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暗闇に差し込む一筋の光を絶対に掴み取りたいんだよな〜


「ダルすぎる」「早く帰りたい」「これがあと40年だと…!?」でお馴染み、新社会人の卯月を戦い抜いた。


戦況はやや厳しい。


会社での環境は幾分良好だ。仕事は無難にやり過ごせているし、華金は同期やメンター的な先輩と千鳥足で街を彷徨うくらいに良好だ。

TikTokで彼女とストリートスナップを撮られていた先輩を弄り倒し、店外でボコボコにされるくらいには良好なのだ。


それでも、朝の満員電車という凶悪な副産物は、戦況を一転させるに充分過ぎるほどの威力を持ち合わせている。




まず問題なのは「朝」だ。


朝なんてものがあるから仕事が始まってしまうのだ。やれ朝活だの、やれモーニングルーティンだの、誰だ「明けない夜は無い」とか言い出したのは。やかましい。やかましすぎる。夜なんて長ければ長いほど良いだろうが。


渋谷の街ゆく人100人に「朝と夜どちらが好きか?」という問いかけをしたところ、実に120人が後者を支持したというデータがどこかにあるかもしれないという話を聞いた人がいるらしいと友達が言っていた気がする。


そんな朝にわざわざ顔を洗って歯を磨いて髪を整えてスーツに着替えて家を出ているというのに、そこから我々が目にするものはというと、いささか信じ難いものである。


煌めく少年の心を失い、夢と希望の代わりにストレスと疲労を仰山詰めた鞄を携える大量の廃人を乗せた車両が、無情にも僕の前に立ちはだかる。

彼らの目に光は無く、社会の奴隷として駆り出される絶望と、生きる喜びをとうに忘れた無気力な眼差しが車内の空間を満たす。さながらニキュニキュの実で弾き出したダメージそのものに、毎朝「なにも…なかった…!!」かのように飛び込まなくてはならない。



しかし、いざ乗車するとそこはもはや戦場だ。先ほどまでの無気力な目が嘘だったかのように鋭い眼光があちこちに飛び交う。


誰がどこにポジショニングしているか、シャビ並のスキャニングで盤面を認知し、自らのボディアングルを整えながらカンテのような的確なチャージを虎視眈々と狙う。



そう、座席の争奪戦である。



乗り換えの多い駅に停車しようものなら、互いにスタンド同士での取っ組み合いが始まる。現実世界では何も起きずとも、アストラルディメンションでは壮絶な戦いが繰り広げられているに違いない。

タイムストーンを所持したストレンジのアストラル体と、キング・クリムゾンに覚醒したディアボロはどっちが強いのだろうかと考えているうちに、座席は次々と埋まっていく。


中には争いを諦めてドア脇のスペースを確保する腰抜けも散見されるが、そういう奴に限って"混雑時の乗降で邪魔にならないよう一旦降りてまた乗る"というあのムーブをする気配が微塵も無い阿呆なので、もうどうしようもない。最寄り駅周辺で家の換気扇を消し忘れたことに気づけばいい。あとファスナーの引き手は絶対に取れてしまえ。



それはそれとして、僕は特別な訓練を受けているため「"次の駅で降りそうな人"を見極める能力」にすこぶる長けている。鍛え抜かれたこの瞳が選ぶ乗客の前に屹立し、彼/彼女が席を離れた刹那、音を置き去りにした僕の身体は、並の人間が視認できる頃には既に座席の上に鎮座している。



そんな"満員電車の絶対的強者"は、往々にして天恵を得ることがある。


皆も経験したことがあるだろう。隣の女性が自分の肩でスヤスヤと眠っているあの瞬間を。或いは、女性の一抹の意識が睡魔と格闘し、結果的にこちらの肩に猛烈なタックルを繰り返しているあの瞬間を。どちらも実に趣深い時間である。どうにかしてあの瞬間が永遠に続かないだろうか。















それを今日マジ全員で考えたくて。



「奇跡とは起こるものではなく起こすもの」とはよく言ったもので、この世のあらゆる現象は必然である。先程"天恵"と称したのは、神仏に対する感謝の意であり、この気持ちを忘れる者の肩で眠れる淑女がいるであろうか、いやいない。


ということで、僭越ながら"満員電車の絶対的強者"であるこの僕が、「奇跡」を引き起こす条件をいくつかリストアップさせていただこう。



一、 自分の眠気を制する


これはもはや前提条件である。「朝」という劣悪な環境であろうとも、自らの肩に黄色い温もりを感じたいのであれば自己管理を疎かにしてはならない。我々の敵は他にあるのだから。

万全な寄り掛かり処を提供するためには、常に最適な力加減、角度の繊細な調整とそれを維持する不屈の体力が必要となる。眠気など相手にしていられないのだ。

一方で、自分がレディーの肩で眠りたいというド変態が一定数存在することも承知している。ただしこれはかなり危険な賭けであり、莫大なリターンと引き換えに ①シンプルに女性にキレられる ②座高の差で寝違える可能性 ③第三者から見た絵面が地獄 というような大きなリスクを孕んでいる。その全てを興奮材料に転換できるという救いようの無い変態は是非挑んでいただきたい。


