私が日本のテーブルトークRPGについて学んだ10のこと (翻訳)

* 本記事は海外のTRPGサイトである「Gnome Stew」に掲載されたDi.氏の記事を、許可を受けて翻訳掲載したものです。下部記載のリンクもあわせてご確認ください。

本文

この疫病の時代、実生活で遊ぶゲームのほとんどが実際に対面できないことで大きな影響を受けていることがわかってきています。私はそういったゲームから少し疎遠になりつつあることを自覚しながら、それでもアニメやマンガに夢中になり、日本製のエンタメを探す日々を送っていました。

ここ数週間で、アニメにインスパイアされた北米製のTRPG「Big Eyes Small Mouth(BESM)」の第4版、そして日本で人気のTRPG「シノビガミ」の英訳版が矢継ぎ早に出版されました。これがきっかけで、私は日本の卓上型ゲームのコミュニティはどのようなもので、どんなゲームをプレイしているのか、興味を持つに至ったのです。

素晴らしい世界への入口を開いてしまったようでした。

とはいえ、私は実際の日本のTRPGを(日本語で)プレイしたことはなく、他の人から間接的に聞いただけです。これ以降、私が"日本のTRPG"と記載している部分は、日本の開発者により開発された日本製のものが、後にこちらで翻訳されたものを指していることに留意してください。もしあなたがそういった英訳されたものを探しているなら、以下のようなものがあります。「メイドRPG」「りゅうたま」「ダブルクロス」「天羅万象・零」 翻訳版発売予定の「神我狩」、そして先日リリースされた「シノビガミ」などです。(もしあなたが"Double Cross—Infinity Code"の実物を持っているなら連絡をください)そしてこれらのシステムそれぞれについて、デザインの方向性の違いだけでも目を見張るものがあると言わざるを得ません。

ただし、この記事では上記の各システムについて具体的には取り扱いません。理由の一端として、一冊の本を見ただけで「これが日本のデザインだ」という大まかな判断をしてもあまり意義はないからです。もう一端の理由は、この記事は個々のゲームというよりも、日本のTRPGに関連した文化的な成果を探求するためのものだからです。

1.「テーブルトップ」ではなく「テーブルトーク」

理由は定かではありませんが、日本では紙とペンで遊ぶ卓上のRPGのことを「テーブルトークRPG」(略してTRPG)と表現します。これはどうやら、人々が卓上でどのように話すかがゲームの主眼である、ということを指しているようで、卓上ウォー・シミュレーションゲームを起源とするChainmail/Dungeons & Dragonsと比較して、初期のTRPGの多く(クラッシャージョウやスタートレック)が、より心象の劇場、会話劇を指向していたことによるものと思われます。

2. 日本では「クトゥルフの呼び声」TRPGが最も人気

これを知った時、個人的にかなり驚きました。多数の日本語書籍やサプリメントの写真が以下にあります。
[1] https://imgur.com/a/EmFjq7d
[2] https://imgur.com/a/L76LU
公正を期すための注意事項ですが、2番めのリンクにはラブクラフトのホラー的な表紙画像と並んで、アニメ的なかわいい少女の画像も含まれています。どちらも同等に恐ろしいものだというのが私の想定です。

この人気は2007年の「クトゥルフの呼び声」の非常に人気のあるリプレイ(もしくはプレイの再現)に端を発しているようです。日本での「クトゥルフの呼び声」は、ここ北米での「Dungeons & Dragons 第5版」のような重要な役割を果たしたと言えるでしょう。

3. 日本でのTRPG書籍はマンガと同等サイズでの出版が一般的(実際にマンガを含むものも)

Youtubeの"Don’t Stop Thinking"チャンネルの動画
「D&D VS Japan’s Top TRPG(with Andy Kitkowski)」
https://www.youtube.com/watch?v=Dmqxjnflwf0 (5:05)
で見られるように、多くの日本でのTRPG書籍はあなたが見慣れた11×8.5インチのハードカバー書籍ではなく、概ね7x5インチのサイズでの出版となっています。これは通常、ほとんどの書籍出版社が印刷する本のサイズであり、大きな版型は棚で収納、管理しづらいことが多い中、特にストックがしやすい書籍形態です。

