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スピリチュアル・エマージェンシーとは

~高き者のことば~

 私は知っている、私が九夜の間
 風吹きすさぶ樹に吊り下がり
 私自身の刃に傷つき
 オーディンに捧げて血を流し
 私自身をいけにえにして
 根はどこへ延びているのか
 誰も知らぬ樹に
 しばりつけられて

 誰も私にパンを恵まず
 誰も私に角杯を恵まなかった
 底知れぬ深みをうかがい
 私はルーンを発見した
 
 咆哮をあげ、私はルーンを掴みあげ
 気を失い、大地に落ちた
 
 私は健やかになり
 賢くなった
 成長し、成長を愉しんだ
 ことばからことばへと
 さらに、ことばへと導かれ
 業から業へと導かれた

      古代ノルド語「詩のエッダ」(西暦1200年頃)より

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先に書いた記事では、私の体験的な話になってしまい、
肝心の"巫病(神ダーリィ)"のこと、
それでは一体、"スピリチュアル・エマージェンシー"とは、
どういう状態のことを言うのか・・・?

・・・みたいな話が、お留守になっていました。先にそれを解説していれば良かったんですけども。どうも、この手の体験の最中というのは、自分の感情や起きている出来事にどっぷりと浸りきっていて、ナルシーなヒロイズムめいた感じ?と言いますか、自分に酔っちゃった人みたいな、自己中視点にいるものですから、ダメだこりゃって感じですね。

私自身の経験を通して言うなら、スピリチュアル・エマージェンシーは、
何段階かの段階があるようだと…今回のは4回目くらいなんですけど。

最初の段階の頃のは、現実と幻想の区別がつかない、お脳が「いっちゃってま~す!」人みたいになります。これがおそらく、一般的に知られる、まさに"巫病"で神ダーリィの状態だと思うんです。

たぶん、
巫病(神ダーリィ)=スピリチュアル・エマージェンシーというより、
巫病(神ダーリィ)⊆スピリチュアル・エマージェンシーで、
神ダーリィな状態は、スピリチュアル・エマージェンシーのごく初期の状態なんでないかと。

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完全なる「阿呆」というか、ヘンな人になってる状態って、人によっても差異があると思うんですが、なんて言うんでしょ・・・
年がら年中回線が開いてる状態になってしまうと言うか、つまり憑依されまくりと言うか、1日中チャネラー状態になるって、そんな感じです。

単なる霊感とか霊視とか霊聴状態を超えてしまって、三次元の世界と四次元の世界の区別が付かなくなって、過去が見えたり、未来が見えたり、色んなことが混線状態になってしまう・・・私の場合もそうでした。

言葉が聞こえたり、頭の中で色んな人や風景が見えたり、あの家はもうすぐ火事になるだの、この人もうすぐ死ぬとか、普通の人と死んだ人の区別が付かなかったり、とにかく混乱するんです。独り言ぶつぶつ言ってる気味悪い子供にもなるし。植物と話せるだの(妖精さん?)、とにかくヘンな子。

妄想といえばそれまでで、1日中幻覚見てるような感じになります。お酒も飲んでないし、ドラッグもアンパンもやってないのに、ラリッてるみたいにアパラパー。突然スイッチ入ってヘンなもの見えて、自分で考えたわけでも思ったんでもない言葉とかを口にする。

二回目も似たような感じでしたね。これは20歳位の頃でしたけれども。言葉が勝手について、聞かれもしないのにあれやこれや口走るし、気持ちの悪いものは見えるし、突然イメージ見てパニックに陥るし、とにかく精神的にも感情的にも不安定で、ヒステリーというか…感情過多で躁鬱病のような、今の私からしたら絶対に関わり合いたくない、「お友達になりたくない人」でした(笑)

一回目も、二回目も、不思議体験てんこ盛りでした。どんな経験かって、過去記事にも書いていますけれど。ホント、自分に何が起きているのか解りませんでしたもん。何が何だか解らないから、不安になるし、ジェットコースターに乗ってるように、次から次へと、ワケの解らないことばかり起きてて、混乱するしか無くて。当然、他人には理解してもらえないし、人に話したなら、「気が狂った」としか思ってもらえない。

自分は頭がおかしい人なんだと、悩むしかないわけです。体調もとにかく酷く、具合が悪くないときがない。起きていられないというか、しょっちゅう寝込んでいました。食事も出来ないときが多かったですし。来る日も来る日も死んだように、ひたすら寝ている。

