#3 ユー・アー・ノット・アローン 「私」の中のマイケル・ジャクソン

第3話「Scream」

 夢の様なイベントから一ヶ月。私はまたHONG-KONG SPOTで踊っていた。


 今日は、6月25日。マイケル・ジャクソンのファンなら誰もが忘れられない日だろう。彼が亡くなってから、今日で10年が経つらしい。あの日、私はまだ小学生で、マイケルの存在さえ知らなかった。だけど、今はこうして彼の遺した曲を踊っている。


「ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス」「バッド」「今夜はビート・イット」…一心不乱にステップを踏み、覚えたての振り付けを、彼の事を思い浮かべながら踊る。何を考え、何を伝えようとしていたのか。それは彼にしか分からない事なのかもしれない。だけど、私なりに其れを受け止めようとしていた。それでも、考えても考えても上手く体が動かない。彼の世界を理解するには、まだまだ勉強が必要なのかもしれない。


 今この瞬間を、世界のマイケルファンの人々はどの様に過ごしているのだろう。私みたいに、彼に想いを馳せている人は何れ位居るのだろう。彼に、その想いは届いているのだろうか。


 スタジオを出て、一ヶ月前に尾藤さん率いる「MJ-Soul」が復活するという情報を見たのを思い出した。私は、遂にあのマイケルも認めたパフォーマンスを見る事が出来るのだと思うと衝動が抑えきれず、気が付いたらチケットを手に入れていた。伝説が再び動き出すその瞬間を見逃したくなかったのだ。


 その日の夜、夢を見た。私が歩道を歩いていると、反対側で歩いていた誰かと肩がぶつかってしまった。謝ろうとして相手の顔を見ると、黒髪にサングラス、派手な色のジャケットと丈の短い黒いズボンに、足元はローファーという出で立ち。


 マイケル・ジャクソンだった。


 驚きのあまりフリーズしてしまった私の肩を、マイケルはポンと優しく叩いて歩いていった。私は何が起きたのか分からないまま、自分の道を進んだ。ふと後ろを振り返ると、マイケルはバックダンサーを従えて「ジャム」を歌い、踊っていた。私はそれを見て、ただただ涙を流していた。そして、目が覚めた。


 彼はあの世界で、今でも歌って踊っているのだろうか。そして、私達の事を見守ってくれているのだろうか。


「凄い……。」


 季節は夏に移り、8月。私は新木場STUDIO COASTの目の前で口を開けた。1000人は居るであろう大勢の人で会場は埋め尽くされている。入り口に入る前から、熱気が伝わってくる。


 遂に私は、伝説を拝める。


 午後21時。待ちに待ったMJ-soulのパフォーマンスが幕を開けた。コングさんの映画の様な映像から始まったそのパフォーマンスで、私は心をガッチリと掴まれ、狂気にも似た悲鳴を挙げてしまった。


 有名なイントロと同時に大勢のダンサーが登場し、銃声が鳴り響いて倒れると、奥から現れたのは黒いスーツを着たマイケル・ジャクソン。一曲目は「デンジャラス」だ。MTVで多くの人々を熱狂させたあのパフォーマンスが、甦った。


 次に、スクリーンに看板が映し出されると、銃声と共に電球が弾けて文字が浮かび上がる。そして、マイケルとダンサーのシルエットが浮かび、キャッチーなビートが唸る。映画「THIS IS IT」の「スムーズ・クリミナル」だ。曲の間奏に差し掛かると、花火を持ったダンサーがスポットライトを浴びる。と、次の瞬間、スポットライトはマイケルの方を照らした。


「わああああ!!!!!!!!!」


 フロアが熱狂の渦と化した。アンチ・グラヴィティが成功したのだ。今までテレビや動画でしか見た事の無かった、あのアンチ・グラヴィティだ。


 軈てステージが暗くなると、怪しいイントロが流れ出す。お馴染みの「スリラー」だ。マイケルはショートフィルムとは色違いの白いレザージャケットを着て、スリラー・ガールやゾンビに扮したダンサーとショートフィルム宛らにパフォーマンスをする。観客の手拍子が、更にフロアを盛り上げた。サビが終わった瞬間、黒いジャケットを纏ったマイケルがスラッシュと「ブラック・オア・ホワイト」で共演。尾藤さんと姉の舞子さんの、夢の姉弟共演だ。更に、マイケルは「ビリー・ジーン」も踊り、繰り出される人間離れした軽やかなダンスと、ライトを浴びてキラキラと眩く光る衣装に釘付けになった。


 ……あれ……私は今、誰を観ているんだろう?尾藤一斗さん?それとも、マイケル・ジャクソン?今、このステージに立っているのは……?そんな考えが頭を過った。


 否、此処に居るのは間違いなくマイケルだ。そう思うのが、尾藤さんにとっても幸せな事なのだろう。パフォーマンスは、「マイケルとオパさんに捧げる」という映像で幕を閉じた。


「嗚呼……。」


 会場から出た途端、私は膝から崩れ落ちた。二度と観れないと思っていたマイケルを、観る事が出来たのだから。しかも、こんな近距離で。未だ冷めない熱が湿気を帯びて、言葉という言葉を溶かしていく。


 完全に、魅せられてしまった。彼らの作り出す「マイケル・ジャクソンの魂」に。

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