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『お世話になりました』その一言で泣きそうになった話。

皆様こんにちは PICOです。

今回も私が病院勤務をしていた頃の話しになります。 何の刺激も無い入院生活だからこそ、ちょっとした言葉や言動が人を元気にしたり、勇気を与えたりすのだという事を実感した、そんな私の経験を記事にしてみました。 もし宜しければ読んで頂ければ幸いです。

◆1本の煙草から始まった他愛ない会話。

・・・ある日の昼過ぎ頃だっただろうか、1人の患者様が入院してきた。  年齢は確か50代だったと思う。 身長はそれほど高くは無いが、かなりガッシリとした体型で、患者様には失礼だが、かなり強面の男性だった。 男性は入院して病室へ案内されるとすぐに看護師に『喫煙所、何処?』と仏頂面で尋ねると、足早に煙草片手に喫煙所へと歩いて行った。 正直、随分と無愛想で嫌な感じの患者様だなと思った。

数日後の早朝、朝の4時過ぎ頃だっただろうか…私が夜勤勤務で病棟内を巡視していると、エレベーター前の自動扉の前に車椅子に座った人影が見えた。 急いで扉の方へ向かうと、そこに居たのは先日入院して足の手術をしたばかりの例の患者様だった。 患者様は私の顔を見るなり『何だよ、ここの扉、夜中は開かないのかよ?煙草吸いに行けねぇじゃん』と言うので、手術をしてすぐだし寝ていた方が良い事、そもそも夜21時~朝6時までは締め切りである事をと伝えると、渋々と自分の部屋へ戻って行った。

・・・数時間して、再度病棟内の巡視をしていると、また自動扉の前に車椅子の姿があった。 時計の針は5時58分頃、ほぼ6時を差していた。 私はゆっくりと患者様の方へと歩いて行き『もうすぐ開きますよ』と後ろから笑いながら声を掛けると『お!さっきの兄ちゃんか! もう6時だろ!? 早く開けてくれよ~ 煙草吸いてぇんだよぉ~』と言ってニッコリ笑った。 その笑顔を見て、嗚呼、この人は別に無愛想でもなんでもなかったと、最初にそう感じた自分が少し恥ずかしく思えた。 人を見た目や一時の言動だけで判断してはいけないという当たり前の事を、この患者様に教えて貰った様に思う。


◆他愛ない会話が相手に与えていたモノ。

それから、その患者様を見掛ける度に私は声を掛けた。

煙草を吸いたい一心なのか、始めは戸惑っていた車椅子の扱いにもすぐに慣れ、ビュンビュンと病棟を車椅子で移動しているのを見掛けては『そこのベンツ!スピード違反ですよ!』などと言って冗談交じりに注意したり、時には真面目に注意したり…他愛ない会話も沢山する様になっていった。

そんな患者様も入院して2週間程経つ頃には車椅子から松葉杖に変わり、ひょこひょこと歩いて喫煙所まで行ける様になっていた。

それでも変わらず、患者様は私を見掛けては声を掛けてくれて、天気の話やTVで見たニュースの話、リハビリの話や、病院の飯は美味くないだのなんだのと、他愛ない会話を日々繰り返していた。

そんなある日の事、患者様がナースステーションに呼ばれ、主治医と退院についての話をしているのが聞こえた。 リハビリも手術の後の治りも良く、予定より早く退院が決まったらしい。 『酒も大好きだから、早く帰って飲みたい』なんて話を以前患者様としたのを思い出し、きっと大喜びで酒を買いに行くのだろう患者様の姿を想像すると、何だか微笑ましくなったのを今でも覚えている。


◆患者様がくれた思わぬ「プレゼント」

患者様の退院日、当日。

私は他の患者様の手術の準備や、退院患者様の ベッドの片付けや、転棟・転室の準備や業務で朝からバタバタと病棟内を足早に走り回っていると、後ろから『兄ちゃんやっと見つけたわ!』と、声を掛けられたのだ。

振り返ると、そこには私服に着替えた患者様が松葉杖をついて立っており、その隣には患者様の奥様が荷物を持って立っていた。

『あ!退院、おめでとう御座います』私がそう言うと、患者様はいつもの感じとは全く違った真面目な表情で私の目をジッと見ながら、物凄く深いお辞儀をして『大変お世話になりました』と・・・私へ言った。

お辞儀の時間は随分と長く、患者様はゆっくりと頭を上げると、やはり真面目な表情のまま話を続けた…。

兄ちゃんには本当に世話になった、本当に感謝してる。 入院なんて始めてで、入院生活は毎日退屈だったけど、兄ちゃんとの会話は面白かったし、何か兄ちゃんからは沢山元気貰ったわ。有難う

そう言うと、今度はニッコリ笑った。

いつも煙草の話ばかりしていて、お調子者なその患者様から、まさか退院時にそんな言葉が貰えるなんて全く予想していなかったので、あまりの突然の事に驚き、それと同時にあまりの嬉しさに涙が出そうになるのをグッと堪えながらも精一杯の冗談として『ここは病院ですから、また来て下さいは言いません。 だから、もう来ないで下さいね。』そう、言って笑った。

患者様は、やっぱり笑った。

患者様は再度私に深いお辞儀をして、隣に居た奥様も私へお辞儀をすると、ゆっくりと、でもしっかりとした足取りで退院していった。


◆最後に・・・。

帰って行く患者様の後ろ姿をボーッと見送っていると、後ろから大ベテランの看護助手さんに声を掛けられた。

『あの患者様、基本的に凄く無愛想で気難しい人だったけど、あんたの事は凄く気に入ってたみたいね。 ああ言う人に気に入って貰えるって事は、あんたはそれだけ、あの患者様に何かをしてあげられたって事ね。』

・・・そう言われても何も特別な事をした覚えのなかった私には、その「何か」が分からなかったが、その何かの答えは「特別な事だと思っていなかった私の当たり前が、あの患者様にとっては当たり前ではなく、嬉しい事だったのだと」それに気付くのはもう少し後の話だった。

何気ない日々の繰り返しが、誰かを少しだけ勇気付けられていた事。

誰かを笑顔にしてあげられていた事。

それを私に「言葉」にして伝えてくれた、教えてくれた事。

多分、あの『大変お世話になりました』と言う言葉は、私が今まで生きてきて一番心に響いた言葉だったと思う。 私はもう介護・看護の仕事からは離れてしまっているが、これから先の人生で、どれだけの人へ「何か」をあげられるだろうか・・・。

何気ない日常の何気ない言葉や態度や表情一つで人は結構簡単に嬉しくなったり、悲しくなったりすると言う事。

そんな当たり前を教えてくれた、あの患者様へ。

『こちらこそ、有難う御座います』と伝えたい。


それでは・・・また次回の記事でお会いしましょう。

【追伸】:前回の記事へ「スキ」して下さった皆様、有難う御座います。今後はこの様な記事を不定期に書いていければと思いますので、もし宜しければ今後ともお付き合い下さい。 有難う御座いました。

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