絶景の新井崎神社と舟屋
いつも見ていただき、ありがとうございます。
暑さも和らぎ、いい天気だったので、伊根を撮影後に新井崎神社まで足をのばしてきました。
新井崎神社は、舟屋で有名な伊根から北東に約3kmにあります。
付近には釣り人の車が多数止まっていましたが、観光客でごった返している伊根に比べ、新井崎神社は誰もいませんでした。
新井崎神社
新井崎神社は、秦の始皇帝の命で不老不死の薬草を追い求めた徐福を祀った神社です。
かなり前(30年前?)に一度参拝に行ったような、行かなかったような・・・經文岩の記憶があるので、多分行ったのでしょう。
実は、この神社からの眺めは絶景です!
鳥居をくぐって階段を下りていくと、目の前に日本海が広がります。
下を覗き込むと、黒いゴツゴツした岩の壁です。
案内板を見ると、蝙〇山(〇は、虫偏に鬲)の噴火による溶岩のため黒いって書かれてます。(案内板を読んでるときは、うっかり蝙蝠山(コウモリやま)って読んじゃったけど、後で写真を見たら違う字だった。読めないので検索しようにも漢字が出てこない始末)
境内
新井神社は東向きに建ってます。
こころなしか鳥居が後ろに傾いているような・・・海風の影響でしょうか。
この絶景!
はやる気持ちを抑えて、まずは参拝です。
社は海風に曝されて傷みやすいですが、きちんと管理されているようです。
社から鳥居の方向を望むと、冠島(かんむりじま)と沓島(くつしま)が見えます。いつも舞鶴(南側)から見ているので、西側から見る両島は新鮮です。
冠島、沓島は無人島で、オオミズナギドリの繁殖地でもあります。
冠島は、別名、大島、雄島、常世島(とこよじま)、竜宮島などと呼ばれてます。
冠島は神域で上陸禁止。島には老人嶋神社、瀬の宮神社があり、神事の時のみ上陸できます。
新井崎神社と老人嶋神社には、同じ種類の桜の古木があり、その桜の間に黄金の橋が架かっていたという伝説があるそうです。なんらかの繋がりがあったみたいですね。
境内周辺
境内から見る日本海はどこ見ても絶景で絵になります(^^)
この木なんて、海風に曝されて芸術的な枝ぶりになってます。
沢山の鳥たちがこの木に集まってます。鳥たちの目印なんでしょうね。
舞鶴方面も見えます。いつも撮影している五老ヶ岳山頂から新井崎が見えるので見えて当然ですけどね。
ハコ岩
神社の周辺には、ハコ岩というところがあります。祭神の徐福上陸の地とのこと。
ハコ岩のところに人発見!
まさかの徐福か!?
釣り人ですねw
ハコ岩の展望台から見ると、あそこまでどうやって行ったのかと思うほどのところです。
徐福が上陸できた場所だからアプローチする道があるんでしょうね。
經文岩
ハコ岩のすぐ近くに經文岩があります。
案内板には、「この岩が經文岩と呼ばれる所以は、里人が経を唱えて徐福を匿ったことによると伝えられるが、これは全くの伝説である」と書かれています。
「なんや、ただの岩なんかい!」って突っ込みたくなりますが、案内板にはつづきが書かれており「古代における記録或は文献或は口伝などの整合性を追いかけること自体が問題で、こういう場合その裏にひそむものを探ることに意味があるのかもしれない」ってことです。
「何も分からんて素直に書けばええやんか」って、二回突っ込めますw
岩の側面にコンクリートの壁は、大東亜戦争の遺構で、探照灯をこの中に格納していたとのこと。それって、歴史的価値がなかったってことでしょ?って思ってしまうのは私だけでしょうか。
なんとも面白い案内板です。
新井漁港の舟屋
新井に来たもう一つの目的は舟屋の撮影です。
新井崎神社からテクテク歩いて坂道を下ると新井漁港が見えてきます。
坂を下る途中に下を見ると、舟屋と空地が見えました。
この空地は錆びたウインチが残っているので、昔は舟屋があったのかもしれません。
防波堤の近くは近代的な漁港になっています。
奥の方は舟屋が残っていました。
広角でも全景が入らなかったので、iphoneでパノラマ撮影しました。
やはり、iphoneはSNS向きの色で撮れますね。
神社を挟んで舟屋が2棟あります。
海側には大きめの舟屋が3棟残っています。
空地になっている所にも、地面が同じように傾斜しているので昔は舟屋が建っていたのでしょうか。
この舟屋は、伊根にて写真で見た昔の舟屋の姿そのものです。
こちらの舟屋は結構傷んでます。
神社の横にある小さめの舟屋は物置に使われているようです。
新井の棚田
稲刈りが終わった直後なので、棚田撮影のオフシーズンです。
田んぼが緑なのは、麦を作っているようですね。
来年の春ごろに撮影に来たいと思います。
最後まで御覧いただき、ありがとうございました。
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