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ワンネス体験や至高体験は二回目のときにありましたでしょうか。けれど、感情的に不安定なときで知識も無かったですし、精神的にも未熟なときに経験してしまったので、感動をしたと言うよりも怖かったです。それを体験している真っ只中においては至福に満たされているのですが。何が起きたのか…それが何なのか(現実なのか夢想なのか)、とにかく解らないので。

三回目はヒーリングの仕事をやる前でしょうか。これは今のと似ています。
とにかく壁にぶつかって、スランプになり、悩んでた頃。再び色んなものを見たり、感じたりするようになってしまって、全身の神経が剥き出しになってしまったかのように不安定にもなり。そうした体験だけではなくて、人としての試練、カルマのレッスンが大量にやってきたのでした。法則を体験させられたといいますか…

あと、肉や魚がこの時期は食べられませんでした。食べても、肉体が受け付けない。吐いてしまったり、臭いで気持ち悪くてダメで、全く何も食べなかったわけでは無いのですが、断食に近い状態が、約一ヶ月は続きました。不思議とお腹は空きませんでしたが。

いわゆる霊的な体験は、その後で一気に減りました。肉眼(目を開けた状態)で霊的な存在を見るとかは、もうありません。たぶん、そっちは私の道ではないし、あっちからしたら、そのような世界を理解させたり、信じさせたりする必要はないので、私にはこれ以上、起きなくていいことなのではないかと。

知ってるし、判ってるから、
体験的にそれを理解させられる必要がないということで。

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けれど、次元の低い存在。怖いもの、気持ちの悪いもの、を見なくなったこと。そうした存在に振り回されなくなったことで、日常生活が楽になりました。影響を受けなくなったのは本当にありがたいこと。確かにそうした存在が知覚できたほうが、仕事には便利ではあるのですが(笑)

今の四回目を考えると、起こることの質が変わってきたなあ、と実感しています。過去の体験と比べると、霊的で不可解な体験をさせられているわけでなく、現実的な問題に直面させられているので、きゃーきゃー騒ぐような、そんな代物ではないですが、それでも精神的にはごっつうキツイです。

うわっ、すごいイジメだなーみたいな・・・笑

霊的な成長を促進するためのお試しですが、痛いとこ付いてくるといいますか、兵糧攻めにあってるようなもの。自分の弱いところ、切り捨てるべき古い考え、価値観、これまでの慣れ親しんだ生き方を捨てることを要求され、これでもか、これでもか、と孤立無援に置かれるわけです。

ガイドさんとのコンタクトもない。独りで頑張んないといけないんです。
そっち側からのお助けはいっさいなし。(仕事や他人のことは別です)

孤立無援なので、疑心暗鬼にも陥るし。変われ、変われ、と促される。「死ぬ」ための「腐敗の時期」ですねー タロットカードで言うと、「吊るされた男」であり、「死神」のカードで表すとこの再生のための腐敗と死を要求される。

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出だしに引用した、「エッダ」のオーディンの姿は、苦行をしている「吊るされた男」の状態なんですが、これはまさに「シャーマンの受難」の状態であり、全能なる叡智(北欧神話ではルーン)を掴み取るためには、自分を追い込んで、それまでの古い自我を死なせる必要があるってことです。

弱い自分、余計なエゴイズム・・・たくさんの煩悩、小我、狭い視野、低い考え、負の想い、偽善、自己欺瞞、なんとでも言い表せますが、自分の中の負の部分、ダークな闇の部分を見つめて、それらを噛み砕いて統合し、捨てるものは捨て、新しい自分にならないと・・・です。

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スピリチュアル・エマージェンシーの最終段階は、そうした「何が何でも成長しろ!」とばかりに、強制的に古い自分の殻を脱ぎ捨てて、その上の段階にいける状態になることを強要します。

神ダーリィ、巫病は、霊性の発露であり、顕現ですけれど、顕現して、そのような見えざる世界を受け入れた後は、否が応でも、その先へその先へと、押し上げられるのですね。

まさに脱皮。

そういえば忘れていましたが、ちょうど、このカードの意味が、まさに
スピリチュアル・エマージェンシー、「シャーマンの死」について、
詳しく説明された解説であることを思い出したのでした。

