「ズレズレなるままに」松本サリン事件

 ちょっと前の話で恐縮です。6月27日、松本サリン事件からもう30年も経ってしまった。確か、明け方に呼び出されて東京からハイヤーで現場に向かったっけ。

 色々あって現在、長野県に住んでいるわけですが、ことしは30年ということでローカル各局が特集をやっていたので、全部ではないけど見てみました。その中で気になったのは、当時の捜査一課でちょっとだけ化学的知識があった元捜査員の話。サリンと判明し、原材料の販売ルートをたどってオウム真理教にたどり着いたという内容のものです。

松本、地下鉄サリン事件はじめ一連の事件で全て現場に赴き、ほぼ裁判取材も網羅したから、この経緯が証拠調べで出てきたことも知ってました。もちそう、その苦労は大変だったと思います。ただ、改めて思うのは、「あのとき」を悔いていたのはもちろんあるのでしょうが、少し事実を隠している気がしたわけです。

あの事件では死者8人も出ているわけですが、ある意味、死と同等なほど苦しんだのは、現場近くの河野義行さんでしょう。現場取材経験者として言うと、彼が犯人扱いされてしまったのには理由があります。
発生翌日だったかは忘れてしまったけど、長野県警の会見では明確に「河野さん方の納屋から有機リン系の農薬などが発見された」と答えておりました。
 前出の捜査員はまだ着手前なんだと思います。実はこのとき、警察はもちろんマスコミだってサリン生成がどんなもんか誰も知らなかったはず。なにしろ、一連の裁判で第7サティアンで生成中に信者たちガスクロマトグラフとか特殊な機器を揃えても、吸引して死にそうになったと明らかにされているのです。
農薬を混ぜて簡単に出来るようなシロモノではないなんて、知る由もない。

そのこと自体は仕方ない。なにしろ世界で初めて化学兵器が使われたのだし、長野県警に知識がないのは責められない。しかし、県警幹部から「サリンの原材料と同じ成分が見つかった」と言われたら、メディアが暴走するのは必然。警察のミスリードとまでは言わないけど。
結局、どこの特集番組もその件は触れられていなかったことに違和感を持ったのは、会見を聞いていたからなのです。

マスコミ側にも河野義行さんをさらに犯人視させた原因があります。
河野さん方の近くのある店(業種は言えません)の店主が、ズラリと並んたカメラの前で「あの人は近所付き合いもないし、何してるか分らないんだよね」と答えたことで、メディアは一気に「怪しい」となっていったように思います。

 あれから30年、警察もメディアも進歩したかは分かりません。サリン原材料からオウム真理教にたどり着いたのであれば、警視庁や山梨県警と連携できる組織体系だったら…タラレバばかりだけど。
ただ「風化させないため報じる」というのなら、言いづらいことも隠さず、美化せず伝えないといけないと思うのです。

当時、産経新聞にはまだ松本通信部なんてのもありました。原稿送って、ゲラが通信部にファクスで届いたとき、僚紙である夕刊フジの見出し「毒ガス男の正体」を見て「さすがにコレ、やばくない?」と言った記憶があります。今にして思えばとんでもない見出しです。


 移住した3年前、現場に行きました。信大の学生さんたちが亡くなったマンションも、主なき河野義行さん宅もそのまま。黙って頭を下げました。今はメディアから離れたとはいえ、それで許されるわけもありません。マスコミの皆さんも「30年だから」ではなく、常に検証していく姿勢が必要かと…。

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