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私にとって、絵を描くということとは。

私は、両親に反抗することが少ない子供だったかと思う。
反抗したくても出来なかったのだから。
誰かの怒声が苦手で、自分に無関係だったとしても遭遇すればとても怯えてしまう。
自分の考えや意見を発したくても、否定されてしまうと、その場はやりすごせても後でひどく落ち込んでしまう。
ましてや当時の母は声も言葉も態度も強く、5歳上の姉とよく衝突していたので、委縮して何も言えなかった。
反抗して否定されて責められるくらいなら、自分を押し殺して最大限従っていれば良い、自分以外の誰かが嫌な思いをすることもない。
自分さえ耐えれば丸く収まる。

自分をごまかして過ごし、高校3年生の秋の終わりに、とあることがきっかけで折れてしまった。
私は抑うつ状態になっていた。

勉強に部活やバイトで、絵を描くことから離れていた高校時代。
それから数年間は着ぐるみのバイトをしてみたり、リネンのバイトをしてみたり、コンビニのバイトをしてみたり。
けれどどれも、すぐにストレスが身体的不調に表れて辞めざるを得なかった。最終的には、面接会場に到着する寸前でひどい動悸や冷や汗で足が進まなくなって帰宅した。今思えば、軽いパニック状態になっていたのだろう。
それほど、「働く」ということが難しくなっていた。
そんな矢先。
ふと「手書きブログ」というものを発見し、なんとなく開いて様々な人のイラストや漫画に触れたことから、私の「絵を描きたい」という衝動が揺り起こされた。

世間一般で言われているような「普通」ではない。
自己表現すらままならず、自身に価値はないのだと負の感情に浸かっている。
それでも、絵の世界は自由だ。

ペンタブという存在を知り、衰えた体力では少し遠い電器屋に買いに走った。

私が絵に込めた声は、誰かに届いている。
生きていることを許されたような気がした。

あれから10年以上経った今も、私は絵を描き続けている。

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