このサイズでも依然として他のRPG書籍と同等の情報量が必要なので、
"コア・ルール"として400から500以上のページ数になる傾向があります。後に発刊されるサプリメントが代わりに100から200ページのものとなるのが一般的なようです。

ほとんどの日本製TRPGがマンガと同等サイズであるだけでなく、「リプレイ」といわれる実際のセッションやキャンペーンがどのように行われたかを詳細に記録したものも含まれているのが一般的です。こういったものの表現にテキストだけを使った書籍もいくつか聞いたことがありますが、「ソード・ワールド」や「シノビガミ」などの人気のゲームの多くは、マンガ形式での表現を含んでいるものが普通になっています。遊び方を教えてくれるゲーム自身の紹介ページさえマンガ形式であることが多いです。

4. 「リプレイ」形式はTRPGの主要コンテンツ

上述したように「リプレイ」とは実際のセッションやキャンペーンで何が起きたかの記録です。「ロードス島戦記」が実は「Dungeons & Dragons」のキャンペーンシナリオのリプレイであったことや、アニメの「ケイオスドラゴン 赤竜戦役」が日本でのTRPG「レッドドラゴン」で行われたキャンペーンのアニメ版リプレイであることは有名です。これらのリプレイはゲームセッションの単なる書き起こしとしてだけではなく、ゲームが実際にどのようにプレイされるかを学習するツールとしても利用できます。あなたのお気に入りのTRPGの"プレイの例"の章が、まるまる数冊の本になることを想像してみてもらえればよいと思います。

リプレイは書籍としてかなり人気があり、ライトノベルなどと間違われることも多いです。日本のゲームのリプレイはもちろん、「Dungeons & Dragons」や「クトゥルフの呼び声」などの英語ネイティブのゲームのリプレイも刊行されています。

「クトゥルフの呼び声」が日本で人気を博した理由の一部は、どうやらYouTubeでゲームのリプレイが動画として公開されたことだったようです。(訳注:おそらく初動はニコニコ動画と思われる)

5. テーブルトークRPGは(比較して)とても安価

「Dungeons & Dragons」や「Pathfinder」、「Genesys」の書籍にあなたはいくらかけましたか? 50ドル以上? 日本では小さい活字サイズの白黒印刷に集中しているおかげで、多くのTRPG書籍がマンガ書籍とおおよそ同程度の価格帯だった、といったら信じますか? ゲームショップ(あるいは書店)に行って、ほぼ同価格帯のリプレイ書籍と合わせて買ってもそれほど財布をヘコませることなく、好きなTRPGの最新版を簡単に手に入れることができる市場だったのです。書籍の大型化・高級化のトレンドが進んでいるとはいえ、日本のメジャーなTRPGの多くはこれを踏襲しています。

もちろん、「プレミアムハードカバー」のような高級オプションも存在しており、世界中で同じような価格で販売されていますが、日常的な書店めぐりの最中に手に取るような、低価格帯のTRPGも依然として十分に多く存在するのです。

6. PDF販売の不足

日本はかなり安くて手に入りやすいTRPG書籍に力を入れているからか、それらの多くはPDF化処理されません。(私の情報源では少なくとも2010年中盤ごろまでは)デジタル版の市場はかなり限られており、これのおかげで多くの古いTRPGはルールブックのPDFが一切ないという状態です。この問題は、日本の大手出版社のほとんどがデジタル著作権侵害を恐れているという事実によって、さらに悪化しています。これにより、公式にも非公式にも、日本製TRPGを翻訳するのが英語圏の人にとっては難しくなっており、ゲームを翻訳するための最初のステップは(おそらく違法に)すべてのページをスキャンして送ってくれることをいとわない日本人を見つけることになってしまいます。

