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エンジェル投資家から自社株式を1/10の価格で買い戻した話

儲かったという話ではなく、やむにやまれずそうなったという話です。


資本調達 - シードVCは全滅

創業期の綱渡り』で書いた通り、当社は資本金100万円で創業しました。創業から2年が経過して現金収支は回っていたものの、新しいことをするにしてもさすがに心許ないということで資本調達を行うことにしました。できたてホヤホヤの自社サービスのデモと顧客獲得の実績をPitch Deck(プレゼン資料)に盛り込んでシード期(起業前後の段階)の会社に投資を行うVC(Venture Capital)にいくつか声を掛けました。

反応は、

VC「受託開発がメイン? しかも黒字? だったら資金調達は資本ではなく借入でやるのが筋なのでは? いいかい、シードVCというのは最初は赤字でその後Jカーブを描くような成長ビジネスに投資したいと思ってるんだよ。それと、ハンズオン(経営関与)のために少なくとも持分の1/3は渡してもらうのが筋かな」

ゼ「筋、筋うるせーんだよハゲVC! 儲けさせてやるって言ってるんだから筋とか関係ないだろハゲ!(借入はもうやってるんですよね)」

というハゲがほとんどでした。

私が前職中に対応していたVCはいずれも大手で、彼らの思考も対応方法もおおよそ心得がありましたが、シードVCはかなり勝手が違いました。こちらから訪問することがほとんどでしたし、担当者の態度も横柄なことが多々あり、さらには資本を入れたら俺の言うことを全部聞けというパターンがほとんどでした。中には当社に来社して自身の紹介を含めて丁寧に接してくれるVCもありましたが、やはり投資先の話を聞くと資本の過半数を取って取締役を送り込むといったことをやっていました。VCからセクハラ被害を受ける女性起業家が後を絶たないというニュースも納得です(個人の感想です)。

彼らのビジネスモデルって、「独身の若くて必死に安報酬で走り回る経営者を丸め込んで、赤字だからとむちゃくちゃ安くガッツリ持分を取った会社の中からいくつか芽が出ればラッキー! 途中で経営者が俺様の言うことを聞かなくなったら会社を乗っ取るよ」なのかなと思いました(個人の感想です)。

そんな折、前職に投資をしていた谷さんという個人投資家に連絡を取ったところ、話を聞きたいと返事がありました。

エンジェル投資家 谷さん

谷さんは私が把握しているだけで投資先が4社IPOしており、50億円以上の利益が出ているスーパー個人投資家です。外資系ITコンサル出身で、新しい技術を壮大な話に繋げるのがむちゃくちゃ上手い人です。シンガポール国籍を取得して香港に住んでおり、税金対策でも抜け目がありません(キャピタルゲインが非課税)。VC名義でも投資をしていたこともあったようですが、全て個人で投資判断をしてその後のハンズオンまで行っているようでした。

谷さんはフットワークが軽く、頻繁に来日しては投資先を回っているそうで、チャットを送れば数分で返ってきますし、1日にメールを十数回やりとりするということもありました。そんな谷さんにPitch Deckを送ったところ、すぐに返信がありました。

谷さん「会社の評価額いくらで考えてる? どのくらい持分出すの?」

ゼ「黒字とはいえ、利益がほとんど出ていないので何とも言えません。資本は1社10%まで受け入れようと思っています」

谷さん「言ってみてよ」

ゼ「ポストバリュー(資金調達後の企業価値)でX億円でしょうか」(PER数百%になるけど・・)

谷さん「X千万円ってことだな? よし、いいよ」

ゼ「あ、ありがとうございます・・!?」

即決でした。谷さんにとっては数撃ちゃ当たるの1社かもしれませんが、当社にとっては持分10%を渡すだけで資本が数十倍になるわけで、資本が厚くなるということは単に現金が手に入る以上にできることが一気に広がりんぐなわけです。助かるー!

海外からの投資になるので、事前に外為法に関する報告を日銀に行って投資を受けました。また、谷さんからの投資が決まったことで、他に1名のエンジェル投資家からも投資が得られました。よっしゃ、これでさらに借入ができるようになった! しこたま現金ゲットだぜ!

