2xxx年のピンボール

「これより、千葉国を征服し帝都東京の完全なる植民地とする。異論はないな?」

 東京王、山田敏郎が会議でそう宣言した時、首を横に振るものは一人もいなかった。それは決して山田が強権的な専制君主であったとか、そう言った理由からではなく、どちらかというと、会議に参加していた全員が、いつか誰かが言ってくれるのではないかという期待をしていたことが理由だった。

 天皇を頂点とする日本連邦が成立してしばらくの時が経った。もともとは主権概念を適正化するための行政的な区分けの再編にすぎないものだ、と言われていたのだが、まやかしが解けるのは存外早く、数年もしないうちにそれぞれの領邦の中でクーデターが発生し、少なくない領邦が王国として自治権を宣言した。

 東京国と千葉国も例にもれず、それどころか皇居を擁する東京国は半ばそれを盾に、自らを帝都東京と名乗り、日本連邦全域にまたがる支配権を確立すべく覇道を進んでいた。

 どこから集めたのか、東京国の常備軍は国家改組前の自衛隊をはるかにしのぐ練度、士気を有し、周辺各国に対して大きな威圧を与えていた。

 そう言ったこともあって、今回、千葉国を征服するべく決議がなされたのは、決して東京王山田の気まぐれや傲慢ではなく、寧ろ計画された覇道のその端緒であり、誰もが予想しえた開戦であった。

「それにしてもさ、皮肉だよな」

 大槻はそう呟いた。民家を模した施設の壁に背をつけ、ライフル銃を抱きかかえる。ドイツ風のその施設は、とうに閉演されていたのだが、誰も引き取り手がなく、しばらくのあいだ放置され、すっかり廃墟と化していた。地図を確認する。出版業者は東京国に集中していたこともあり、東京国の王政化後は出版業が各国で成り立たず、電子書籍が主となったのだが、大槻が持っていた地図のデータは更新されておらず、国家再編前のものだった。

 東京ドイツ村(千葉県)。

 そう表示された文字列は、まさに大槻の嘆いた皮肉そのものであった。 

「お前たち、プライドはないのかよ」

 半ば冗談めかしてそう言われることが多かったのだが、実際、千葉県は自らを千葉というよりも、東京として自認していたのではないかと思われる事象が多々あった。

 東京ディズニーランド。今や撤退してしまった国際的巨大テーマパークは、その名に反して千葉にあった。

 東京国際空港。もちろん千葉だ。

 東京ドイツ村。大槻たちが今隠れ家としているその廃墟も、もともとは、千葉県のある種での観光名所であった。

「そういうこともあって、東京は、というか、山田は、千葉をまず征服したがってるんじゃないの」

 上月はそう言って自嘲的に笑った。

 園内を巡視して、誰かまぎれていないかを確認した後、大槻と上月のセルは、集合場所のバーに向かった。

「やっぱりね、もう亡命しちゃう方がいいと思う」

 バーテンのまねごとをしながら築地はそう言った。

「でもさ、やっぱりさ、負けた、ってのは気分が悪いんだよな。あっ、落ちた」

 大槻は、ピンボールをしながら呟いた。

「あんた、それ、好きよねえ」

 上月は半ばあきれながらそれを見守る。

「子供のころ、よくここに遊びにつれてきてもらってさ。このゲーム、好きだったんだよね」

 大槻は諦めずに硬貨を投入し、再びボール射出権を得る。

「まあ、いいさ。私たちは、あんたについていくって決めたんだから、あんたが戦うっていうなら、私たちも戦う。それだけ」

 築地はそう言って、シェークを終わらせたカクテルを差し出す。大槻は受け取るとくい、と飲み込む。強力なアルコールが体にしみわたり、心地が良い。ふらり、と体が傾く。あれ、と大槻は思う。俺、こんなに酒に弱かったっけ。

 足を踏ん張ることができず、そのまま倒れそうになる。ピンボール台につかまると、しかしそれも体重を支えきれず、もろとも倒れる。がしゃん、と音がしてガラスが割れ、ボールが転がり落ちてきた。

「あのさ、あたしたち二人で考えたんだよ」

 上月は静かに大槻を見下ろす。そしてふう、とため息を吐く。

「やっぱりさ、過去にいつまでも拘泥していてもしょうがないんじゃないかなって。確かにあたしたちはあんたに助けてもらった。でも、折角拾った命だ。やっぱり、捨てたくないよ」

「そういうことでね、あたしたちは悪いけど、失礼するわ」

 築地も併せる。

「まあ、あんたを売ろうとか思ってるわけじゃないし、死ぬなら勝手に死ねばいいと思うけど、死ななかったら、それはそれでいいな、とも思う」

 そういうと上月は首を振り、築地に合図を送る。築地はすこしだけ申し訳なさそうな顔をして、「食料、まだ下にだいぶんあるから。ちょっとは、あたしたちが持っていくけどね」と大槻に言った。

「さよなら」

 そう上月は言うと、静かにバーを後にする。大槻は撃ってやろうか、とも考えるが、体が動かない。しばし、彼女らに対する怒りの情念に曝された後、ふう、と息を吐く。どうせ、ひとりで始めた戦いだ、また、ひとりに戻っただけだ。ここであきらめるようでは、そもそも戦士として失格ではないか、と自らを叱咤する。体のしびれが取れたころ、彼は立ち上がる。ピンボール台を起こし、しばらく考えてから、まずはいったん、拠点を変えようと、元東京ドイツ村の廃墟を後にした。

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