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カミュ『ペスト』~我々はほんとうは、あるいはこの先になにを望んでいるのか?

カミュの『ペスト』が売れまくっている。

カミュ『ペスト』が2週連続TOP3入り ペストで封鎖され孤立した街で闘う市民を描いた作品【オリコンランキング】
(Web奥羽 https://www.toonippo.co.jp/articles/-/341223)
カミュ「ペスト」15万部増刷
(朝日新聞デジタル https://digital.asahi.com/articles/DA3S14442944.html

15万部増刷なんて、新型コロナのずっと前から大不況の出版界においてはとてつもないビッグニュースだぞ。

フランスの植民地(1947年の作品発表当時)だったアルジェリアのオラン市(フランス本国とは地中海で隔てられている)でペストが大流行し、ロックダウンされるという架空の物語だ。

登場人物は医師や神父、判事、新聞記者、小役人などさまざまな職業、さまざまな人生観、人間関係、思想をもった人びと。
孤立した地方都市の中で感染が広まり、ばたばたと人が死んでいく。
そんな中で、登場人物たちがそれぞれなにを感じなにを考えどう行動するのか、それを丁寧に淡々と描いた名作だ。

カミュの作品というとどうしても「不条理」ということばがキーワードになる。
これは20世紀前半のフランス文学界、思想界の問題意識と深くリンクしていて、当然のことながらこの作品をきちんと語ろうとすれば、そんな考察も不可欠であろう。
また、神や信仰も本書のテーマのひとつではあるけれど、一神教に馴染みのない日本人にはピンとくるまい。

だから今回はそんな話はしないよ。そう言った作品背景は無視します。

感染症が社会を襲う。
そのとき、人がなにを思いどう振る舞うのか。
また、人びと(我々~共同体)はどんな様相を呈するのか。

せっかくお家で過ごしているのなら、この作品を通してそんなことを考えてみるのも良いと思うのだ。

たとえば、我々は今、なにを怖がっているのか?
自分や家族が感染したり、自分が誰かを感染させてしまうこと?
仕事が成り立たなくなって一文無しになってしまうこと?
もちろんそれが怖いのは当然だ。
だがそれよりももっと怖いのは、終わりが見えないことではないのか?
そんな問題提起をきちんと冷静に考えてみる。

あるいは、医師リウーを通して、医療従事者の心のうちを、僕らも想像できるかもしれない。
パニック状態の人びとを脇目に、命じられた仕事を黙々とこなす小役人グランは、家で小説を書いている。彼には到底無理なのだけれど、本人的には出版社に「脱帽だ!」と絶賛されると信じているのだ。そんな人もいるかもしれない。
ペストで街が封鎖されたことでむしろ元気になったのがコタールだ。ネタバレになるのでここで詳細は書かないけれど、そんなひねくれ者の気持ちにも思いを馳せてみよう。
タルーが考え、目指すところの徳(あるいは西欧的な言い方をするならば真善美)には、現代にも通ずる深い洞察が潜んでいるのではないか。

考えよう。
行動は自主的に制限しなければならないが、考えに制約はない。
もっと考えよう。
我々はほんとうは、あるいはこの先になにを望んでいるのか?
単なる収束だけではないはずだ。

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