マガジンのカバー画像

怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁

48
いまだ余所者を受け入れない風習が根強く残る孤月村。その孤月村の名家である 利蔵家に町から嫁いできた雪子は 利蔵家に因縁のある曽根多佳子という女の存在に脅かされる。多佳子のことを調…
運営しているクリエイター

2024年5月の記事一覧

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第1話

第1章 村祭りの夜のできごと1 村の嫌われ者  その日は、孤月村でおこなわれる、夏祭りの夜であった。  祭りといっても、出店が並び、花火を打ちあげるといった派手なものではなく、村の空き地に櫓を組み、集まった村人が好き勝手に飲み食いをしながら、歌をうたい踊るというお祭りである。  赤い提灯が揺れ並ぶ櫓の下でめかし込んだ村娘が、一人の若者を囲んではしゃいでいる。  その華やかな集団を、曽根多佳子は祭りの会場から離れた木の陰にぽつりと立ち、食い入るように見つめていた。  彼女の

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第2話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと2 腐った弁当 「旦那様、あの……」  障子の向こうから聞こえる下男の声に、利蔵はうんざりとしたようにため息をつく。  時刻は七時前。  今日も多佳子がやって来たのだ。  下働きの男に追い返せ、と怒鳴りつけたくなるのをこらえる。  いったい、今日は何の用でやって来たというのか。 「今行く」  乱暴な口調で答えると、下男は怯えたようにすごすごと引き下がった。利蔵はばつの悪さを抱く。  使用人に八つ当たりをしても仕方がないことだ

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第3話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと3 閉ざされた村に嫁ぐ  「雪子が、あんな立派な地主様のところへお嫁にいくだなんて、神様に感謝しなければいけないねえ」  雪子は苦笑いを口元に刻み、神棚に向かって手を合わせる母の背中を見つめていた。  雪子の結婚が決まって以来、母はこんな調子で機嫌がよい。  心から娘の結婚を喜んでいるのだ。 「行き遅れた娘をもらってくださる方がいるなんて、本当にありがたい、ありがたい」  雪子は今年で二十四歳になる。  すでに周りの同級生や

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第4話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと4 先のみえない不安  足の裏に冷えた廊下の感触が伝わる。指先が凍えそうなくらい床は冷たく、屋敷内の空気も、ぴりぴりと肌を刺すようであった。  玄関から右に回り込むようにして廊下を渡る。  古い家だからかしら。  本当に嫌な気配。  そんなことを思い、雪子は世津子の後に続く。  右に左にと迷路のような廊下をいくつも曲がっていく。  縁側沿いには、見事な庭園が広がっていた。  屋敷は広く複雑な構造で、そして、変わらず重苦しい雰

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第5話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと5 夏祭りの準備  翌日、夜明けとともに目覚めた雪子は、身支度を調え主屋へ向かった。  実家にいる時はまだ眠っている時間だが、嫁ぎ先ではそうはいかないと思い朝早く起きたのだ。しかし、台所に行ってみると、使用人たちはすでに忙しく動き回っていた。 「おはようございます」  使用人たちに挨拶をするが、皆ちらりとこちらに視線を向け、形ばかりに頭を下げるだけ。  そこへ、昨夜の女性が膳を手にやって来た。 「雪子様、朝食でございます。こ

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第6話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと6 多佳子の執着  多佳子に会うのは気が進まなかったが、重箱のこともあるので、そうも言っていられない。  一日でも先延ばしにすれば、決心が鈍り、そのままずるずると多佳子に会うのをためらう恐れもある。  そう思った利蔵は、心を決め彼女の家に出向くことにした。  庭仕事をしていた下男に、それとなく多佳子の家の所在を確認する。  多佳子の家は村はずれの北西にある、共同墓地の近くだという。  夜になるのを待ち、利蔵は多佳子の家に向か

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第7話

◆第1話はこちら 第1章 村祭りの夜のできごと7 訪問者と枯れた椿  夏祭りが終わり、それから数日がたった。  ここへ来た当初、世津子に屋敷のしきたりを覚えていくよう言われた雪子であったが、やっていることは使用人に混じり、屋敷内の掃除やお使い、食事の下ごしらえなど、雑務ばかりであった  とにかく、朝から晩まで働きづめで、嫁とは名ばかりの、給金のいらない使用人のようなものだ。  とはいえ、何もせず一日を過ごすよりは、身体を動かしている方が精神的には楽ではあったし、実家に

『怨霊が棲む屋敷 呪われた旧家に嫁いだ花嫁』 第8話

◆第1話はこちら 第2章 押し入れにひそむ多佳子1 わたしがたくさん産んであげる   季節は移り、そろそろ秋の気配を忍ばせようとする頃。照りつく夏の日射しも心なしか和らぎ、過ごしやすい季節となった。  緑一色だった山々も赤や橙色に色づき始め、人々の目を楽しませた。  山間の秋は短く、またたく間に厳しい冬がやってくる。  彩りの季節も、やがて冬一色に塗りかえられてしまうのは間もなくだ。 「屋敷にはもう慣れましたか?」  利蔵は許嫁をともない屋敷の庭園を散策していた。