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(自己啓発)引きこもりニートには「ツモ」がない

引きこもって麻雀をやっているのだが、いろいろと思うことがある。
例えば、どんなクソ配牌でも何か必ず「ツモる」ことができるということ。

巡が来れば、とりあえず1つ牌がきて、いるかいらないかを選択する。
そして10巡もすると見違えることもよくある。ビフォー・アフターが激しい。

あれだけスタート地点ではどうしようもなかったのに10巡目に満貫確定のリーチをしていたりして。
そして一発でツモっちゃったりしてさらに裏が3乗ったりして。
なぜか大勝ちしちゃったりして。
でもそれは何かツモってきているからそうなるのであってクソ配牌だからといって試合放棄して、ネットの接続を切ったら勝ちは絶対にない。

人生でも同じことが言える。普段全く人と会わない生活をしている私がいうのだから仕方ない。一切出会いという名のツモがない人生である。正直面白いツモなんかないと割り切っているところがある。ド田舎の老人が多い世界では無意味なのだ。そして良い人は基本的に都会に出ていたり結婚しているのが当たり前。今さらどこにいけばいいツモがあるのだろうか?

まあ個人的な話はどうでもいいとして、ガチ引きこもりニートの人で金がない場合はやっぱり環境を変えるしか無いのだと思う。シェアハウスとか入って人の出入りのはげしい世界にいれば友達ぐらいは作れるのではないかと思う。そして、その友達から何か面白い趣味を教えてもらったりしたらまた世界が広がっていく。そして、3年もすると全く違った環境に自分がいたりして、話し方も考え方も全くちがうビフォー・アフターになっているのだと思う。しかしながら、ガチの引きこもりニートには金がない。金がないから何も行動できない。親も諦めている。だから、ツモがないのだ。で、何も変化のないまま時間が過ぎていくというわけだ。

そういう仕組なような気がするね。

最近では出会い系アプリなんかもあったりして、他人といきなり会えたりもするらしい(?)
これは面白い「ツモ」なのかもしれない。人は出会いによっていろいろ考えも変わるはずだ。現状で満足のいく役が作れていないのであれば、新しいツモをするためにいろいろ挑戦してみればいい。

もちろん、出会い系ではなくても新しいことを始めるとそれだけで世界は広がる。結局、ツモなんだよねと思う。そういう意味で毎日自宅と会社を往復している人たちは人生を楽しんでいるのだろうか? 自分がやりたい仕事ができて役満状態であればいいのだが、仕事をしながら鬱になったりしている人はやっぱりツモから人生を変えていく必要があるだろうと思う。

ということで、引きこもりニートにはツモがないという話をざっくりしたのだけれど、うまく伝わったのかな?

とりあえず新しい事や人に出会うとそれは面白い変化であり、出会っただけで脳細胞が刺激されてテンションもあがることもあるかもしれない。ということで、私は、FIREという状態(役満)なので、引きこもって麻雀をして遊んでいるけれど、みなさんはリアルの方でいろいろツモをして遊んでいたらいいと思う。

まあ、世の中には詐欺師みたいな悪い人も山程いるので、他人を信用しないようにした方がいいとは思うけどね。