休憩室にいた。
隣のソファには最低限の荷物。着替え、携帯、充電器、それから刀。
刀。
「なんでいるの?」
ぼそりと尋ねる。刀は答えた。
「お前を守るためだ」
(答えるんかい。フツーに喋るし……)
灯李は膝を抱えた。
「……夢じゃなかったんだ」
「ああ」
「お母さんとお父さん、お祖母ちゃんも……死んだんだ」
「すまない。守れなかった」
「……なんか、現実味無いな」
「……」
「あんまり悲しくないな。おかしいよね」
「追いついていないだけだ。今じゃなくてもいい」
「そういうもの?」
「いずれその時が来る。準備しておけ」
「……わかった」
時計の針の音だけが響く。
「名前、なんだっけ」
虚慟丸コドウマルだ」
「ずっとあの蔵にいたの?」
「ああ。あの家を百年見守っていた。お前も、お前の母や祖母のことも知っている。お前たち家族が来るのも、毎年楽しみにしていた」
「訊いてもいい?妖刀って何?」
「見ていただろう、あんな感じだ」
「雑……」
暫し考えて、虚慟丸は言った。
「そうだな……灯李、妖刀の話をする前に、お前に決めてもらわねばならないことがある」
「何?」
「これからのことだ。あの家を襲った奴らの仲間は、恐らくまだ他にもいる」
「あれも妖刀?」
「かつての戦友だ。百年の間に何かが変わったらしい」
「へー」
「連中は既に儂らのことを勘付いている。またやって来るに違いない」
「なんで?」
「あいつらを屠ったことで完全に敵対した。奴らにとって儂は脅威だ。何としてでも排除するだろう」
「私も狙われてんの?」
「妖刀と深く結びついた柄人ツカビトの存在は見逃せない。仮に儂を差し出しても、念のためお前のことも始末しておくだろう」
「柄人?」
「それも後で説明する。いいか灯李、残された道は二つだ。逃げるか、戦うか。逃げるのなら、儂が絶対に見つからない逃げ方を教える。世捨て人になるが、命だけは保証する。お前の逃亡生活に、儂が一生付き合う」
「もう一つの方は?」
彼は語気を強めた。
「刃人軍を潰す。妖刀だろうが人間だろうが、みなごろしにしてやる。お前の家族の仇を討つと誓おう」
灯李は顔を上げ、彼を見た。
「この道は危険だ」
「……」
「だが」
もう一度、約束させてくれるなら。
「どちらを選んでも、必ずお前を守り抜く。何があろうと。何をしてでも。儂の全てを懸ける」
灯李は眼の無い彼の視線を強く感じた。
「お前が選べ。儂はお前の選択を尊重する」
「……」
「時間が要るなら待つが、長くは待てない。あれから既に数日経っている。奴らがいつ来るか」
灯李は膝に顔を埋めた。
「……怖いのは、もうやだなぁ」
「ならば……」
「でも」
自分の腕を、強く握り締めた。
「逃げるのも……やだなぁ」
「……」
顔を伏せたまま、灯李は尋ねた。
「勝てる?」
「勝てる」
「もし負けたら?」
「負けない」
「なんで言い切れるの?」
「儂がいるからだ」
「それって根拠になる?」
「なる」
「どうやって信じたらいい?」
「……」
灯李が彼を見た、赤い目で。
「信じさせて?」
「……」
「お願い」
「……」
「……」
「儂は……」
虚慟丸は本心から言った。
「お前を守るためなら、世界を滅ぼしたって構わない」
「……うぇ?」
「お前を守るために、どうしても必要なら。儂はこの世界を斬り刻むぞ」
「……。そんなこと、しちゃ……駄目だよ」
「儂もそう思う」
「だよね」
「でもやる」
「……ごめん、普通に引いてるんだけど、なんでそこまでするの?」
「お前の親ならきっとそうする」
「え。私の親、そんな怖くないけど」
「ああ、怖くはない。だがやるぞ」
「え?」
「我が子のためなら、親は世界の一つや二つ平気で滅ぼす」
「そ、そうかなぁ?」
「ああ。少なくともお前の親はそうだった」
「え~」
「お前の母は昔から活発な子だった。よく笑いよく怒った。最期まで体を張ってお前を守った。あの行動が無ければお前は今ここにいない」
「……」
「お前の父は真面目な男だった。初めて来た時はえらく緊張していたな。祭李はすぐ気に入った。奴らが押しかけた時、身を呈してお前たちを守ろうとした」
「……」
「祭李もだ。お前のためなら、死ぬことすら些事だ」
「……」
「三人が逃げる時間を稼いだから、お前は生きている。だがもういない。だから儂がやる。儂はお前の父ほど勇敢ではないし、お前の母ほど忍耐強くもない。遠く及ばん。それでもやる」
灯李は呆気に取られた。
(ヤッバ……)
ただの刀なのに。
独りじゃ何もできないのに。
今だって喋るばかりで、ちっとも動けないくせに。
本気で言ってる。
そして、たぶん。
「儂は勝つぞ」
本当に、やる。
「……」
「どうする」
「……じゃあ、戦おっかな」
信じないと言うことが罪深く思えるほどの自信。圧倒された。彼の言葉にはそう思わせる強い意志が宿っていた。
灯李はくすっとした。
「虚慟丸は凄いね。刀なのに」
「?」
ノック。
喪服姿の男がドアを開けた。二十代半ば。眼鏡をかけ、髪はポニーテールだ。
(誰?)
男の耳は沸いていた。いわゆる柔道耳。服の上からでもがっしりしているのがわかる。
「話が決まったって?」
男が尋ねると、虚慟丸が答えた。
「ああ。戦う」
「ではそのように」
男は灯李を見た。
「僕は籠内かごない純。妖斃師だ」
「妖斃師?」
「妖退治を生業としている者。中でもちょっと野蛮な方。一応証明として……」
純はジャケットを脱ぎ、袖をまくった。
「わ」
腕には草書体がびっしりと刺青してあり、体まで続いている。
「対妖の祝詞。名刺代わりってことでここは一つ。僕の家はその昔、甲崎家の護衛だったんだ」
甲崎は母の旧姓だ。
「ずっと疎遠だったけどね。ご両親とご祖母の訃報を聞いて飛んで来た」
虚慟丸を一瞥する。
「葬儀の間に虚慟丸と話させてもらった。僕も灯李さんの選択を尊重するよ。籠内の家名に懸けて、協力する」
「灯李、こいつは信用できる。籠内家のことは儂もよく知っているからな」
「じゃあ……よろしくお願いします」
「こちらこそ。いち妖斃師としても、今回の事態は見逃せないしね。じゃ、早速今後の話をしよう」
純は灯李の向かいに座った。
「まずは情報集めだ。妖斃師協会に各地の妖刀の行方を調べて貰ってる。現状わかってる範囲だと、這切百足は戦前に一族が滅び遺失していた。記録では妖の仕業だけど……」
「殺ったのはあのゴミ野郎本人だな」
「彼は今どこに?」
「塵にした。連れもな」
「尋問は?」
「無意味だ。痛みの無い妖刀に拷問は通じん」
「それもそうか」
「情報収集も良いが、先にこちらの戦力を固めておきたいな。他の妖斃師はどうだ?」
「ごめんよ、今は妖斃師の数が本当に少ないんだ。協会も形骸化していて、電話帳をめくる以上のことは期待できない」
「時代の流れだな。別を当たるか」
「何か当てが?」
「一振りだけ、信頼できる妖刀がいる。蝶屠チョウゴロシ。ドの付く穏健派だ」
「そんな物騒な名前なのに?」
灯李が思わず言った。純は苦笑して頷く。
「よし、まずはその妖刀に会いに行こう」