近年、デジタル配信に向けてオープンになるよう動き出した出版社があるのは確かですが、そのような出版社の提供も、デジタル版の販売価格がしばしば物理書籍と全く同価格の設定であるなど、まだかなりの問題があります。

7. 単発セッションが支配的(なぜならみんな忙しい)

日本では非常に強い仕事中心の文化があります。そのため自由な時間はかなり限られていて、おそらく定期的に予定を設定するのは難しいでしょう。これにより、単発セッションに重点を置いたゲームプレイの文化が生まれました。多くの場合、プレイヤーは自分のキャラクターを各々持ち込んで、単発セッションをプレイします。(訳注:持ちキャラの持ち込みの慣例は非常に少なく、予めキャラを作っておく程度の意図と思われる)多くの北米ゲーマー(日本、ヨーロッパ、その他のTRPG文化についてはほとんど知らないので、私は主に北米を代表して話しています)はパーティーの構成とキャンペーンへの団結をとても重視する傾向がある一方で、日本の「クトゥルフの呼び声」のセッションではハードボイルドな探偵と剣豪と魔法少女が同じパーティにいるのを普通に見ることができます。

多くのTRPGシステムが(ダブルクロスが真っ先に思い浮かびますが)キャラクターよりもプレイヤーをレベルアップすることに焦点を当てたシステムさえ持っています。これによりキャラクターはより自由に死ぬことができ、プレイヤーは翌週に新しいキャラクターを持ち込むこともできます。

8. 三大ファンタジーゲーム

「クトゥルフの呼び声」に続いて、3つのファンタジーゲームが2位を争っています。「Pathfinder 第1版」と「Dungeons & Dragons 第5版」は特に驚くべきことではありませんが、それに加えて日本には「ソード・ワールドRPG」があり、現在は2.5版になっています。この3つは常に対等な競争をしているため、世界中の市場を席巻しているように見える「Dungeons & Dragons 第5版」が、実際には日本の市場は支配していない状態のようです。

9. とても、とてもたくさんの能力

私が目を通すことができた本は一握りですが、「天羅万象・零」「ダブルクロス」「シノビガミ」など(そして「ログ・ホライズン」「この素晴らしい世界に祝福を!TRPG」「アリアンロッド」「ソード・ワールド」なども)多くの日本のTRPGにおいて、能力/アビリティの選択に重点が置かれているように見受けられます。キャラクターが持っているほとんどすべての技能や能力は、膨大なリストの中から選択されることになり、あなたの作ったキャラクター一人一人が新鮮で自分だけのものに感じるよう作られています。クラスベースのシステムであっても、たしかにそのクラスを選択するに足る独自の能力がありますが、それぞれのクラスの背後には選択の終わりが見えないほど十分に大きなリストがあることがほとんどです。多くのシステムが、取得制限のない多数の汎用能力リスト、もしくはマルチクラスやクラスチェンジのルールを備えていることと合わせて考えると、究極的にはあなたのキャラクターは、あなたの選択にのみ制限を受けると言ってもいいでしょう。

10. 物語的構造とシーン基準のゲームプレイ

西洋では卓上RPGといえば、"サンドボックス型"と"構築されたキャンペーン"の間の議論に大きな注目が集まります。プレイヤーが好きなことを自由にできるように大きなサンドボックスで構成されたキャンペーンも数多く存在します。(「Dungeons & Dragons 第5版」の「Curse of Strahd」や「Storm King’s Thunder」を参照)日本では「Pathfinder」や「Dungeons & Dragons」、「クトゥルフの呼び声」などの海外発祥のゲームも流行っていることもあり、この議論は確かに存在しますが、実際には多くのゲームが非常に強い物語性を誘発する構造を持っています。