谷さんのハンズオン

投資を受けてから谷さんに経営指示を受けたことは一度もありませんでした。月次レポートを送るようにしていましたが、これも投資を受けた会社として当然に行うべきと自主的にしたもので谷さんから言われてのものではありませんでした。

月次レポートを送るとすぐにチャットが飛んできました。だいたいは「順調そうで何よりです」とか、「〇〇の資料、よくできてるけど数字を乗せるには~」とか、ポジティブな反応か助言でした。

谷さんのビジネスの本質ではなく"魅せ方"を重視する姿勢は賛同できませんでしたが、谷さんは「銀さんとゼクシィさんのチームを信じて投資したからそれでも構わない」と言ってくれていました。また、私の「谷さんのExit機会は必ず確保するが上場は考えていない」という投資先としてあるまじき発言に対しても、「今はそれで良いよ」と受け入れてくれました。器デカすぎ。

なお、谷さんの投資会社の"魅せ方"の手法は最下部の有料欄に記載しておきました。現在ではほとんど効果がないと思いますが、よく見かけるクソIPOよりも化粧の厚みをエグくした感じです。読みたい方は購入してみてください。確かに、谷さんの投資先のIPO当時の開示資料を見るとこれら手法が満載で高PERが付いており、文句を付けようにも付ける場所がわからない白霧のような印象を受けました。

弁護士事務所からの通知

谷さんに月次レポートを送った後の「たしかに受け取りました。」という返信がなくなってから4ヵ月後、弁護士事務所から「ご連絡」と題する通知が届きました。

当職らは、故谷●●氏(以下、「故人」といいます。)の相続人である谷〇〇氏(以下、「〇〇氏」といいます。)の代理人として以下の通りご連絡を致します。
故人は、貴社に出資し、貴社株式を所有しておりましたが、令和X年X月X日に急逝致しました。〇〇氏は、故人の妻であり、当職らは〇〇氏から、故人の相続財産調査等に関して、依頼を受けた弁護士でございます。

読んだ瞬間、体が固まりました。夭折された前日に「たしかに受け取りました。」という返信をもらっているのです。すぐに弁護士事務所にTELしました。

ゼ「谷さんの通知書を受け取りました。この度は誠にご愁傷様でございます。谷さんには生前に大変お世話になりまして、亡くなった原因を教えてもらえないでしょうか?」

弁「相続人の意向により教えられないということになっています。相続税の申告を行う必要があるので、まずは資料の開示をお願いします」

ゼ「・・承知しました。当社株式を相続される奥さんと今後の方針について話を行わせてもらえないでしょうか?」

弁「投資先は御社以外にもたくさんありまして、相続人は投資についてわからないのでどの会社とも話し合いを望んでいないとのことです」

ゼ「そうですか。通知書には相続人代表の名前のみで住所が書いていなかったのですが、今後の株主変更手続きのために教えておいてもらえませんか?」

弁「非開示ということで伺っております」

ゼ「当社の株主名簿に登録されている香港の△△ではないのですか?」

弁「そこではありませんとだけ申し上げておきます」

ゼ「当社の定款には『当会社所定の書式により、その氏名又は名称、住所及び印鑑を当会社に届け出なければならない』とあるのですが」

弁「常任代理人を選任してその住所を届出とすることが可能であることを確認しています。代理人住所は相続人の税理士事務所にする予定です。御社だけでなく、上場会社に対しても同様に株主変更を依頼する予定です」

ゼ「ひとまず、開示資料については奥さんが相続人である確認ができた後に対応するということでお願いします」

売渡請求へ

奥さんの心労が重なってとか遺産分割協議や相続税申告があるからと、上記やりとりをするだけで6ヵ月かかりました。その後も先方弁護士と何度もやりとりを行いましたが、結局、住所は非開示、谷さんの奥さんとは会うことも会話すらもできず、先方弁護士が言うには何もせず全投資先の株式を保有し続けたいという意向でした。ここで大変心苦しいですが、当社は谷さんの奥さんを当社株主に不適格と判断しました。

株主が死亡して相続が発生した場合に、株式の相続人に対して強制的に売り渡すことを請求できる手続きがあります(会社法第174条〜第177条)。

■売渡請求ができる前提
①相続があったことを知った日から1年以内であること、②譲渡制限株式であること、③定款に売渡請求ができる旨の内容を定めていること、④会社による自己株式の取得が財源規制に違反しないこと

弁護士に依頼

売渡請求を行うとその価格を協議することになります。先方はあんな感じなので裁判まで発展することを想定して当社側弁護士に依頼しました。ただ、今回の最大の問題は売渡価格よりも「住所」になりそうです。裁判を行うにも先方住所を特定する必要があり、しかも外国住所? 国籍はシンガポール? 遺産分割協議書の作成と相続税申告をすると書いてあったけど? ということで、調査もお願いしました。

その際、思わぬ落とし穴(?)がありました。当社側弁護士は当初、「谷さんの当社への投資額-売渡価格=実現利益」として実現利益の20%を成果報酬として弁護士費用にするよう求めてきました。「いやいや、今回は調査と手続きを依頼するだけで利益実現のための交渉は求めていないよ。スムーズに事が運んでも裁判になっても先方住所の調査で苦労しても100万円でお願いします」ということで落ち着きました。