二、 正確なターゲティング


奇跡を引き起こすには、至難の業が求められる。前述した「"次の駅で降りそうな人"を見極める能力」に加え「"眠たそうに眼をこする乙女"の隣をピックアップする能力」を習得する必要がある。

ターゲットの設定に失敗すると、あろうことかジジイのいびきを直に浴びせられる可能性も否めない。ジジイのうたた寝とか見てらんねえだろ。

またこの手法のストロングポイントは、立ち時間にターゲットのうとうとしている状態を見守ることができる点にある。かなりキモいことを言っている自覚はあるが、眠たくなっている女の子ほど可愛いものがあるだろうか、いやない。

かなり高度な技術を要するが、甘ったれた野郎は早々に弾かれるというものだ。これは遊びじゃないのだ、あまり世の中を舐めるなよ。


三、 自然体での待機


いくら狙い通りの席を獲得しても、鼻の下を伸ばし息を荒くしていたらあまりにも気持ち悪すぎてターゲットの眠気を覚ましてしまう恐れがある。我々はあくまで紳士だ。朝の淑女に快適な睡眠環境を提供する、いや、させていただくジェントルマンでしかないのだ。

普段通り品のある振る舞いを心がけ、自然体でいることが何よりも重要だ。表情管理に不安がある者はマスクを、周囲の目が気になる者は寝たふりを、周囲の音が気になる者はイヤホンをすると良いだろう。

フル装備で万全を期した貴方はもはや水を得た魚、飯を食ったデブ、爪を伸ばしたギャルといったところか。"満員電車の絶対的強者"の仲間入りである。自信を持って「奇跡」を待てばよろしい。


四、 絶対に負けないという強い気持ち


結局のところ、この戦いは根比べなのだということを肝に銘じておくべきだ。我々は最良の準備をして、待つことしか出来ない。

落ちたパンが必ずバターを塗った面で接地するように、カバンから取り出したイヤホンが必ず絡まっているように、人事を尽くした者は天命を授かるものだ。メンタル、圧倒的なメンタルこそが全てを解決するのだ。



その朝、確かに僕は寝坊していた。昨夜、平日のくせに調子に乗って朝方まで酒に飲まれていたからだろう。起きるやいなや光の速度で準備を整え、なんとか駆け込んだ電車はいつもの2本ほど後の出発車両だった。

呼吸を整え、立ち位置の選定を始める。ラッキーなことに、座席から頻繁にサイネージに目線を向ける顔があった。あぁ、これはイージー問題。その間抜け面の前でむんと胸を張ってしばらくすると、やはり僕の前には空席が広がった。

悠然と腰を下ろすと、隣も席の入れ替えが行われようとしていた。僕の隣を勝ち取ったのはどうやら、どうやら女性のようだった。間接視野で捉えた横顔はまるでクレオパトラ。さあ、SHOWTIMEだ____。

僕は襲い来る睡魔をバックドロップで薙ぎ倒し、イヤホンとマスクを装着、臨戦態勢に入った。段々と頭を横に揺らすクレオパトラ。かなり暴れん坊なようで、強めのタックルを2〜3発は喰らった記憶がある。感謝でしかない。

結局プトレマイオス朝最後の女王が僕の肩で眠ることは無かったものの、ぶつかり稽古をしていただいた思い出に降車の際に正面から心の中でご挨拶をと、チラッと目線をやるとそこには衝撃の真実があった。

例えるならそう、新垣結衣の透明感に長澤まさみの美しさを足し、さらに橋本環奈の可愛らしさに池田エライザのエロさを掛けることは一切なくシンプルに0に戻し、ロバ要素強めの大泉洋を純度200%でぶち込んだイメージだ。

違和感…。なぜ女性を例えるのに彼が想起させられるのだ。ただ、髪の毛はツヤがあったしいい匂いもした。…これでいい。全て、問題なし。

僕がホームに降りると、目を覚ましたのか遅れてクレオパトラ改めロバ泉洋も降車してきた。推定180cm程の身体を支える大木のようなふくらはぎ。ペットボトルも入らないであろう実用性皆無の小さなバッグを抱える筋張った前腕。

僕は寝坊という罪を犯しながら、愚かにも「奇跡」を欲張ろうとした。その時点で、負けていた。通勤電車に"天上天下唯我独尊"など存在しない。お姉さんだと思っていた隣の乗客は、しっかりおネエさんだった。


このような恐怖体験を経ても尚、未だに電車に乗り続けるのは、僕の魂に黄金の精神が宿っているからだ。つまり、圧倒的なメンタルだ。

朝の満員電車という暗闇の中から、一筋の光を掴み取るトリガーは、「何にも挫けない強き信念」「状況を見極めるスキル」「紳士の立ち振る舞い」。すなわち、一流の"心技体"こそ我々に必要な要素なのだ。ここにきて、フットボールと同様のロジックに帰結するとは。



嗚呼、素晴らしきかな人生。良いGWを。










ps.この文章は会社の上司に無理矢理書かされたものです。筆者の趣味とは異なっています。




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