見出し画像

個人の問題を社会化するための技術的探索-マクロソーシャルワーク論文を補助線にして-


1.はじめに

日本社会福祉士会から、マクロソーシャルワークについての書籍が刊行された。

援助技術としてのマクロソーシャルワークは、それが援助「技術」である以上、それは言語化し伝達可能なものであるという前提に立ち、上記を読む前のタイミングで、自身の経験から言語化した(N=1)ものを、書き記しておき、比較しながら読みたいと思い本稿を記した。

_________________________________

2.メタ実践モデル

マクロソーシャルワークについて言語化する際、その土台として、故 関西学院大学の石川久展先生の論文【わが国におけるミクロ・メゾ・マクロソーシャルワーク実践の理論的枠組みに関する一考察】において提示された「メタ実践モデル」が参考になるので、紹介したい。

「メタ実践モデル」は、PDCA(PLAN-DO-CECK-ACTION)サイクルをベースにし、実践を決定する材料を収集し、判断する ASSESSMENT を PDCA の前のステップにおく。これにより、A-PDCA サイクルとなり、ワーカーが A から P へのプロセスの中でミクロ・メゾ・マクロ実践のどれを採用するか、その枠組みを示すことになる。

メタ実践モデルは、ある事象と関連情報をもとにして、ミクロ、メゾ、マクロ、どの実践を展開するかどうかを意思決定する上で、「アセスメント」を冒頭に置くモデルである、と理解した。

架空の事例だが、ソーシャルワーカーとして、高齢者の孤独死という出来事に直面し、地域や社会の構造を変える必要があると考えたとしたとき、「発見が遅れた」という事実に対して、「地域における見守り人員の強化のために民生委員との連携を強化する」といったような対策が出るかもしれないが、当該地域においてそのほかの孤独死に至った高齢者の方たちに、「介護保険サービスの打ち切りによってヘルパーの訪問が無くなっていた」という共通のエピソードが見られたとき、なぜ介護保険のサービスが打ち切られたのかという問いが生じるかもしれない。そして、その問いによって、地域の産業構造や介護保険サービスなどの制度の構造や変化に目を向け、それらを実践対象にしたアクションを展開することになるかもしれない。

上記の例のような場合に、「メタ実践モデル」において、アセスメントからはじめ、その上でミクロ、メゾ、マクロ、どの実践を展開するかどうかを意思決定する、というロジックは納得感がある。

必ずしもクライエント個々の問題の解決に取り組むミクロ実践からスタートするとは限らない。個別の問題も含めた地域における共通問題や社会問題などの諸課題があり、それに対してワーカーがミクロ・メゾ・マクロのどのレベルで実践を行うか、それを決定するためには的確な情報収集とそれに基づく判断が求められる。これがASSESSMENT の段階である。なお、ここでいうASSESSMENT とは、援助過程におけるいわゆるアセスメント(事前診断)とは異なり、あくまでもミクロ・メゾ・マクロ実践のどの範囲に取り組
むかを決めるために行う問題や課題の情報収集という意味でのASSESSMENT である。

納得感はありつつも、上記石川論文にある「個別の問題も含めた地域における共通問題や社会問題などの諸課題があり、それに対してワーカーがミクロ・メゾ・マクロのどのレベルで実践を行うか、それを決定するためには的確な情報収集とそれに基づく判断が求められる。これがASSESSMENT の段階である」という点が、「メタ実践モデル」を採用する際の難しさであるように思う。

ミクロ実践からメゾ、マクロに実践を展開する際、当然、介入焦点仮説の数や仮説同士の関係性などが増加するため、介入の焦点となる仮説が10個出された場合、その仮説の中から介入対象をより絞り込むためには、社会なるものを構成する要素について広く・深く理解することが必要になるからだ。