評価書の作成

当社側弁護士が先方住所の調査を進める間、並行して売渡価格を算出しておきます。当社税理士に相続税の算定に使用する「財産評価基本通達」を基に評価報告書を作成してもらいました。谷さんは当社に当時PERの数百倍の価格で投資してくれましたが、この評価方法では会社の成長性の加味が一切なく、ほぼ純資産価額なので投資額の1/10となりました。裁判になった場合はこの評価報告書を提出する予定です。

住所調査の結果

結局、当社側弁護士を通じて市町村役場に問い合わせても法務局に問い合わせても先方住所は判明しませんでした。裁判所に訴訟可能か問い合わせてみるも、先方住所がなければ送達できないので本件は提起できない、公示通達(裁判所に掲示する方法)もできないとのことでした。また、最初に先方弁護士から通知が来てからすでに半年以上が経過しており、時間的制限もありました。

当社側弁護士「おそらく先方も裁判は望んでいないはずなので、先方弁護士に直接交渉してみます」

ゼ「え? でも売渡価格は投資額の1/10ですって言ったらブチ切れませんか? 突っぱねられたら住所不明で裁判すらできなくなると思いますが」

当弁「そうかもしれませんが、その価格は裁判になったとしても変わらないですよね。他に方法もないので連絡を取ってみます」

- 数日後 -

当弁「了承を得ました。裁判を行う場合も先方弁護士事務所に送達すれば良くなりました」

ゼ「調査であんなに苦労したのに、そんなあっさりと・・」

当弁「おそらく、御社の株式が長期に塩漬けになった挙句にゼロになるよりかは、今いくらかでも現金になった方が良いという判断ではないでしょうか。それと、他にも多く投資先がある中の1社ということで、執着もないのではないでしょうか」

ゼ「なるほど・・?」

当弁「ただ、売渡価格について先方弁護士から直接TELあるそうで、対応いただけますか?」

ゼ「おけまる」

- 数日後 -

先方弁護士「売渡は承諾しますが価格が低すぎます。投資額で買い取るのが筋でしょう。1/10っていくら何でも不誠実すぎませんか」

ゼ「当社には他にも株主がおり、お申し出の価格で買い取ることは他の株主の利益を損なうことになるのでできません。ご理解ください」

先弁「では、社長個人が投資額で買い取れば良いのでは。それが筋でしょう」

ゼ「筋、筋うるせーんだよハゲ弁護士! 不誠実はどっちだよハゲ!(その義務はありませんので個人では買い取りません)」

価格交渉は全突っぱね、でも裁判にならず合意することできました。株主名簿書換請求書(谷さん⇒奥さん)と売渡合意書を取得し、売渡価格を振り込んで手続き終了です(売渡合意書の先方の氏名・住所の記載欄は代理権を授与した先方弁護士となっていました。最後の最後までなんなの)。

税金はいくら?

今回の取引によって「谷さんの当社への投資額-売渡価格(投資額の1/10)=投資額の9/10」が利益になったわけですが、本件は自己株式の取得、つまり資本等取引となるため税務および会計上の利益とはなりません。よって税金は生じないことなります。

ただし、買い取った自己株式を短期の内に第三者に譲渡すると利益とみなされる可能性があるとのことなので、買い取ったら消却しておくのが無難です。

また、売渡合意書と一緒に「相続財産に係る非上場株式をその発行会社に譲渡した場合のみなし配当課税の特例に関する届出書」を取得しておくことで、みなし配当課税による納付を行わなくて済みます。

■みなし配当
売渡価格が発行会社の資本金および資本剰余金の合計額のうち1株あたりに対応する価格を超える場合、税務上の配当となり(みなし配当)、譲り受けた発行会社が配当課税分を源泉徴収して税務署に納付する必要があります。
しかし、この届出書を譲渡者が作成して発行会社を経由して提出することにより、みなし配当ではなく譲渡所得とすることができる特例制度を受けることができます(今回の場合は譲渡損となるため税金ゼロ)。
もしこの届出書を取得せず、源泉徴収も行わずに満額支払ってしまった場合、納付義務は発行会社にあるため譲渡者から徴収できずに納付だけ行うことになってしまうため注意です。

おまけ - 谷さんのバリューアップ手法

私が前職の会社説明資料の作成をしていた時に谷さんはこうすれば評価が高くなるよという"魅せ方"を指南してくれました。この"魅せ方"はビジネスの価値ではなく評価を高めるもので、役に立つ場面があるかと聞かれると謎です。それでも読みたい方は購入してみてください。

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