「ダブルクロス」「天羅万象・零」「シノビガミ」などはすべて、「アクト」「フェイズ」もしくは「シーン」などと銘打たれた、キャラクターに強力に焦点を当てるシステムを持っており、各シーンは1名から2名のプレイヤーのみが特別に取り上げられて進行する形になっています。各プレイヤーが自身のキャラクターをパーティに劇的にお披露目する"イントロダクション"や、筋書き主導でキャラクター間の冒険がそれぞれ発生していく"メインフェイズ"といったシーンで区切られており、特定のシーンでしか機能しない能力が多数存在するゲームさえあります。特にこれらのフェイズは、せいぜい1ダメージを受けるだけで完全にシーン外になってしまうような、些細な衝突や対決が多い傾向にあるようです。こうしたゲームの多くには「クライマックスフェイズ」が存在します。これは一般的にはシナリオを通した敵対者とのボス戦であり、全プレイヤーを巻き込んだ大規模な最終戦闘となります。

このシーン重視のシステムは、テレビや映画、そして(もちろん)アニメを思い起こさせます。すべての出会いは物語の大船の中での挙動であり、余計なものはすべてカットされます。セッションは信じられないほど速いペースで行われ、大規模な冒険であってもわずか1〜2セッションでプレイすることができます。

これは、私がこれまであまり注目してこなかった物語性重視のゲーム(「Apocalypse World」や「FATE」)に、いってみれば、日本が本場の要素が多数あるのに気づく良い機会でした。これらのタイトルは、物語としての関係性をゲームの最重要事項として配置する傾向にあります。この物語指向のゲームプレイは、基本的な特徴からゲーム内でとれる行動に至るまでキャラクター作成時に織り込み済みです。しかし同時に、日本のTRPGにも物語性に関するキャラクター的な仕組みをほとんど(あるいは全く)備えていないものも存在しており、そういったゲームの内容の大半は戦闘や、キャラクターが実際に何ができるかに費やされています。パワーゲーマー(私を含む)にとって理想的な世界ですが、実際には物語重視のゲーム進行をサポートするためのキャラクター的な仕組みがないにもかかわらず、キャラクター同士の強い物語的な結束を達成しています。

これらはすべて、シーン単位化されたゲームプレイに理由があるといえます。

もしかすると、物語性の高いゲームを実現したいのなら、するべきことはシンプルにゲームプレイの構造を変えることなのかもしれません。

日本では「Dungeons & Dragons 第4版」が北米よりもずっと売れているのではないかと想像せずにはいられません。

最後に

キャラクターの自由度が好きなのと、能力基準のキャラクター作成が重視されているせいかどうかはわかりませんが、私は日本のTRPGの感触がとても気に入っています。これは想像する他ありませんが、日本のTRPGシーンを取り巻く様々な文化的な成果が、物語性の強さを犠牲にすることなく、無限のキャラクター構築を重視したゲームでとても盛り上がれるという、非常にユニークなタイプのプレイスタイルを生み出したのではないでしょうか。

このスタイルを発見して以来、私がGMをしているポッドキャストのゲーム運営方法に実際に取り入れて適用し、私のゲームのペースが大幅に加速したことを実感しました。3回のセッションでシナリオの全体的な「シーズン」をこなすことができるようになりましたが、他のゲームグループではその2倍はかかっています。正直なところ、日本発のゲーム(直近では「シノビガミ」など)をピックアップして、そのスタイルのGMやプレイを学ぶことは、次のレベルへのステップアップを目指す人にとって大きなメリットがあると思っています。

あるいは、私がただの強烈な日本オタクで、過度な称賛をしているのかもしれません。アニメ好きが高じて、日本のコンテンツを無限に持ち上げ続けるサイクルに陥っているのかもしれません。完全に深みにはまって、結果を気にしていない状態になっているのかもしれません。

他はどうか知りませんが、私は間違いなく日本オタクですから。

~Di, signing off

元記事

著者:Di.氏のTwitterアカウント

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コメント (1)
30年前にテーブルトークでソードワールドで遊んだのが懐かしい、まだその文化は途絶えてないんですね〜いつか仲間ともう一度やってみたいな〜
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