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~略~ 
 ヒーラーになるための通過儀礼は、
 真のヒーラーとなる覚悟を決めた者だけが
 参加を許される、厳粛な秘密の儀式だ。
 通過儀礼を受ける者は、
 古い生き方とアイデンティティをそこで死なせる。
 それがシャーマンの死だ。
 この「死」を経た者でなければ、
 シャーマンと呼ばれ、人を癒す権利はない。
 この種の儀式では、肉体、思考、精神が過酷な試練に遭う。
 現代人の目に試練は虐待と見え、
 虐待の最中も本来のバランスを失わずに、
 通過できる人間などいないように思える。

 古くから伝わる通過儀礼の基本的な考え方は、
 シャーマン候補者が儀礼以前に身に付けた、
 自己概念を打ち崩すことだ。
 儀礼では肉体的な強靭さとサイキック(超常的)な能力が試され、
 感情的な傷が逆撫でされる。
 候補者が嘲られ、罵られ、唾吐かれるのはごく当たり前だ。
 試練の間中、彼/彼女は挑発に乗らず、
 謙虚に、また毅然としていなければならない。
 儀礼の最終段階で、彼/彼女は一昼夜、
 土に埋められ、翌朝古いエゴを落として再誕生する。

 亀の島(北米大陸)に住むネイティブたちは、
 これに似た「恐れの夜」の儀式を行った。
 「恐れの夜」では、
 シャーマン候補者は指示された場所に行って自分の墓穴を掘る。
 そしてこの母なる大地の子宮でたった独り夜を過ごす。
 墓穴の口は毛布で蓋をする。
 暗闇と、獲物を求めて徘徊をする獣たちの叫びとで、
 彼/彼女は自分自身の恐れに直面せざるを得ない。
 墓穴の闇はコウモリの洞窟の闇だ。
 頭を下にして吊り下がるコウモリの姿は、
 古い自己を捨て新たなる存在へと転換する象徴である。
 赤ん坊も、同じ姿勢で母親の子宮からこの世界に現れる。
 ~略~
 運命に抵抗すると、痛みが長引き、
 体力を消耗する往生際の悪い「死」となる。
 宇宙はいつだって、
 あなたが成長して望む未来を生きるよう求めている。
 それを実践するためには、
 「シャーマンの死」を死なねばならない

 by「メディシン・カード」ジェイミー・サムズ&デビッド・カーソン

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一回目と二回目は、霊的な体験をバンバンさせられたから、出口は「ああ。これだ」と、はっきり解ったというか、終わりもすごく解り安かったのですが、それ以降はイマイチ解りにくいのですね。

見たり、聞いたり、感じさせられたり・・・なときの方が、とても体感的な経験で状態であるので、解りやすかったんですよね。それが起きている最中は、廃人同然で、頭パニックですけれど、過ぎてしまえば、身体で経験したことって、頭だけでなく心にも、身体にも深く刻まれますから、忘れない。
例え、それが妄想だったとしても。

けれど、メンタルを、人間性を試されるようなことって、現実的な、生きるうえでの多くを含んでいますから、逃げられないというだけでなく、何処から何処までが試練なのか、カルマなのか、自分が原因で起きていることなのか、何なのか、境界線がイマイチ解らない曖昧なものです。

原因を辿っても、探しても、「無い」わけだから、
解決の方法、根本的原因を取り除く術が解らない。

何を求められているのか、そこだけは解るけれど。方向を確認する道具を取り上げられた状態のまま、迷路の中で立ち往生するしかないみたいな。目隠しされて五感を断ち切られた状態で、どうすれば良いのか・・・

まったく、そんな感じです。

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今はとにかく、まだまだトンネルの先が見えず。光明が見えかけて、「これかな?」と思っては、「あれ、何か違う・・・これも悪くないし、必要だけど違う」なかなかでない赤ん坊のよう。

今回めちゃくちゃ難産です。
分娩室に入って、数十時間経つのに、未だ・・・っていう感じ??

そして、私にとってもっとも痛いところ。弱いところ。
そこを堰き止められているので、もう何回お手上げしたでしょうか。

あ゛ーもうっっっ  絶対、上の人たちって、サドなんだと思う!!
(まあ、私もどっちかってっとSですケド)

い、いつ・・・終わるのかなあ・・・タメイキ

そして結局、自身の体験談になっちゃいましたね。ハハハ

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