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暴力を受けた親子のケアと学びの場をつくる「びーらぶ京都」

子どもを巻き込む家庭内の暴力が後を絶たない今。夫や身近な人から暴力を受けた経験を持つお母さんと、そのお子さんを対象にした心理教育プログラム「びーらぶプログラム」を実施する「びーらぶ京都」のメンバーのお二人に、その取り組みと、日々考えていることをお聞きしました。

暴力を使わずに、気持ちを伝える方法

——お二人が「びーらぶ京都」として活動し始めたのは、どういうきっかけだったんですか?
立川:平成23年に、「びーらぶプログラム」を考案したNPO法人女性ネットSaya-Sayaさんのインストラクター講座を受けたのがきっかけでした。
「自分たちもやろう」ということになり、受講生の有志で「びーらぶ京都」を結成したのが始まりです。
井上:講座を受けていた時は、とにかくプログラムの内容を覚えるのに必死でしたね。自分たちで実際にやっていく中で学んだり、わかっていったことがたくさんありました。


――プログラムではどんなことを行うんですか?
立川:過去に暴力を受けて、今は加害者から離れて暮らしているお母さんのグループと、そのお子さんのグループに分かれて、それぞれ同時進行で、全4回のワークを行います。
感情的にならずに自分の気持ちを伝える方法を学んだり、加害者を見かけた時の逃げ方やいざという時の相談先を確認したり、簡単なリラクゼーションやお茶でリラックスしたり…。
井上:いろいろ盛りだくさんだけど、基本的なテーマは、“暴力を使わずに、どうやって気持ちを相手に伝えるのか”、ってところにあるよね。
立川:そうね。私は主に母親プログラムの方を担当していたんですが、あるお母さんにどんなことで困っているのかお聞きすると、「せっかく暴力をふるう夫から逃れてきたのに、家の中が暴力的で、なんだかしあわせじゃない」っておっしゃって。聞けば、子どもが暴力をふるうし、兄弟喧嘩も激しいし、親に対しても言葉遣いがひどい。さらに父親がいないから余計にちゃんと育てないといけないと思うあまり、きつく叱ってしまって、激しくやり合ってしまうそうなんです。
だから、怒らずに気持ちを伝えるための方法をグループのみんなで実践していくこの講座は、子どもとのコミュニケーションに悩んでいるお母さんにとって大事なものになるんじゃないかなと思っています。
井上:私自身もやっていく中で、自分の気持ちを言葉にしていくことの難しさを改めて感じました。ましてや相手を傷つけない言葉にするなんてね…。

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気持ちや学びを、わかちあえる場所をつくる


――子どもグループではどんなことを行っていますか?
井上:基本的にテーマは一緒で、怒りの感情があることが悪いんじゃなくて、暴力で表現するのがいけないんだよってことや、暴力を振るわれてもあなたの責任ではなくて、暴力を振るう人の責任なんだよってことを伝えます。
立川:目標は一緒だけど、方法は違うよね。
井上:そう。人形劇形式にしたり、人との安心な距離感を考えるワークもフラフープを使ったり、楽しく学べるように工夫しています。全然落ち着きなくって聞いてるのかわからないぐらい、動き回ってる子もいるけどね(笑)
立川:でも、あっちでゴソゴソしながら、耳がおおきくなってたり。
井上:そうそう。気になってるから、みんなちゃんと聞いてくれてるんだと思うんですよ。
あと、みんなでおやつを食べながらおしゃべりする時間もつくりますね。結構楽しいみたいで、そこで喋りだす子もいます。
それまで、お父さんのことを話しちゃいけません、学校でも言っちゃいけませんって言われてきて、家族の話を誰にも言えなかった子が多いんです。でもここでは「話してもいいよ」って言っていて、急いで家を出る中で持っていきたかったものが持ってこれなかったこと、友達とお別れもせずに転校したとか、寂しかった気持ちも出してもいいよ、と伝えています。

——それまで話せなかったいろんな気持ちを、分かち合うことになるんですね。
立川:そうですね。反対に母親グループでは、自分の体験を話す時間はあえて取ってなくて、それよりも必要な知識と情報を伝えること、グループワークを通して「あなたはなにより大事な存在です」ってことを伝えることに主眼を置いています。
あとね、最終回にはびーらぶアイランドにみんなで旅行に行くための、仮想のオプショナル計画を立てるんですよ。

——旅行計画ですか!
立川:そう。エステを受けたいとか、ヨットに乗りたいとか、温泉に浸かるとか、夕日をみるとか、ショッピングしたいとか、おのおのしたいことを出し合って、そこから一つの計画を作ってく。みんなでコミュニケーションを取りながら、一つのことを決めていく練習をするんです。
井上:誰かがリードするとかじゃなくて、自分の意見も言って、相手の意見も聞いて、お互い対等に話をして決めていくことは、やっぱり大事なんだと思います。そのためには、当然その場がリラックスできて、安全安心であるということが前提なんですけどね。

