盤上に桜吹雪を...

一刀両断。
まさしくそんな一局だった。
第93期ヒューリック杯棋聖戦5番勝負 第2局(主催:産経新聞社、日本将棋連盟)の感想である。
※棋譜利用についてはガイドラインを遵守しています。ガイドラインについては以下のURLよりご確認下さい。
https://www.shogi.or.jp/kifuguideline/terms.html

正直将棋はたしなむ程度なのだが、AIの導入はそんな人間の視界を開けさせてくれたと感じている。
また藤井五冠というヒーローの誕生がそれに拍車をかけた。ここ数年で将棋界は随分と盛り上がったと思う。何を隠そう私もそんな流れの中で棋戦の中継を見るようになった一人である。渡辺棋聖や木村王位からタイトルを奪取した瞬間は私も中継で見ていた。だが、そのタイトルを取るまでの劇的な登りようも今では過去の話。一つタイトルを取ったかと思いきや、その数をじりじりと伸ばしていき今や五冠。直近の叡王戦でも、未だかつて一人も防衛に成功したことがないという歴史を塗り替えてみせた。

だが、そんな藤井五冠も必ずしも順調だったわけではない。
例えば豊島竜王(当時)との王位戦の第1局は今でも印象に残っている。当時は豊島竜王は「藤井キラー」などとも言われ、対藤井の戦績が圧倒的であることが言われていた。そして、それを真実であると証明するかのように終始押し切るような展開で豊島竜王が押し切って勝つ展開だったように思う(AIの評価値でそうだったという素人感想なので悪しからず)。だが、第2局以降はそれも嘘だったかのように連勝を重ね、結局4-1で防衛に成功した。

そして、今回の「第93期棋聖戦5番勝負 第1局」(主催:産経新聞社、日本将棋連盟)にも重なるものがあったように思う。
藤井五冠は永瀬王座を挑戦者に迎えての防衛戦。タイトル戦での両者の手合いは初めてであり、それだけでも注目を集めるカードと言えるだろう。また藤井五冠が直近の対局で永瀬王座に連敗していたこともあって、所謂レーティングから算出される確率よりも厳しいのではないかと見方もあった。
実際始まった対局は千日手二回という展開で、熱戦であったのは間違いない。だが、全体的に永瀬王座が押している形勢で、二回目の千日手指し直し局では永瀬王座の研究が炸裂する結果となる。
藤井五冠がタイトルを落とすという可能性を久しぶりに感じた。やはり、将棋界というのは恐ろしいものである。

だが、藤井五冠が落とせば一気にカド番を迎えることとなる第2局は、熱い展開を見せることとなった。
両者一歩も譲らない全く互角の攻防が続き、100手を超えても評価値は全くの五分。

そんな鍔迫り合いの中で両者の持ち時間も無くなりかけたころ、藤井五冠が飛車を見捨てる手を選んだ。それに応じて飛車を取った永瀬王座の評価値ががくんと落ちたのは本当に一瞬のうちのことだった。
解説者のプロ棋士の方も瞬時には納得していない様子で、局面が急展開を迎えていることがスマホの画面越しに伝わってくる。
93銀。この手を指せば決め手級の一撃となる。他の方針では藤井五冠が不利になる。AIは分かりやすく正解を示していた。
そしてしばらく思考に沈んだ藤井五冠は落ちついた手つきでその正解を選んだ。これは後の48歩という手とセットでの一撃だったのだが、おそらく決着は実質的にこの瞬間だったのだろう。

お互いに絶妙なバランスを保っていた将棋が一撃で終わってしまう。
それはもったいなくもあったが、たまらなく美しいと感じる自分もいた。
桜吹雪の中を剣閃が走る。斬った側も斬られた側もすぐには刃が届いたことを確信できない。
その後の数手にはそんな余韻と吹き荒れる感情の渦があったように思う。
そして、それを見つめながらも私も雷鳴のごとき一撃に身を震わしていた。

私自身は勝負事全般が苦手である。
確率1/2なら外れの方を引くタイプだ。だからこそ勝負事に人生を賭けるような方々には憧れにも似た敬意を抱いている。
下手の横好きでなかなかアマ初段にも至らない。それでもプロの指す最高峰の将棋の面白さを片鱗でも見せてくれるAI時代に生を受けたことは、幸運の至りというものである。

P.S.
棋聖戦は持ち時間も短いので初めて見るタイトル戦としてはいいと思います。解説者の方々のトークも面白いので、ぜひ中継を見てみてください!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?