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初恋 第23話

 翌日、ルイスは僕を連れてラメラの家に謝罪に行った。ラメラの母親がすぐに帰宅しなかったら、僕は危ないところだったらしい。僕はお小遣いを召し上げられて花瓶と額縁の代金を半額弁償させられた。ラメラの家に訪問禁止のおまけ付きで。(なぜかピーターは許された。)それから不本意だけど、ピーターと仲直りの握手をさせられた。

夜、僕はラストに愚痴を言った。
「君の言うとおり、彼女と付き合おうとしたらこのざまさ。どうしてこんな目に?」
 ラストは前足を頭の後ろで組んだまま僕を見ていた。笑っているのか? 表情が読めない。猫だから。僕は気持ちがまだ治まらなかった。
「何か言ってよ。なぜピータなのさ? ラメラとあいつが一緒にいたなんて許せない」
「ピーターだって謝ったのだろう? それで良いじゃないか」
「あいつが喧嘩を始めたんだよ。悪いのはあいつなんだ。僕のドーナツを横取りして。それにラメラだって僕の味方だと思っていたのに」

 悔しさが込み上げて涙が溢れた。ラストは僕の手に前足を乗せて言った。
「付き合ってみないと分からないさ。どんな人間かは。もし、行かなかったら知らないままだっただろう?」
「そりゃ、そうだけど」
「忘れちゃえば? でも一つ賢くなっただろう?」
「何が?」
「ドーナツはもう一個いるってこと」
 僕はカッとなった。猫を放り出そうとしたが、一瞬早く彼は飛び上がって消えた。 
「猫に人間の気持ちなんて分かる訳ないよ!」
 僕は叫んでいた。それからしばらくラストは姿を消していた。

嫌な事は続くものだ。ある日、学校から帰ると僕の知らない人物がいた。ルイスは嬉しそうにしていた。
「マークよ。ラストと同じ大学の先生」
 顎髭の濃い黒髪の精悍なその人は僕に微笑んだ。彼はルイスと同じ位の年齢に見えた。
「あなたに話があるの」

 僕は憂鬱になった。マークとルイスは付き合っていたのだ。そして、僕の家に住むことにしたらしい。僕は好きになれなかった。父とは全然雰囲気の違う彼を。僕の父はラストだけのはずだ。ラスト以外の人間が父の書斎を使うなんて考えられないし、ラスト以外の人間が毎日母と僕の三人で食卓を囲むなんて許せなかった。

どうしたら良いのだろう? 僕は猫が戻ってくることを願った。心の中で呼びかけてみた。僕の話を聞いてくれよ、ラスト! 君以外にこんな話はできやしない。机の前で僕は毎日祈った。すると、僕の気持ちが通じたのか、彼はふいっと現れ、相変わらず、頭の後ろに二本の前足を組んで座っていた。

「浮かない顔だね」
「ごめん。この前は言い過ぎたよ。君は猫じゃない。いや、猫だけど猫じゃない。僕の友達で父さんみたいな存在なんだ」
 ラストは僕の手に前足を乗せた。
「そう思ってくれると嬉しいね」
 僕はマークのことを話した。
「マークとは一緒に住みたくないけどルイスは好きみたいだし……。どうしたら?」
 と言いつつ、僕ははっとした。ラストと僕は同時に頷いた。

「そうさ。そうしたら?」
 付き合ってみなければ分からない。確かにラストが言ったとおりだ。つまりは、やってみなければ分からないということなのだ。何事も! 上手く行くかどうかは! 僕自身もラストに教わらずに発見したことがある。それは想像すること。僕がラメラに恋したようにルイスもマークに恋したってこと。人間だから。ピーターも、僕がラメラを好きになる前にラメラに恋していたってこと。残念だけど! 

世界は想像でできている。ひょっとして僕がラストと話せるのは、他の人間は猫と話せるなんて想像もしないのに僕がそう思わなかったから? それとも僕が猫と同じ高い周波数の声を聞き取れる特別な存在だから? そのどちらか、あるいは両方だろうな。僕は心が軽くなった。

僕は母に同意した。マークが僕達の生活に溶け込もうと努力しているのは分かったし、マークの気持ちも想像できたから。僕は、彼に学校生活のことをありのままに話し、気分が盛り上がった時にはハグし合った(いつもとはいかないけど)。ただ、ラストのことは秘密だった。だから毎夜、僕が一人で机に向かってぶつぶつ言いながら、どんどん数学の問題を自力で解いて行くのを見て「天才」と言うしか無かった。

飛び級のテストが近づいていた。
 

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