石川論文では、「メタ実践モデル」における「ASSESSMENT」の詳細については触れられていないが、本稿は、「クライエント個々の問題の解決に取り組むミクロ実践からスタートするとは限らない」にしても、「クライエント個々の問題」からはじめる=「ひとりのクライアントからはじめる」ことが「メタ実践モデル」において、ミクロ・メゾ・マクロ実践のどの展開を行うかという判断(ASSESSMENT)を助ける、という立場をとる。

以降、上記立場に立った上で、論を展開していきたい。

___________________________________

3. ひとりのクライアントからはじめる

通常、ケースワークはクライアントと共に「これから先の未来の生活」について取り扱う。生活歴を丁寧に聞き取らせてもらいながら、そのプロセスにおいて、その方の大切にしている価値観などを教えてもらいながら、未来の生活について一緒に考え、必要な手立てを提案したり、手助けをしたりする。

「現在」は、「過去」の延長線上にあると考えたときに、クライアントが現在に至った「過去」のエピソード(生活歴)に、メゾ・マクロ実践の介入焦点のヒントがあると考えることもできる。

「ミクロ」を「顕在化した問題に対処的な関わりを行うこと」、「マクロ」を「問題を生じさせる原因に関わること(未来のクライアントの出現を封ずること)」、といったように、川の上流か下流かのようなメタファーで表現したとき、川の上流にアプローチするためには、クライアントが現在に至った「過去」のエピソード(生活歴)を活用させてもらい、より精緻な介入焦点仮説を設定していくことが必要になる。

私はここで、氷山モデルの活用を提案したい。
以下の図は、救急搬送された患者さんたちの個別の問題に関わるプロセスにおいて、教えてもらった生活歴などをもとに作成した氷山モデルの例である。

図1

「出来事」に記されているお金の問題や住まいの問題は、解決・軽減に向けてソーシャルワーカーが介入するミクロ実践の対象となるが、「出来事」レベルの介入対象から、パターンや構造に目を向け、介入焦点仮説を見出すことが、メゾ、マクロへの実践(個人の問題を社会化する)展開の入り口になる。

__________________________________________________

4. 複数のクライアント間の共通項(パターン)をみつける


お金の問題や住まいの問題を抱える複数のクライアントの生活歴を伺う中で、「共通項(パターン)」を見つけるということは、生活歴から複数のクライアントに共通したエピソードを抽出するということである。共通のエピソードの抽出において、日々現場で使用するフェイスシートやケース記録は、これ以上ないデータになる。

現場1年目の頃、東京都が主催する研修で厚労省の官僚の方の講演があった。その際にその方が言っていた言葉がある。

「皆さんが医療、福祉の現場で関わられた方が抱えておられる課題や地域の課題を記録し、東京都や国に伝えてください。複数の機関において、同様の課題が見られるのであれば、それは東京都や国で扱うべき課題を考える際の材料になります。」

上記は、本稿の文脈に引きつけて言えば、「複数名のクライアントに共通したエピソードを抽出する」ことであり、それが、メゾ・マクロ実践を展開する判断の根拠となる、ということであったように思う。

__________________________________________________

5. パターンを固定化させている構造を整理する

共通のパターンを介入対象に設定することもできるが、ここでは、もう一段上流へのアプローチを行うために、複数のクライアントに共通のエピソードとして出現しているパターンを固定化させている構造をとらえることについて考えたい。

図1

パターンを固定化させている構造を整理するには社会のさまざまなシステムに関する知識が必要になる。システム思考における「構造」を捉えることを助ける思考ツールとしては、ループ図などがある(以下リンク先を参照されたい)

個人的には、パターンを固定化させている構造に着目する上で、さまざまな社会のシステムが持つ排除性に目を向ける必要があると考えている。

家族、学校、コミュニティ、住まい、仕事・会社(労働市場)、制度などが、どういった排除性(どのような場合に、個人をシステムの外に排斥しようとするのか)を有しているのかを見ていくことが、パターンを固定化させている構造に着目することを助けてくれるのではと思っている。この点については以下リンク先に詳細を記したので参照されたい。