「赤木家の皆さん、保護の名目で納得してくれて良かったよ。警官と知り合いだと便利だね。たまに稽古つけてるんだ」
灯李と虚慟丸は、純の車の後部座席にいた。
「純さんの妖刀は?」
「僕は妖刀と組んでない。これがあるからね」
と言って拳を握る。
「灯李さんは妖刀のことどれくらい知ってる?」
「何も」
「儂が話そう。妖刀は思念を宿す刀だ」
「なんか雑」
「ははは。極度の願いや思い込みは現実に干渉する、ってのが僕らの考え方でね。強い思念は、物体を変質させる程のプラセボ・ノセボ効果を起こすんだ」
「思念……」
「妖刀は柄人という相棒の体を借りて、豊富な知識と妖術で妖を退治する特別な刀。甲崎家は虚慟丸と契約した柄人の一族だよ」
「なんで辞めたの?」
「勝ったからだな」
「雑~」
「虚慟丸はね、実は凄い刀なんだよ。伝説に語り継がれるくらい。僕からしたら、子供の頃から聞かされてた御伽噺の人物と対面しているようなものさ」
「ただの刀だ。持ち上げるな」
「って感じで敬語も使わせてくれないワケ」
「へ~伝説なんだ」
「倒した妖が有名だっただけだ」
純は時計を見た。辺りは暗い。
「今日はどっか泊まろうか」
「何?」
「灯李さんも疲れてるでしょ」
「私大丈夫ですよ」
「いいや、しっかり休んだ方がいい。今日は……きっと疲れてる」
虚慟丸の逡巡は短かった。
「そうだな、夜襲の危険もある」
「急がなくていいの?」
「飛脚も休む。お前も休め」

空室のあるビジネスホテルを運良く見つけた。
「僕は隣にいるから。朝迎えに行くよ」
(ちゃんと別室にしてくれた。紳士だ)
純が買ってくれた弁当を食べ、シャワーを済ませた。
壁に立て掛けられた虚慟丸が尋ねる。
「もう寝るか?」
「んーまだ眠くないし、ゲームでもしようかな」
携帯を手に取る。
「わかった。儂はお前が寝るまで寝るとしよう」
「え?」
「深夜は儂が見張っておくから、それまでだ」
「妖刀も寝るんだ」
「別に寝なくても困らんがな」
「?じゃあなんで寝るの?」
「一人の時間も必要だろ。儂は居ないものと思ってくれていい。物だしな」
(めっちゃ親切)
「話し相手が要るなら起きてるぞ」
「ううん、いいよ。ベッド使う?」
「要らん。何かあったらすぐに呼べ。名を呼べば起きる」
「おっけー」
虚慟丸はしんと静かになった。つついてみたが反応は無い。
「虚慟丸?」
「何だ」
「うわ起きた」
「どうした」
「ごめん、何でもない」
「そうか。またな」
「うん……」
再び眠る。
灯李はソワソワして室内を見回し、バスタオルを虚慟丸に被せた。ドアの外に誰も居ないことを確かめ、ベッドに座る。
(よし、久しぶりにオ○ニーしよう)

一人の少女がホテルに入る。
「ホント占いってアテになんないなー、もう十軒目だよぉ?」
ピンクのパーカー、背にはギターケース。
「今度は居るといいけどな~虚慟丸」
受付のスタッフに、少女は無邪気な笑顔で尋ねた。
「貯水槽ってどこすか?」


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