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読書記録 アルジャーノンに花束を

少し前に地元では一番大きいブックオフで買った古本だ。学校の課題図書にも入っていた本で、色々な理系の先生方の推薦文を見かけたので気になっていた本だ。今日と昨日の2、3時間ほど各日で時間を取り、掻き立てられるように読んだ。
悲しいとか苦しいとかを感じる思考回路の根源を問うた、私にはかなり高度な展開のストーリーだと感じた。疲れる読書は楽しいから好きなので苦ではない。主人公の一人称が作中で変化しているのが味わい深さを増していて翻訳者に脱帽である。誤植など編集者さんも素晴らしい仕事をしてくれていると思った。幾多もの、主人公のトゥルマがトリガーになって起こるパニックのシーンでは、緊迫感の伝わるまた繊細な書き方で、途中で本を読むのを投げだした。自己分析のような、自己対峙を重ねていく上で、その緊迫感のヴェールが剥がされていき、自分のものにしていくことの生々しさ
田舎のヤンキーはなぜ高学歴ではないのに家族を持ち、俗に言う幸せな家庭を早くから築いているように見えるのかというのをTwitterで見かけた。不幸はどこから抱えてしまうのか、知的労働階級であるかそうでないかなのかとか考えた こんなふうに感じて読んでる自分がいることに違和
sfの世界を人体拡張として考えるとするなら、確かにこれはsf作品だ。きっと発表当時はとても前衛だと捉えられていたのであろう。所々の論文や考察はとても理学専門的だ。でも大きな哲学作品だなあと

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