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『上の人』に急かされた話

また急かされてしまった。今回はかなりはっきり。

昨年末の冬至を越えてから、4回も「間に合わなかった」経験をした。

スポーツジムの最終入館時刻や映画館の上映スタート時刻に、繰り返し4回も「間に合わなくて」予定していたことができなかった。

これが意味するところは――警告だ。

「もしもし? 間に合わなくなりますよ。あなたがこの人生でやろうとしてきたことに今、着手しないと、間に合わなくてできなくなりますよ。いいんですか?」と、言われている。

1回や2回なら「年末年始営業になってることを忘れてたから」「家を出るのが遅れたから」と真っ当な理由を見つけて、ボケてる自分を笑って終わりにできたけど、4回も重なると……しかも、最後の2回は開始時間をちゃんと確認していたのに、なぜか平然と20分も遅れて行ってしまった。

ときどき『上の人』たちは、こういう形で私に大事なことを知らせてくる。

いや、もしかすると生まれる前に自分で「大事なことはシンクロニシティや不思議な直感によって知る」という設定にしてきたのかもしれない。ハイヤーセルフと話し合って「今回はそういう設定でいくからよろしくね」と、取り決めたのかも。

私は今までの人生の中でたびたび、そういう不思議な偶然やセレンディピティや、確信に近い直感に助けられてきたし、今も大きなことから些末なことまでいろいろと助けてもらっている。

え、ちょっと待って。ハイヤーセルフって何?

と思った方のために説明するが、私たちには誰でも「ハイヤーセルフ」とか「大いなる自己」と呼ばれる存在がついている。

それは過去生の自分も、未来生の自分も、今人生のパラレルワールドで生きている別バージョンの自分も、つまり「あらゆる自分」を統括している文字通り「大いなる自分」なのだそうだ。さらに「ガイド」と呼ばれる、今人生の自分をサポートしてくれる別人格の頼れる存在も、複数ついているらしい――ありがたいねぇ!

人によっては天使や精霊、亡くなったペットがついていることもあるそうで、私もイタリアの聖地巡りから帰国したときには「修道院にいた精霊を連れてきたね」とチャネラーさんに言われ、大三島神社に参拝した際には四国脱出を企てた狛犬さんのスピリットを背負ってきてしまったそうで、霊能力がある人に「降ろして」もらうまで、脳に異変がおきたのではないかとおびえるほどの頭痛が続いた。

私はいわゆる幽霊が見えるような霊感はまったくないけれど、目に見える部分はこの世界のごくごく一部で、一般的な人間が視認できない、知覚しにくい膨大で完璧な秩序を持った「見えない世界」があることは分かっている。

なぜ分かるのか、と尋ねらたら説明できないけど、子供の頃から空の向こうに絶対的な自分の味方がいる。その存在は目に見えないけど、常に完璧に正しい――と、なぜか思っていたのだ。

毎日のように犬の散歩であぜ道を歩きながら、裏山の木の枝に座りながら空を見上げて風の匂いを嗅いでいると、晴れていようが雲が出ていようが、大いなる何かが自分を守り、応援してくれていて「この世界は私のもので何だって自由にできるし、大地は私の味方だ」と感じた。

正直、自分がなぜそう感じるのか分からなかったけど、とにかく………満員の東京ドームのステージで、全方向から降り注ぐ温かい拍手を一身に浴びているような感じがして、とても気分がよいし心が満たされる。

「やあ、皆さん、ありがとう!ありがとう!これからも見ててね」と、空の向こうの皆さんに感謝しつつ、胸を張って歩き出す――そんな感覚をいつも味わっていた。

荒井由実さんの名曲「優しさに包まれたなら」にあるとおり「小さい頃は神様がいて 毎日愛を届けてくれた」のだ。

私が感じていた大いなる何かは、宗教を信じている人なら「神様」と呼ぶだろう。それは――申し訳ないけど――普通の人間たる両親が注いでくれた愛情をはるかにしのぐ、完璧で揺るぎない圧倒的な愛だった。

その後、10代になって忙しくなり、家庭の状況も激変して、私が空を見上げる機会はほとんどなくなった。ぼーっと空を見上げて見えない誰かと会話する時間がないし、現実社会のシステムに順応して生きていくだけで精一杯だったからだ。

当時の感覚でいえば、自分はそうすることを強いられていて、それ以外に選択肢がなかった。

しかし、無事に大人になって、なんとか自分で生活していけるようになり、適応するのが苦痛な環境を抜け出してから、再び目には見えない『上の人』の存在を感じるようになった。

そして、その存在のコミュニケーション方法がバリエーション豊かで、ウィットに富み、そのやり取りは言葉が通じない者同士のコミュニケーションに似ていることも分かった。

『上の人』は決して怖くない。いつも深い愛情と――不謹慎なほどの――笑いに満ちていて、とても寛大で完璧だ。ほんっとに頼れる。

このnoteでは、そんな私と『上の人』とのやり取りや、目に見えない世界と関わる中で気づいたことを、自由に綴ってみたいと思う。

あなたがもし、そういう話に興味があるなら、今これを読んでいるのも何かの縁と思って、ときどき覗きにきてください。

そうしてくれると、あなた……というより、あなたの『上の人』と私の『上の人』が喜ぶ気がします。

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