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——母と子で同じ内容を学ぶのはどうしてですか?
井上:同じテーマについて母と子が同時進行で学ぶことで、お互いの理解が深まりやすいからだと思います。例えば家で、お母さんが怒らずにアイメッセージで伝えてきたときに、同じ日に同じことを子どもも学んでいるから、「あ、そっか、お母さんはこういうことを習ってるから、こういう風にしようとしてるんだ」っていうのがわかりますよね。
立川:力づくで言うことを聞かせてる、聞かせるではない関わり方をお互い同時に学習するので、しっくりくるんだと思います。子どもと、毎日喧嘩ばかりで、イライラしてしまうというお母さんに、「学んだことを実践していくうちに変わった」とおっしゃっていただいたこともありました。

「目に見えない暴力」を“自分ごと”として考えるには


――お二人はもともと女性への暴力には関心を持っていて、DV防止の啓発活動をされていたんですよね。関心を持つきっかけはあったんですか。
立川:私は、自分の父親が権威的で母を見下しているような感じがあって、当時はわからなかったけど、後からあれは「DVになるよな」って気づいて。勉強していくうちに、母は夫婦関係がしんどかったんだ、ってことがよくわかったんです。
井上:私の場合は、自分の育ての母親との関係がいろいろあって、なんとなくずっと、自分自身のトラウマみたいなものが残ってて。直接暴力を受けたってことはないけど、父親も昔の人ですから父親の権威を主張したいっていう部分があったし、母親も結構権威的な人だったんです。だからDVや、力の差について学んだ時、「あ!」って腑に落ちたんです。

——なるほど。だからびーらぶプログラムの講座を受けられて、自分にも関係のある話だ、とお聞きになられたんですね。
立川:そうですね。DVがたとえ直接的な暴力や言葉じゃなくても、コントロールして支配して、目に見えない糸にがんじがらめに絡め取られていく感じっていうのがわかる気がして。それが一番恐ろしいということを学んだら、人が気づかないこの恐ろしい暴力をどないするんやろうか…と思った。それが、関心を持って、活動するときの動機になっています。

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——これまで約10年このプログラムをされてきて、おふたりが気づいたことはありますか。
立川:そうですね…気づいたことは、このびーらぶプログラムをはじめ家庭内の暴力を何とかしようという試みはあちこちでされているのですが、どれもが細々としていて、それにたどり着かない悲惨な事件が延々とある…ということですね。
井上:「DV」と聞くと、自分と関係ないと思う人がまだいっぱいいてるよね。身近なものとして感じてない、うちは違うしもういいわ、みたいな。

——でも、よくよく話を聞くと、「あ、うちもそうかも」って気づくこともありますよね……。
井上:そうそう。だからどうすれば、みんながもうちょっと身近なものとして感じてもらえるのかな、ってのは考えますもんね。日本の場合はまだまだ家父長制が残ってるから……。
あとは、DVを受けた子どもに対するケアが非常に少ないって思うんです。ケアしないと連鎖が起こる。だからびーらぶプログラムではそこを大事にしたいと思っています。

——関係ない人に、かかわってもらうことが一つの鍵なのかなとも思いました。
立川:そうですね。去年、エイズのキャンドルパレードの主催者をお呼びして公開講座を実施したのですが、DVの被害者に対しても、「あの人DVなんやで」っていう差別がまだあるように、エイズの被害者への偏見と差別もとても根強いものがあると思って企画したんです。
私の友達でも、エイズのことをいっても「ああ、私は関係ないから」って人が多いし、その差別に無関心な人が多い。DVも、エイズも、差別や偏見があって、でも多くの人が無関心という意味では、繋がっている問題だと思うんです。
病気だとか、家庭の事情で差別されるのはおかしいし、いろんな問題を抱えた人、病気の人も健康な人も、弱者も強者も一緒に生きていけるのがいい社会だと思うんです。そういうことをみんなにもっと知って欲しい。だから、今後は、びーらぶプログラムを軸にしつつ、様々な差別にアプローチできるような発信を続けていきたいと思っています。

【お話をお聞きして】
“怒らずに、相手に感情を伝える”。自分自身の胸に手を置いて考えてみても、それはたやすいことではないと感じます。お二人が、ご自身が感じてきた違和感や疑問を出発点に、暴力にさらされる人に情報を伝え、寄り添い、共に学ぶ姿は、まさに一つのかかわり方だと感じました。

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