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初恋 第11話 

 真夜中を過ぎて、ようやく興奮がおさまった僕は、うとうとした。しかし、それは長く続かなかった。誰かが僕の体を持ち上げて運んでいる感覚。でも僕は眠くて目を開けられなかった。どこかへ運ばれていく振動が眠りの中に入り込んで来た。果てなく続く長いトンネルを通っているようで。僕はだんだん我慢できなくなってとうとう目を開けた。

 車は暗い夜道を走っていた。隣で母がクスリと笑った。目をぱちぱちさせると、状況が飲み込めてきた。夜明けの道路。まだ星が光っていた。
「朝早く着かないと見られないらしい」
 父が囁いた。
「何を?」
 と言いかけたのと同時にあくびが込み上げて、僕の質問は空中分解した。

 ツアーの三日目。靄の中を車は疾走する。草原の中を暫く走って、バスは大木の陰で止まった。早朝。目の前に湖が広がっていた。車のエンジン音が消えると、急に静かになった。今日はやけに暑いな。頭がぼうっとしていた僕は、湖面から微風が流れて来て少し楽になった。目覚ましのつもりで両耳を前後に動かして、ほんの少しだけ耳の感度を上げた。(耳の感度を上げるのに初め、目を閉じていたが、練習するうちに両耳を動かせるようになり、それが切り替えスイッチになった。)

木の葉がそよぐ。湖は視界に入り切らなかった。その背景に樹々の緑と空の青。そしてゼブラの形の雲の白。みんな一つになって何かを待っているようだった。やがて風景全体を照らす朝の光が少しだけ弱まった時、湖面が揺れるように見え、一斉に炎が——水面の至る所で火山が噴き上がるように——上へ伸び……それは全てが薄いピンクのヴェールでできていて、見えない手でそれを持ち上げるように世界をピンク色に染めていった。

魂のざわめき。無心に。壮大で。重なって。翼が伸びて。音のないドラムが彼らの本能を放射状に広げ……空間が歪むほど震え……僕は夢を見ていたのか? 否! 夢じゃない! 父と母と一緒に三人でそれを見ていた。フラミンゴの飛翔。それは命の咆哮であり命の色の競演であり全体が一つの生命の宣言だった。誰も何も語らずただ見つめていた。この光景の前では言葉は無力だった。

 ピンクの壮大なカーテンを背景に僕達はジョンに写真を撮ってもらった。そして、クレジオとアメリはメアリーに二人のキスシーンも撮ってもらっていた。
彼らはいろんなアングルで撮るよう彼女に指示していた。
 最後にメアリーが高音の早口で、
「どうせすぐ別れるだろうけどね」
 と呟くのを僕は聞いてしまった。僕がぷっと吹き出したのをメアリーは怪訝な顔で見た。

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