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小説・「塔とパイン」 #07

午前中の戦場。


開店と同時に、かなりの来客がある。行列ができるほどではないけれど、古くからこの街にあるこの店は、ちょっとしたシンボルになっている。


自分は裏方なので、表に出て接客することはないが、売り子のショップ店員達は、開店と同時にせわしなく動いている。


「いらっしゃいませ〜」


日本にいるときには何度となく聞いた、この言葉。ここではほとんど聞いたことはない。軽く「Hi!」とか聞こえる程度。


それでも、皆忙しそうだ。


お客からの質問に熱心に答えている人もいれば、陳列した商品のチェックに余念のない人もいる。レジ打ちを一生懸命やっている人もいる。さまざまだ。


生地をひと通り予定の分量用意できた。

これで終わりじゃない。


ステファンに生地が用意できた旨を伝えた。生地を使えるかどうかは、一応、ステファンのチェックが入る。


「OK!! 今日も上出来だ、サンキュー、マサト」


ステファンから生地の出来がダメだとNG出されたり、やり直しを指示されことはない。改善提案はたまに受けることはあるけれど、彼が指摘をするのはいつだって具体的だ。


自分も一応、職人の端くれ、言われたことは素直に聞いて、改善する。その積み重ねが、大事だと思っている。


我流でやってきた部分はある。そこは修正して今の店のアレンジに近づけたのは、ステファンの的確なアドバイスによるところが大きい。


「ありがとう」


口に出すのは照れくさい。昔はそう思っていた。


でも、ここにいると、自然と口からついて出る。振り向けば、「ありがとう」は当たり前のように日常に溢れている。そんな国なんだ。ということに気づくのに少し時間がかかったのに、情けなさを感じた。


「ありがとう」が自然に出るようになって、自分もようやくこの国の一員に慣れた気がした。

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