__________________________________________________

6. プランニングに耐えうる介入の焦点を定める


冒頭紹介した、石川論文の以下の点について、再掲する。

個別の問題も含めた地域における共通問題や社会問題などの諸課題があり、それに対してワーカーがミクロ・メゾ・マクロのどのレベルで実践を行うか、それを決定するためには的確な情報収集とそれに基づく判断が求められる。これがASSESSMENT の段階である

上記における「ミクロ・メゾ・マクロのどのレベルで実践を行うか、それを決定するためには的確な情報収集とそれに基づく判断」=ASSESSMENTを行ったのち、次のステップとして、判断し、介入焦点として定めた対象自体をアセスメントする必要が出てくる。

そのため、「メタ実践モデル」の「A-PDCA サイクル」における「ASSESSMENT」は、「①ミクロ・メゾ・マクロのどのレベルで実践を行うか、それを決定するための判断」と「②定めた対象をより精緻に見立て、介入の焦点を定める判断」の2段階方式であるということができるかもしれない。(②については筆者の見解である)

「①ミクロ・メゾ・マクロのどのレベルで実践を行うか、それを決定するための判断」と「②定めた対象をより精緻に見立て、介入の焦点を定める判断」を2段階方式であると仮定したのは、①と②における必要情報の粒度や量の違いを理由とした。

「②定めた対象をより精緻に見立て、介入の焦点を決定する」段階においては、介入焦点として定めたパターンや構造に関するリサーチを行う(論文、書籍など)ことが重要であると考える。この段階においても、氷山モデルはある一定活用することができる。

冒頭のネットカフェから救急搬送されてきた患者さんたち複数名のエピソードをもとに整理した氷山モデルを示したが、以下は、冒頭の氷山モデルにおける「構造」である「申請主義」を「①ミクロ・メゾ・マクロのどのレベルで実践を行うか、それを決定するための判断」の結果定めたのち、2段階目のアセスメントにおいて、申請主義によって生じる出来事をもとに、氷山モデルを援用してまとめたものが以下の図である。

画像3

ここまでくると、介入焦点仮説の粒度(大きさ)がある程度具体的になり、その後の実践展開であるプランニングに耐えうるようになる。

粒度が大きすぎたり、抽象的すぎると、プランニングの内容も抽象的にならざるを得ない。それを防ぐためにも、「①ミクロ・メゾ・マクロのどのレベルで実践を行うか、それを決定するための判断」と「②定めた対象をより精緻に見立て、介入の焦点を定める判断」の2段階方式であることが、実践展開においては有用であると考えた。

__________________________________________________

7.おわりに

本稿では、「個人の問題を社会化するための技術的探索」と題し、石川論文で提示された「メタ実践モデル」のA-PDCA サイクルにおける「ASSESSMENT」において生じる困難を軽減する方法として、以下3点について述べた。

・ひとりのクライアントからはじめる=クライアントから教えてもらった過去の生活歴を材料とすること

・複数のクライアントから聴かれた生活歴を材料にして共通のパターンや構造を見出すこと

・A-PDCA サイクルおいては、「ミクロ・メゾ・マクロのどのレベルで実践を行うか、それを決定するための判断」と「定めた対象をより精緻に見立て、介入の焦点を定める判断」の2段階方式を取ること



最後までお読みいただきありがとうございました。
引き続き、実践と、言語化のサイクルを回していきたい。次稿では以下の展開について述べていきます。


・介入の焦点として定めた仮説に関するステークホルダーを洗い出す
・ステークホルダーへのヒアリングや議論の場を設ける
・アセスメントの内容は常時更新発信し、多くの人がアクセス可能なインターネット上などで公開しておく
・介入の焦点となる仮説ごとに適切な実践主体(乗り物)を選定する
・選定した実践主体(乗り物)各々における自身の役割を規定する



法人事業や研究に関する資金として大切に活用させていただきます!