理系と牛丼
料理が趣味である。
一度食べたことがあるものなら、大概のものは作れてしまう。
そりゃ、知らない調味料とか使われてしまうと、さすがに再現率は下がるが、正直自分で作ったパスタが、あるいはグラタンがこの世で一番おいしいと思っている。
■母の味とはなんだ?
「ふゆにとって母の味って何?」
と訊いてきたのは他でもない母である。
母に母の味を訊かれた事がある人間が、この世に何人いるのだろうか。
母は50を過ぎてから、栄養学科のある大学に入り、60を目前に管理栄養士になった。
その学校で、教授から何気なく教室に投げかけられた質問だったらしい。
若い学生たちは「肉じゃが」や「カレー」と答えたという。
しかし、わたしにとっての母の味は、
かす汁、ビーフシチュー、海老やおくら、鱧の夏てんぷら、瓜の透明に煮たもの、えのきとベーコンをカリカリに焼いたもの、カルボナーラ、ペペロンチーノ、ローストビーフの付け合せにアップルパイ、おせち料理、すましの雑煮…
書き出したらきりがない。
わたしの料理好き&食いしん坊は、遺伝だと思う。
■
母はフルタイム大学生であったので、当然たくさんの課題に追いまくられる日々を送っていた。
ある日、「普段料理しない理系男子大学生が自炊できるレシピ」の課題が出たことがあった。
なぜ娘のわたしが知っているのかというと、母からLINEでSOSがきたのだ。
うちはお父さんも料理するから、どんなレシピがわかりにくいのか分からない、と。
ここで役に立ったのがユダヤ系レトリバーことわたしの夫である。
■我が家の異端
わたしの夫は、全く料理もしなければほとんど料理を「うまい」か「うまくない」かでしかジャッジできない我が家の異端である。
その上唯一の理系、高校から理系の学校に行き、わたしが全く理解できない分母が数式の分数が出てくる計算式を易々と解くのに
日本語を読むのも話すのも苦手(日本人なのに…)
という「普段料理しない理系男子」そのものである。
まず、レシピが読めないのだ。
「適宜って何?少々ってどれくらい?油が回るって何や、回転するのか?」
というレベルである。
■母のレシピを彼に読み解くことはできるか
母から送られてきた件のレシピは牛丼であった。
めんつゆで出汁をとる手間を省き、生姜もチューブを使い、タマネギなんてカット野菜を使うよう指示されている。
こりゃもう作るしかない、スーパー簡単レシピだったが、夫が困惑したように言う。
「この水って、材料表にないやんな?どこから出てきてどれくらい薄めるの?」
何の水だったかよく覚えていないのだが、たぶんめんつゆをちょうどの味にするものかなにかだったようなきがする。
そんなん、水道からコップで汲んできて調度の味になるとこでとめたらええやん、薄なりすぎたらめんつゆたしぃな。
しかし彼にはそんな曖昧さ通用しない。
料理とは実に曖昧なものなのに。
そして、母も「なるほどなぁ、そこが腑に落ちへんか」といいながら、水の表記を直した。
そりゃそうだ、理系男子に自炊させねばならない。
その後その課題がどうなったのか知らないが、夫は牛丼を作る気配もない。
今日もわたしが拵えた牛丼に舌鼓を打っている。
ただ、レシピなんて読むの簡単だということに気づいたようで、たびたび料理に挑戦するようになった。
今、彼の得意料理はワッフルである。
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