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感覚だけを光線に置いて/アナコンダにひき

美術館が好きです。正確には感覚だけになれる場所が好きです。映画館、コンサート、温泉、おいしい食事の出るところ等々。もし純粋な痛覚だけを得られる場所があったならそこも好きになったかもしれません(感覚に貴賤はないはず)。あらゆる責任を逃れて、思考などというものが暇つぶしに体内を乱反射する光に過ぎなくなる場所。



約一年ぶりに実家に帰ったついでに青森県立美術館に行きました。土地柄なのかも知れませんが、さびしいくらい白い四角い建物。

実家あるあるで息苦しくなっていたので、さあ見ろと置かれているものに対峙できる時間はありがたかったです。役目は人を安心させる。作品を見るのに人格が要らないのは本当に嬉しい。保冷剤が余って困っているから頭蓋骨の中身は空でいい。

青森県立美術館にはアレコホールという鯨の家族が寝泊まりできそうなほど大きな展示室があって、それぞれの壁にシャガールの描いたバレエ『アレコ』の背景画が一枚ずつ、計四枚飾られています。順番に「月光のアレコとゼンフィラ」「カーニヴァル」「ある夏の午後の麦畑」「サンクトペテルブルクの幻想」。

バレエ『アレコ』はジプシーの女ゼンフィラと恋をした元貴族の男アレコが、自由を求めてジプシーの集団に加わり旅をするも、新しい恋を始めたゼンフィラに捨てられ、最終的には彼女とその新しい恋人の二人を刺し殺す悲劇。背景画はそれぞれが起承転結に相当し、個人的には転に当たる第三幕「ある夏の午後の麦畑」が特に印象深かったです。(美術館公式の画像を見つけられなかったので学芸員の方のお話も載っている記事のリンクを貼っておきます。)



ほんとうは解説を聞きながら絵をじっくり見れるのですが、模試終わりの妹を迎えに行かなければならなくてそれはまたの機会になりました。全体的に明るい、金に近い黄色で描かれた背景画。モチーフは麦畑、鎌、魚の頭部、逆さの木(枝?)、池に浮かぶ小舟とそれに乗る人、二つの巨大な日光。二つの太陽はそれぞれ液体を吹き続ける穴と狂気に呑まれていく主人公を見つめる眼球のようにも見えます。

絵を見たときに呑まれるような感覚や自分自身が透けて初めからそこにいなかったような感触などがあって、最近では後者の方が気に入っています。『冷たい熱帯魚』(映画、2010年)において、殺人を「人間を透明にする」と表現する箇所がありますが、常設展だけなら一般510円で臨死体験までできるなんて。見るだけの僕ですらそうなんだから「色彩の魔術師」と呼ばれたシャガールは自身の色素を絵画に移すように描いたのでは?




宙に浮く巨大な眼窩が太陽と呼ばれることの執着ひかる
人よりも巨大なひとみを描いたひと感覚だけを光線に置いて
/アナコンダにひき





第三幕「ある夏の午後の麦畑」はフィラデルフィア美術館からの借用期間が2023年3月末までだそうです。ある内に見に行けてよかった。他の展示やミナ・ペルホネンの企画展もとても良かったです。




書き手:アナコンダにひき
テーマ:好きな場所について

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