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『ザ・ゴール』──中高生に読んで欲しいビジネス書

 改善、という言葉を聞いたことがない人はいないだろう。
 社会人に限らず、中高生も勉強や部活動などで、改善を無意識のうちに行っているはずだ。
 私自身が製造部門、またはそれに近い部署で働いている期間が長いせいか、製造部門でよく使われる言葉であるように思う。
 本書では、閉鎖を宣言された工場を立てなおすまでの改善の過程が、小説という形で描かれている。
 これまでの基準と照らし合わせれば、順調に稼働しているように見えた工場だが、実情はちがう。慢性的な納期遅れが発生し、赤字の状態が続いている。工場長アレックスは、いったい何がまずかったのか、大学時代の恩師の助言を手掛かりに、改善を始める。
 生産の過程で流れが滞ってしまう「ボトルネック」の存在や、従業員が休まず製品を作り続けるのは非効率的であること、在庫という言葉の再定義など、今の日本では常識になっていることもあれば、新たな発見もある一冊だ。
 だが、今回はそこには触れないでおく。
 面白いのは、本書が発売されたのは1984年で、邦訳されたのは2001年だということだ。なぜ、邦訳までこれほどの時間がかかったのか。
 1980年代の日本は好景気で、特に製造業に関して、著者は脅威を感じていたらしい。「この本を日本で出版した場合、日本の勢いはさらに増す」と考えていたほどなので、当時の日本の勢いは推して知るべし。
 時が経ち、21世紀。
 日本にかつての勢いが微塵もなくなったころに、本書は邦訳された。著者の意識がもはや「日本は脅威ではない」という方向に転じたのだろう。情勢の変化は面白いと思うが、日本人としては悲しいことである。
 さて、本書はビジネス書であるが、社会人、それも製造に携わるものにしか関係のないものかといえば、そうではない。勘のよい方ならすぐにわかるだろうが、品質管理や営業でも使える理論が説かれている。
 だが、私は本書を、社会人ではなく中高生にこそ読んでもらいたいと思っている。大人だけではなく、子供たちの前にも、問題は山積しており、改善する余地はいくらでもある。その一助に、この本はなりうるからだ。
 たとえば、勉強。
 あなたは、勉強をしないといけないとわかっていても、なかなか手につかないことはないだろうか。あるいは、宿題を提出できなかったり、復習や予習ができなかったりしないだろうか。
 そんなときに、本書の考え方が役に立つ。
 まず「宿題を終わらせる」という目標を立て、そこに至る過程を全て洗いだす。その中で、障害となっているもの──ボトルネックを見つけるのだ。
 ボトルネックが「机がちらかっていてすぐに宿題ができない」なら、まず机を片づけることから始める。「漫画やゲームなどの誘惑が多い」なら、それらを目につかないところにしまっておくことや、別の場所で勉強をすることなどを実践する。
 「集中力がすぐに切れる」という個人的な資質の問題なら、目の前に時計を置き、まずは五分間、絶対に宿題に集中するという目標を立てる。集中力の持続はやる気の有無が関係するが、やりはじめれば自然とやる気がわき、集中力が続くことが多い。
 部活動にも応用できる。
 スポーツ系の部活動で、伸び悩みはじめたら、自分は何を目標としているのかを考える。「レギュラーになり試合に出る」ことが目標なら、何がそれの妨げになっているのか──つまりボトルネックは何かを見つける作業から始める。
 最もよいのは、現在レギュラーとして活躍する選手を見て、自分とどうちがうのかを考えることだろう。レギュラーにできて自分にできないことが、この場合のボトルネックと言ってよい。そこを集中的に練習し、ボトルネックの解消を目指すとよいだろう。
 これらは本書の考え方の一部を応用して実践したにすぎない。しかし、それでも十分役立つはずである。
 ボトルネックとは、言いかえれば「弱点」である。
 工場の抱える弱点、勉強での弱点、部活動での弱点。これらをひとつひとつ改善していくことで、生産性の向上や成績上昇、レギュラー枠の獲得といった結果に近づけるだろう。
 子供のころから、自分の「弱点」をとらえ、どのように「改善」していけばよいか考えることは、その後の人生に大きな影響を与える。
 ビジネス書ではあるが、中高生のみなさんに是非読んでいただきたい。特に、向上心旺盛で、「自分を変えたい」と思っている方には、強くおすすめする。

(了)

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