#4 ユー・アー・ノット・アローン 「私」の中のマイケル・ジャクソン

第4話「THIS IS IT」

 台風一過の暑さが厳しい8月中旬の土曜日。私は江古田のライブハウスへ足を運んだ。今日は「MJ DANCE PARTY」通称「ダンパ」。私が生まれた2000年から続く、マイケルのファンイベントだ。生まれて初めてのダンパで、今日この日を楽しみにしていた私は、前々からダンパの為に用意していた「バッド」の衣装に身を包み、会場へ入っていった。


 DJタイムが始まると、沢山の人がステージの上で踊り出す。尾藤さんも会場に来ていて、他のダンサーさんと一緒に踊っている。それを見た途端、私は下腹部に痛みを覚え、不安に苛まれた。「踊りなよ!」と声をかけられても、ひたすら拒み続ける。


 どうしよう、皆どの曲でも踊りこなしている……あの中に入って踊るなんて、恥ずかしい……無理だ……。


 その瞬間、軽快なバイクのエンジン音が聞こえた。「BAD」の収録曲「スピード・デーモン」のイントロだ。数少ない踊れるマイケルの曲の中でも、一番練習していた曲だった。気が付くと、私はステージの真ん中でライトを浴び、大人達に混ざって頭を空っぽにして踊り狂っていた。辿々しいステップを踏みながら、一心不乱に。


 次に流れたのは「ダーティ・ダイアナ」。私がリクエストしていた曲だ。もう一度ステージの真ん中に立った私は、さっきの曲とは違った雰囲気を出そうと、ショートフィルムのマイケルを思い浮かべながら踊った。


 マイケルへの想いを馳せ、自分の世界に酔っていたその時、バサバサと自分のジャケットが靡いた。勿論、風は吹いていない。後ろで踊っていた誰かが私のジャケットを持って靡かせてくれたのだ。もう気分はすっかりマイケルだ。


 その後も、皆で肩を組んで「ヒール・ザ・ワールド」を歌ったり、「今夜はビート・イット」のライブ音源でライブを再現したり、私も知らないマニアックな曲で踊りまくって、カーテンコールのトップバッターも飾ってしまい、終始興奮は治まらなかった。


 その中でも最も盛り上がったのが、尾藤さんによる「ビリー・ジーン」。新木場のSTUDIO COASTで観たあのパフォーマンスを、今度は手を伸ばせば触れられそうな距離で観る事が出来てしまったのだ。尾藤さんが作り出すマイケルの世界は、周囲を呑み込んでいった。


 このイベントを切欠に、沢山のマイケルファンと知り合い、お話しして、仲良くなり、マイケルの事だけでこんなにも盛り上がれるなんて、と心から幸せな気分に浸った。ただ、反省しなければならないのは振り付けが分からない曲で見よう見まねで踊ってしまった事だ。あの曲は今度踊れるようにしよう、この曲も、それから、マイケルの動きに近付けられるようにしなくては。


 イベントが終わり、外に出ると蒸し暑さが体を火照らせた。色々な人と笑顔で踊りながら汗を流した一瞬一瞬が、走馬灯の様に甦る。まだ終わって欲しくなかった。でも、また来年もこうして踊って楽しみたい。そう思いながら、眠たい目を擦って電車に乗り込んだ。

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