#1 ユー・アー・ノット・アローン 「私」の中のマイケル・ジャクソン

第1話「MICHAEL」

書籍を購入した数日後、私は物語の舞台となった場所に何ヵ所か足を運んだ。所謂「聖地巡礼」である。池袋、所沢航空公園、舞浜…そして最後に訪れたのが、「HONG-KONG SPOT」。尾藤さんを「インパーソネーターとして育ててくれた大事な人」である「コングさん」が経営するスタジオだ。スタジオのレンタル料金は一時間で1500円。外観の写真を撮るついでに、趣味で始めたダンスの練習でもしていこう。そう思った私は午前中にスタジオを予約し、土砂降りの雨の中、木場まで辿り着いた。

「…あれ?」

 扉は閉まっている。時間を間違えてしまったのだろうか。スマホで予約時間と現在の時刻を見てみると間違っていないようだ。どうやら自分が目的地まで早く着きすぎてしまったらしい。取り敢えず待つ事にした。

 暫くするとカーテンが開き、赤い服を着た男の人が現れた。店長さんだろうか。

「こんにちは、11時半から予約した者です…。」

「当店は何で知りましたか?」

「小説で…。」

「マン・イン・ザ・ミラーですか?僕、コングです。」

「え!?」

 なんと、出迎えてくれたのはコングさん本人だった。驚きのあまり大きな声が出てしまった。コングさんはスタジオの使い方を説明してくれた後、「次の枠空いてるから、聞きたい事があったらなんでも聞いて」と言って下さった。予想外の出来事に、小躍りしつつも感謝しながらダンスの練習をした。

 一時間後、コングさんは沢山のDVDを抱えて戻ってきた。尾藤さん達がかつて組んでいたグループ「MJ-Soul」のDVDだ。有り難い事に、私はコングさんと対談する事になった。「宜しくお願いします。」と頭を下げ、両手にメモ帳を持ち、書斎の椅子に腰掛ける。

「凄いですね、この写真。」

 まず目に入ったのは、壁に飾られている写真。それは、尾藤さんやコングさん達MJ-Soulのメンバーが本物のマイケル・ジャクソンと一緒に写っているものだった。

「スリラー・オーディションの時だね。」

「どんなイベントだったんですか?」

「一日目はマイケルと食事して、二日目に踊って、一緒に写真を撮ったよ。」

 コングさんは大きなタブレットでMJ-Soulのパフォーマンスを観るマイケルの写真を見せてくれた。そこには尾藤さんを指差したり、笑顔で親指を立てたりするマイケルが写っていた。

「楽しそうですね!」

 写真は凄い技術だ。その人がそこに生きていた証拠を写すのだから。私は生前のマイケルを知らない。だが、マイケルは確かにそこに生きていた。写真とコングさんのお話が何よりの証拠だ。マイケル・ジャクソンは本当に存在していた人物なんだ、と感心した。

「まだイー君には会った事無いんだよね?」

「はい、今度初めて観に行きます。」

 今度、とは日曜日に赤羽の星美で行われるイベントの事だ。折角だから尾藤さんのパフォーマンスをこの目で見たいと思った私は、日曜日のイベントに行く事を決めたのだ。


「尾藤さんってどんな方なんですか?」


「うーん…僕にとってはヒーローかな。自分の描きたいものに素直。良い意味でも悪い意味でも。」


 コングさんによると、出来上がった小説を読んで、尾藤さん本人は異論を唱えたものの、他の人は満場一致で「これは尾藤さんだ」と思ったそうだ。尾藤さんの意識の高さは、小説を読んで伺える。


「そうだ、これも…。」


 そう言いながらコングさんが持ってきたのは、なんとオパさんの特製マイクスタンドだった。オパさんはMJ-Soulの元メンバーで、アンチ・グラヴィティシューズ等MJ-Soulのパフォーマンスに欠かせない物を作っていた人だったが、残念ながら事故で亡くなってしまった。


「こんな所に置いていたら祟られるかな。」


「そんな事無いですよ!」


 生前、オパさんとコングさんは犬猿の仲だったそうだ。マイクスタンドはオパさんが亡くなった後、オパさんが勤めていた工場の社長が遺品整理をした時に見つかり、コングさんに渡したという。キラキラと輝くマイクスタンドには、何れだけの想いが込められているのだろうか。想像するだけで胸に迫るものがある。


「やっぱり、性だね。イー君も言ってたけど、自分は努力してるつもりはなくて、好きだからここまで辿り着けたんだって。努力って、勉強みたいにやらされる感じがあって嫌じゃない?好きな事だから突き詰められるって。」


『性(さが)』という言葉を聞き、私はメモ帳にペンを走らせた。そうか、性なのか。それは私が普段何となく考えていた事と殆ど同じで、でも上手く言葉が見つからなかったものだった。コングさんのおかげで、ハッとして気付けた。


 時計を見ると、もう13時過ぎ。そろそろ次のお客さんが来る時間だ。


「電車大丈夫?気をつけて帰ってね!」


 雨の中、コングさんは心配しながら私を見送って下さった。


「今日は貴重なお話が出来て、本当に楽しかったです!有り難う御座いました!」


 私はコングさんに頭を下げて、スタジオを後にした。次は、星美のイベントだ。いよいよ本物の尾藤さんのパフォーマンスが観れるのかと思うと、不思議な気持ちになった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?